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番外編:幽霊7


「いや、これを先に読むべきはヘンリーだろう? 俺には簡単に内容を教えてくれるだけでいい」


 ジークは差し出された日記を受け取ることなく断った。

 しかし、アリエスは首を横に振る。


「いいえ。あなたです。興味があれば、ですけど。それでどうするか判断してください」


 アリエスの言葉に、二人とも日記の内容を察したようだ。

 一度は拒否した日記を、ジークは受け取った。


「それではもう法務官(私たち)の出番はないようですね」

「それは何とも言えません」

「難しいですね。では、ここからは()()()()()()()として、お話を伺います」


 法務官として知ってしまっては、仕事として優先させなければならないものがあるのだろう。

 ヘンリーは勧められもしないのに、ジークよりも先にちゃっかり椅子に座った。

 そこでジークも席に座ると、テーブルに用意されている(ぬる)くなったお茶を三つのカップに注いだ。


「私にまで、ありがとうございます」

「俺もアリエスの話を聞きたいからな」


 ヘンリーがお礼を言えば、ジークも笑って答える。

 ずうずうしい二人の男たちにアリエスは眉を寄せたものの、文句は言わなかった。

 小さな丸テーブルにお茶のカップがなければ、まるで本当に降霊術でも始めそうな雰囲気だ。


「まずはバウアーさんについてお話したいと思います。ただし、私の話は噂も含まれますので、事実かどうかはわかりません」

「別にかまわないだろ。これはただの世間話だ」

「そうですよ」


 アリエスが三日前にタイザム卿の執務室に堂々と入れたのも、バウアーと話ができた(とは言えないが)のも、この二人の協力があってこそだ。

 そのため、アリエスは素直に話すことにした。――今後とも協力してもらうための打算で。


「バウアーさんの父親は地方の小さな地主の次男で、バウアーさんと同じように政務官として王宮で働いていました。ですが、バウアーさんが八歳のときに病気がちになり退官。家計は母親が仕事を掛け持ちして支えていたようですね」

「ああ。だが、その父親もバウアーが十五歳のときに亡くなり、母親はそれまでの無理がたたったのか、臥せるようになったらしいな。今度はバウアーが働きながら勉強を続け、どうにか父親の旧友の伝手で王宮の政務官――といっても下級書記官だが職を得た」


 アリエスが同意を得るように話せば、ジークが付け加える。

 これは秘密事項でも何でもないので、ちょっと()()()()調べればすぐにわかることだった。


「はい。その後、タイザム卿の下で働くようになり、それ以来の付き合いになったわけです。タイザム卿が人事局に異動になった際、バウアーを同じ人事局の政務官として推薦しています。そこまではよくあることですので、我々――失礼、法務局も気には留めませんでした。問題は、バウアーが両親の闘病生活のために、治療費などで高額の借金を作ってしまったことです」


 同じようにバウアーについて話していたヘンリーだったが、途中で法務官としての立場に戻ってしまっていたことに気付いたらしい。

 慌てて謝罪して続けた。


「バウアーの給金では返済と借り入れの繰り返しでした。結局、借金はまったく減らない。ところがある日、全額返済されました。しかし、それはカスペル前侯爵たちが横領を始めるより前のことです。どうやら、タイザム卿が立て替えたようですね」


 ヘンリーの言葉に同意して、アリエスは頷いた。

 タイザム卿とバウアーは立場は違えど同じ年齢ということもあり、かなり親しくしていたようだ。


「公にはされていませんが、タイザム卿はちょうどその時期にかなりの財産を手放しています」

「公になってないのに、なんでアリエスが知ってるんだ? まだ三日だぞ?」

「タイザム卿が亡くなってからもうひと月でしょう?」


 ジークの問いに、アリエスは何を言っているんだというように答えた。

 当然、法務局でもタイザム卿の財産については、横領事件の関与がわかった時点ですでに調べている。

 だからこそ、バウアーを庇っているのではないかと疑ったのだが、証拠がまったく出てこなかったのだ。


「噂では、タイザム卿は何度もバウアーさんのお宅に遊びに行っていたそうですね」

「それでバウアーの母親とも親しくなって、借金の肩代わりをしたってわけか。だが高額なあまり、バウアーはなかなか返済ができずに負い目を感じていた」

「タイザム卿は返済を急かしてはいなかったようですけどね。それどころか、何かあったときには遺産をバウアーさんに譲る旨の遺言状を作成していました」

「本当か?」

「はい。アリエス殿のおっしゃるとおりです」


 誰もが予想するだろうことを口にしたジークに、アリエスはさらに驚きの事実を明かした。

 ジークが思わず確認すると、ヘンリーもはっきり肯定した。


「遺産については置いておくとして、借金云々の事実から、バウアーがタイザム卿にどうやって借金を返そうかと悩んでいたところに、カスペル前侯爵から話を持ち掛けられ、横領に手を貸すことにしたのだと我々は考えました。そして当然のことながら、上司であるタイザム卿にはすぐに知られるところとなってしまった。ところが、友情に厚いタイザム卿はバウアーを糾弾することなく協力することにしたのだろうと……。でなければ、あそこまで完璧にバウアーの関与を隠せるわけがない。それどころか遺産を残すなんて、バウアーのことを大切に思っていた証拠です。それなのに、バウアーはタイザム卿の友情を信じ切れなかった。そして何らかの方法で、我々が見ている前でタイザム卿がヘベノンを飲むように細工した。――と疑っていたのですが、どうやら違ったようですね」


 ヘンリーは法務官としての推理を口にしたが、今回のことでそれが間違っていたと判断したらしい。

 そんなヘンリーからアリエスへと、ジークは興味深げな視線を向けた。


「アリエスはどう思っているんだ? タイザム卿が自殺か他殺か事故か知りたがっていただろう? たとえば、バウアーがタイザム卿の遺言内容を知っていて、口封じと遺産目当てに殺したと思わなかったのか?」

「調べたことから、その可能性もあるとは思っていました。あの絵を思い出すまでは」

「あの絵? ああ、あの黄色い絵か」


 今までの内容は全て法務局で調べられている周知の事実だった。

 ここから先はアリエスが独自に調べたことについて知りたいのだろう。

 ジークだけでなく、ヘンリーまで期待しているようだった。

 アリエスはわずかにためらい、そして口を開いた。


「ここからは、日記を読む前の私の推測と日記に書いていた内容に基づいてお話します」



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