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死体もどきの公爵令嬢  作者: 秋雨ルウ(レビューしてた人)
第一章 死体と呼ばれた少女
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魔法のようなもの

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 前期末の筆記試験は基礎知識しか問われない、入学前に学習済みの内容ばかりだった。元々魔法の基礎知識に関しては誰にも負けない自信がある。その結果は私も満足できるものだった。


「試験結果の1位はセーレ……498点。ほぼ満点ですか。流石ですね」


「殿下だって495点、私とほぼ同じ点数ですわ。事実上、成績最優秀者の筆頭は殿下ということになります」


「おや?どうしてですか?」


「この後に行う実技試験で、私は身体強化による加点を得られないですから」


 これは現実として受け入れるしかない。筆記試験の後で行われる実技試験では、模擬戦闘を通じた身体強化と戦闘能力の両方を審査される。詠唱魔法が解禁されるのは後期からなので、まだ私に有利と言えなくもないが、それでも身体強化の習熟度を評価されない分、他の生徒よりも得点を伸ばしにくいのだ。


「そうかもしれませんが、少なくとも筆記ではあなたに敵いませんでした。今は"参りました"と言っておきましょう」


「殿下がそういうのでしたら、私も今は勝ちを誇りましょう。ですが、それよりも……」


「ええ、そうですね。これは少々意外でした」


 私と殿下は、その間にある名前に注目した。ドロテ・バルテル……平民にして特待生である彼女が、私と同じ498点で同点タイという成績を収めていたからだ。


「彼女は体力と魔力だけが自慢なんだと思っていました。セーレを挑発していた時は本当に特待生なのかと疑っていたものですが……まさか学力面で僕を超えていたとは。これは僕の勉強不足を恥じるべきですね」


 それはわからない。殿下が休日も政務に励んでいて、学業に打ち込み切れていないのは貴族であればだれでも知っていることだ。ただ、そこを指摘して慰めたところで殿下は喜ばれないだろう。私に出来ることがあるとすれば――


「ふふっ、その通りですわ。彼女が殿下の代わりに王位継承しても知りませんわよ?」


「これは手厳しいですね。そうならないよう、取り急ぎ貴方を超えることを目標にしましょう」


 こうして殿下を奮起させるために、浅ましい挑発をすることくらいのものだ。


「カロリーヌ嬢は463点ですか。トップ勢からは離れていますが、上位には違いありませんね。そういえば、実技試験での模擬戦闘では、彼女を指名したのでしたか」


「ええ、お互いに。身体強化魔法を使えない者同士、仲良く戦わせて頂きますわ」


 この時の私は筆記試験こそが本番だと思っていたので、あまり実技試験の事を重視していなかった。でもその甘さは、すぐに訂正せざるを得なくなる。




 筆記試験が終わった翌日、私達は校庭に集められていた。もちろん、実技試験を行うためだ。


「実技試験は模擬戦闘の中で審査いたします。事前に言いました通り、前期末ではペアを自由に組んで良いものとします。得意の得物を使って、自由に模擬戦闘を行ってください」


 刃を潰された武器の数々が校庭に運び込まれた。ここで行う模擬戦闘はあくまで実技を見るためであって、勝つかどうかは重要ではない。また怪我を防止するため、重さで敵を叩き潰す鈍器の類は一切用意されていなかった。


 私は少し考えてから、キドニーダガーを手に取った。元々は瀕死の兵にトドメを刺すために使う親切キドニーなダガーだ。本当は手製のサバイバルナイフによる奇襲戦法が一番得意なのだが、流石に決闘形式の模擬戦闘では用意されていなかった。


「せんせー!ナックルガードは無いんですかー?」


「ドロテ君、申し訳ありませんがそれは後期末までお待ちください」


「はーい。じゃあ、これにしまーす」


 ドロテさんは体術に自信があるらしい。恐らく後期ではナックルを使うことになるのだろう。そして彼女が選んだ獲物は、奇しくも私と同じナイフだった。


「セーレ。治癒魔法が効かないのですから、怪我はしないでくださいね」


「相手はカロリーヌさんです。お互いに怪我をするような危険なことにはなりませんわ」


「あ、あはは……お手柔らかにお願いします」


 カロリーヌさんは……サーベルを選んだのね。ちょっと意外だわ。もっと軽くて細身なレイピア辺りを選ぶかと思っていたのに。


「では、最初はセーレ君とカロリーヌ君から始めましょう。お互いに身体強化の魔法は使っていいものとし、勝負ありと判断できた際は私が止めます。他の方々は二人の戦いをよく見ておいてください」


 ギャラリーからは失笑が溢れていた。魔法不能者と、まともに魔法を制御できない二人に何を言ってるのかと言わんばかり。良いわ、私達の戦いぶりをよく見ておきなさいな。酒の肴にくらいはなって差し上げます。


 校庭の中心に、私とカロリーヌさんが対峙した。私はすぐさまナイフを抜き放ち、腰と共に低く落とす。野盗や山賊が選ぶ下品なスタイルだが、瞬発力を発揮するためにはこうするのが一番理に適っている。ナイフの利点は素早く動けること、そして取り回しが利くことだ。堂々たる姿勢を選び取る理由はない。


 再び漏れ出した失笑は、しかしカロリーヌさんがサーベルを抜いて構えた時に静まり返った。私もその姿に戦慄を覚える。


「お二人とも、始めてください」


 …………隙が、無い……!?




 --------

 二人の構えを見た時、僕は驚愕のあまり目を見張った。なんというレベルの高さだろう。ふたりとも騎士団とまるで遜色ないではないか。


「おい、二人とも動かないぞ……」


「いや動けないんだ。軽々と動ける訳がない」


「……お前なら胸のでかい方にどう切り込む」


「俺に聞くな。……あれはやばいな」


「同感だ。俺なら絶対に近付かない」


 流石に剣の経験を持つ男子は、彼女たちのレベルにすぐ気付いたか。まずセーレの構えは流石と言っていい。魔法が使えない分、それ以外の部分に力を注いできたと公言しているだけあって、実に実戦的な構え方をしている。野盗がすれば下品にしか映らない構えも、彼女が取ると洗練された機能美すら感じられた。まるで彼女がいつも書いている魔法陣のように。


 だがもっと素晴らしいのはカロリーヌ嬢だ。僕から見ても隙が全く無い。軸がブレず、切っ先もピンとして一切揺れていない。そして何よりも、普段とは比較にならない眼力の強さ。どの角度から切り込んでも間違いなく反撃を喰らう、そんな予感をさせられる。たとえ背中から切り込んだとしても結果は同じだろう。そう思わせる程、彼女がまとっている空気は油断を許さない。


 強い。あまりにも強すぎる。魔法抜きでやるならば、間違いなく僕の遥か高みにいる。


「……あの子、やるわね」


 ドロテ嬢も気付いたか。恐らく同じ獲物を持つセーレに、自分の姿を重ねていることだろう。


 カロリーヌ嬢は特別身体能力に恵まれている訳ではない。持久力も並の貴族よりはマシと言った程度だし、今も身体強化の魔法を使っていない。だがあの構えと隙の無さは、繰り返しの修練が為せるものに間違いない。


 恐らくこれまでの彼女は、自らの基礎体力や魔法技術が他人よりも劣っていると自覚して、入学までは剣に活路を見出していたのだろう。今はセーレに倣って魔法陣の習得に専念しているようだが、積み重ねた修練は絶対に裏切らない。


 ……まずいな。セーレの勝ち筋が、見えない。




 --------

「シッ!!」


 私はカロリーヌさんの左側面から一気に間合いを詰めた。突き、払い、時にフェイントを混ぜながら逆手に持ち替えてナイフを振るい、時に蹴りを混ぜながら絶え間なく死角から何度も斬りかかる。どれも兄上から太鼓判を押された精度だったはずだ。


 だが彼女は全て見切っているのか、軽やかに後ろにステップを踏みながら紙一重でそれを躱し、私が後ろに飛ぶのに合わせてすぐさまサーベルを振り下ろしてきた。その角度と速度は、凡人の良くするところではない。いや、これは……兄上の剣よりも鋭い!?


 辛うじて身体を捻って刃を躱したけど、あのまままっすぐ飛んでいたら確実に斬られていた。……そう思っていると、体操着の一部がはらりと落ちたのが視界の端で見えた。


「……うそでしょうっ!?」


 気付かぬ内に体操着の一部が斬られていた。刃を潰しているにも関わらずだ。どうやら彼女の技術は、刃が多少潰れていても切れ味を発揮できるほどに磨かれているらしい。転じて、彼女は一切手傷を負っていないばかりか、息切れの一つもしていない。持久力と筋力量の不足を、卓越した剣技で補っているのか。


 動かされているのは私だけ。つまり、カロリーヌさんの方が遥かに格上で、この場を完全に支配している証拠だった。


「終わりですか?……ではこちらから参ります」


「ぐっ!?」


 彼女の剣戟は止まらない。疾風迅雷を思わせる剣筋を、私は無様に地面を転がるようにして避け続けるより他なかった。もはや構えがどうこうという次元ではない。強い……本当に、強過ぎる!!あのカロリーヌさんがこんなにも強いなんて!?


 まだ先生から「待て」の声は上がらない。でもこの一瞬で実力差がハッキリしてしまった。このままでは、勝てない。間違いなく彼女の剣の方が上手だ。


「流石です。でも、これならどうでしょうか」


「っ!?」


 凄まじい圧がカロリーヌさんから放たれた。寒気すら覚える殺気で私の身体が一瞬硬くなった瞬間を、彼女は見逃さない。瞬時に間合いを詰めて猛然と斬りかかってくる彼女の剣を、私は辛うじて受け流すことしかできなかった。


 振るう一撃一撃が重く、鋭く、そして容赦がない。まともに受け止めればナイフの刃ごと持っていかれそうだ。そして集中している所をフェイントのように殺気が刺さり、危うく対処を間違えそうになってしまう。


 どうする……!?動きだけでなく、殺気すら見事にコントロールする彼女に勝てる手だてなんてあるの!?整えられた校庭では飛礫も落ちていない。こんなことなら私もサーベルを選ぶべきだった。カロリーヌさんを過小評価していた私の落ち度だが、今はそれを悔いている時ではない。


「あっ!?」


 私はついにバランスを崩して尻もちをついてしまった。ナイフは取り落とさずに済んだけど、攻撃を避けられる態勢ではなくなった。


「これで終わりです!!……わっぷっ!?」


 カロリーヌさんの上段が私に振り下ろされた瞬間、私は左手に掴んでいた物を彼女の顔面に投げつけた。秘密兵器でもなんでもない、校庭に無数に転がっている砂だ。尻もちをついた時に思わず握り込んだそれが役に立った。


 たまらず目をつむった彼女の鳩尾に蹴りの一撃を喰らわせた私は、そのまま全体重を乗せるようにして背中から地面にたたきつけた。そしてナイフを首元に当てて、その動きを止める。


「それまで!」


 先生の声が、空高く響き渡った。




「うぅ……参りました。流石セーレさんです」


 いつものふわふわしたカロリーヌさんに戻った彼女は苦笑いを浮かべていたが、とても勝ちを誇れる気分ではない。


「何を言っているの、あなたの方がずっと強かったわ。……素晴らしい剣技だった」


 あの場面、完全に私は負けていた。もしも勝負の舞台が校庭ではなく、砂を掴めない草むらであったなら。そして何より、彼女が破れかぶれの身体強化を使っていたならば。


 間違いなく私は負けていただろう。いや、既に負けている。今の彼女と正面から挑んでも、今の私では勝てない。


「それでも、最後に負けたのは私です!あのままやっていたら、私は首を切られていました!やっぱりセーレさんはすごいです!」


「やめて!」


 カロリーヌさんの優しさは分かる。分かっているけども……!!


「無理に私を持ち上げないで!戦ったのが校庭じゃなかったら、私は負けていた!あなたは身体強化も使わなかったじゃない!本当に優れているのはあなたの方よ!」


「そ、そんなこと無いです!私だって魔法は苦手で……!?」


 カロリーヌさんに対する嫉妬心が、抑えられない……!!魔法無しの戦いで勝てなかったら、私に何が残ると言うの……!?


「そこまで。二人とも落ち着いてください。これは実技試験だと言ったでしょう?勝ち負けは重要ではありませんよ」


 先生の声が、私達の意識を現実に戻した。そうだ、今は試験中――


「お二人とも、素晴らしい技術でした。特にセーレ君の機転が見事でしたね。ここが仮に草原だったとしても、セーレ君は別の方法を使っていたでしょう。環境利用という点で見ればセーレ君が勝っていましたよ。そして、カロリーヌ君」


「は、はい!?」


「あなたの剣は既に一線級ですね。実にお見事です。しかし魔法が苦手だからと言ってあなたまで身体強化を一切使わないのでは、採点に困ります。後ほど身体強化魔法の習得具合を確認させてもらいますので、試験後も校庭に残ってください」


「はひ!?す、すみません!」


 ……環境利用。そう取れなくも、ないけども。ただ卑怯な手を使っただけじゃないのか。


「セーレ君」


「……はい」


「状況に応じて勝ち筋を見出す。兵法の基本ですが、誰にでも出来るものではない。まして戦闘中ならば尚更です。他の人には出来ないことが出来るというなら、それは魔法と何が違うのでしょうね?」


「……えっ!?」


「さて、実技試験を続けましょう。次!――」




 他の人には出来ないことが出来れば、それは魔法と違わない……?




 そんなこと、考えたことも無かった。




 --------

 全員の実技試験が終わり、追試験があるカロリーヌ嬢を除いて全員が帰宅しようとしていた。


「あれ?」


「どうしましたか、殿下」


 いつも左腕に着けていたブレスレットが無い。模擬戦闘の前に外していたのだが、どうやら校庭に置いてきてしまったらしい。高価な物ではないが、無くすわけにはいかない。


「すみません、校庭に忘れ物をしてきたようです。先に馬車に乗っててもらえませんか?すぐに戻りますから」


「別に一人でも帰れますが……」


 本当にブレないな、彼女は。ご令嬢なら、少しは慰められたいとは思わないものだろうか。でも今日はそうもいかないだろう。


「まあそう言わずに。そうだ、今日はカロリーヌ嬢もお誘いしましょう。勝ったのに機嫌悪くして八つ当たりした事、ちゃんと謝りたいでしょうし?」


「なっ!?や、八つ当たりなんてしてません……あれは、あの子が無理やり持ち上げてきたから……」


「でも魔法を使うのが苦手なのを知ってて彼女を責めた事、後悔しているんでしょう?あれが本意じゃなかったなら、すぐにちゃんと話し合うべきですよ」


「~~っ、殿下の事、嫌いになりそうです……!」


 ……ん?ということは、今は嫌いではないのか?……いやいや、何を考えているんだ僕は。そうじゃないだろう。


「ご安心を、八つ当たりの件を謝る時はちゃんと席を外して差し上げますから。では、また後で」


「だ、だからあれは八つ当たりじゃ!?ちょっと、殿下!!」


 はいはい、そうですね。




「さて、まだ残ってると良いけどな……うわっ!?」


 校庭に出た瞬間、ドンという鈍い音と共に地面が揺れ動いた。急な地震で思わずふらつくも、何とか体制を立て直す。珍しいな、この国で地震なんて……。


「いけませんねぇ、カロリーヌ君。先生に嘘をついては」


 遠くから先生の声が聞こえた。目をやれば校庭の中央には先生とカロリーヌ嬢が立っている。そしてカロリーヌ嬢の足元は大きく陥没していた。


 いや、足元だけではない。校庭の何箇所かが小さく陥没している。その大きさは、ちょうど人の足くらいだ。ま、まさか、これを彼女がやったのか……!?




「使えるじゃありませんか、身体強化の魔法。それもかなりの精度で。どうして使えないフリをしているんです?」


「……っ」


 俯くカロリーヌ嬢は、とても辛そうな顔をしていた。




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