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番外編:幽霊4

 

「何か面白いことは書いてありました?」

「いいえ、特に目新しいことは何もありませんでした。ただもう少し客観的事実に基づいて記入するべきではないかとは思いました」

「そうですね。これから気をつけるよう、伝えておきます」


 ヘンリーに渡した記録簿は、アリエスが早朝に法務局から拝借してきたものだ。

 もちろん部屋に鍵は掛けられていた。

 極秘の記録簿がなくなっていることにすぐに気付き、資料室へ取りに来たヘンリーは法務官として優秀だろう。


「そういえば、それは人事局のものではないですか?」

「まあ、そうでしたか。これも紛れていたのですが、お返ししないといけませんね」

「今は法務局で預かっているものなので、それも私が引き取りますよ」

「助かりますわ。ありがとうございます」


 アリエスはそう言って、タイザム卿の執務室から押収されていた人事記録簿もヘンリーに差し出した。

 それは法務局からついでに拝借したもので、内容はタイザム卿が財務局での人事異動命令を取り消したりと操作した跡が残っているのだ。


「アリエス殿は幽霊の正体を探っていらっしゃるのですか?」

「いいえ。幽霊には興味ありませんね」

「そうですか。では、何にご興味があるのでしょうか?」

「死者を蘇らせる秘密の書物です」

「そんなものがあるとお思いですか?」

「わかりません。ですから探しているのです」

「なるほど。では、ぜひ協力させてほしいですね」

「助かりますわ」


 アリエスが目的のものを得るためには、法務官の――ヘンリーの協力が必要だった。

 だが今、ヘンリーの執務室は在室中には多くの出入りがあり、邪魔をされずに話をするために資料室に来るよう仕向けたのだ。


「ところで、今回の件に関してタイザム伯爵家には何らかのお咎めがあるのでしょうか?」

「いいえ。特にはありませんね。カスペル前侯爵から賄賂を受け取った記録もありませんでしたから。ただ伯爵はご子息の犯された罪を重く受け止められ、自ら謹慎を申し出たそうですよ。しかも被害者の賠償金に充ててほしいと、少なくない額の寄付をしてくださいました」

「それではきっと陛下の覚えもめでたくなるでしょうね」

「おそらく」


 査問会のときに法務長官のガスパル伯爵が、賄賂を受け取った者たちは上乗せして返せと暗に告げていた。

 タイザム伯爵はその言葉に倣ったのだろう。

 息子のせいで被った汚名をそそぐために必死なのだ。


 以前アリエスが読んだケイヨ・レフラが書いた日誌には、タイザム伯爵についても言及されていた。

『常に日和見で保身を図ってばかりいる。そのためか、時勢を読むのが上手い』らしい。

 そんな伯爵にとって、息子の――シャルル・タイザムの起こした一連の事件は痛手だったろう。

 横領に関与していたことが疑われた時点で早々に勘当し、法務局には徹底的に調べるよう嘆願した。

 そして有罪であるならば極刑を望むとまで訴えていたのだ。


(保身に走るにしても、過激すぎるわよね……)


 ヘンリーが帰った後、アリエスは再びケイヨ・レフラの日誌を取り出して読み返した。

 彼がタイザム伯爵について触れているのは、前述の一文くらいである。

 要するに特に注視するほどの人物でもないと思っていたのだろう。

 アリエスも同感で、今まではそれほど気にしたこともなかった。

 どこかの密談に参加もしていなければ、浮気もしていない。


 また、シャルルの弟――モーリスは近衛騎士に所属しているが、ロレンゾのように使命に燃える高潔な騎士というわけでもなく、爵位を継ぐまでの腰かけとして所属しているようだ。

 そのような者は近衛騎士の中でも一定数おり(イヤオルもそうであった)、戦力としてではなく見栄えを求められていた。

 だが意外にも兄弟仲はよかったらしく、稀にシャルルがモーリスに会いに騎士宿舎に訪れていたらしい。

 残るはタイザム伯爵夫人についてだが、特に目立った記述もなかった。


(まあ、夫人に関しては今考えても仕方ないことね。当主である伯爵の命令に従って、夫人も弟のモーリスも屋敷に籠もっているんだから)


 日誌を閉じると気持ちを切り替え、窓辺で本の修繕を始めた。

 こうして一人、外を眺めながらゆっくりするのも久しぶりである。

 以前、ユッタとイヤオルの逢い引きに使われていた場所は、最近では違う二人の密会場所になっていた。

 しかもその二人はかなり大胆だ。

 白昼堂々、青空の下に繰り広げられるあれこれを横目に、アリエスは針に糸を通すことに集中した。

 そこに、新たな来客が現れる。


「よお、朝方ぶりだな」

「よほどお暇なようですね」

「いやいや、これでも忙しくしてるんだよ。だが、降霊術が行われるって聞けば、気になるのは当然だろう?」

「まさかまだそのような原始的な儀式が行われているのですか?」


 ジークの言葉を聞いて、アリエスは目を丸くして驚いてみせた。

 その白々しさに、ジークは思わず噴き出す。


「幽霊を呼び寄せるんだろう?」

「そうなんですか?」

「そう聞いたが?」

「ダフト卿は冗談がお好きなようですね」


 笑いながら言うジークと違って、アリエスは相変わらず無表情だ。

 それでもアリエスがなぜか笑っているようにジークは感じた。


「それで、どうやるんだ?」

「なぜ、私に訊くのです?」

「俺も参加するからだよ。ろうそくはどれくらいいる? まさか生贄が必要なのか?」

「何も必要ありません。用件がそれだけなら、どうぞお引き取りください。この後は用事がありますので」


 アリエスの言う用事ならかなり興味深い。

 だが訊ねても答えてくれないことはわかっていたので、ジークは諦めて資料室を出ていった。

 

 そして午後になり、フロリスが資料室にやってくると、アリエスはメイド服に着替えて出かけた。

 この時間なら執務棟は政務官たちの食事の片付けで忙しいはずである。

 政務官は忙しさから、机で食事をとるために(とらない者も多いが)、食器を下げるメイドは足りないくらいなのだ。


「……あー、くそ。終わらねえ」

「これもタイザム卿が面倒くさいことしてくれたからだよなあ」

「まあ、忙しいのはいつものことだろ」

「そういや、まだバウアーは休んでるんだな」

「そりゃ、一番大変なのはあいつだったからなあ。倒れもするだろ」


 ちょうど期待通りの会話を始めた人事官たちへ、アリエスは近づいた。

 昼食を終えてほんのわずかな息抜きなのだろう。


「だけどさあ、本当にバウアーは関わってなかったと思うか?」

「どうだろうなあ……。ここ最近はタイザム卿と関係悪くなってたし、やっぱ知らなかったんじゃね? 証拠も見つかってないんだろ?」

「そもそも、今までよく付き合ってたよ。タイザム卿ってすげえ面倒くさい人だったじゃん。思い込みも激しくてさ」

「ああ。ちょっとしたミスにもうるさかったよな。神経質っていうか、完璧にやらないと気がすまない」

「しかも講釈が長い! 博識ぶりたいのか何なのか、上司としてはしんどかったな」

「プライドも高かったしなあ」

「俺たちはまだいいほうだろ? バウアーが矢面に立ってたんだから。で、今も尻ぬぐいさせられて倒れたんだから、少しくらいゆっくり休んでいいんじゃないか?」

「顔色やばかったもんな」

「それこそ、バウアーのほうが幽霊かってくらいにな」


 人事官たちは笑って話を終わらせたが、その顔色もかなり悪かった。

 タイザム卿が横領に関与していた後始末というよりは、大量に処分された財務官たちの穴埋め調整に大変なのだろう。

 そのせいか、別の人事官たちもタイザム卿たちの話をしていた。


「――だけどさ、バウアーの母さんが亡くなったときには、ずいぶん親身になってたよな?」

「よく家に遊びに行ってたらしいから、タイザム卿だって落ち込んでたのにな。ってか、むしろタイザム卿のほうがヤバくなかったか?」

「バウアーはタイザム卿に助けてもらったって、わりと早く立ち直ってたよな? 妙に明るくって、逆に無理してるんじゃないかって思うときもあったよ」

「ああ、そういやそうだな」

「それがここ半年くらいで、どんどん二人は険悪になっていってたよな?」

「やっぱり人事操作のことがわかって揉めてたのか……?」


 そこで政務官たちは黙り込んでしまった。

 それから気を取り直したのかのように、机に向き直って仕事を再開する。

 アリエスは都合よくタイザム卿たちの話をしてくれた政務官たちに内心で感謝しながら、食器を持って執務室から出ていったのだった。



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