34.査問会
「ちょっと待ってください。どうして私が査問会に出席しないといけないんですか?」
「ご安心ください。ただの立会人であって、査問されるわけではありませんから」
「それはわかっています」
ヘンリーが資料室までやってきて、査問会に出席するようにと伝えたときには、アリエスはやられたと思った。
無関係とまではいかなくても、高みの見物で後から査問会の様子を聞くつもりだったのだ。
それが実際に出席するとなると、周囲からは余計な期待をかけられ、現場では予想外のことに巻き込まれるかもしれない。
むしろ絶対に巻き込まれる。
それが面倒で抗議したが、受け入れられることはなかった。
それならと査問会の流れを聞いて、ちょっとした打ち合わせをする。
ようやくヘンリーが部屋から出ていくと、アリエスは大きく息を吐き出した。
「よかったですねえ。ばれなくて」
「……そうね。ちょうど資料室に戻る途中で彼を見かけてよかったわ」
「ダフト卿をお見かけして、どうしてあの方に見つからず、あの方よりも早くここへ戻ってくることができたのですか?」
「それは秘密よ。だけどありがとう、フロリス。私が着替えるまで、誤魔化してくれて」
「いえ。どきどきしましたけど、アリエス様がいらっしゃるだけで、大丈夫だと思えましたから」
にっこり笑うフロリスは女官服を着ている。
ついでに言うと、アリエスと同じ髪型に化粧で、一見してアリエスに見えるのだ。
この方法で資料室にアリエスがいると思わせ、実際にはメイド服やその他の姿で、アリエスは王宮内を探検していた。
この替え玉作戦が上手くいくようになったのも、最初の頃はアリエスが傍にいてフロリスに練習させた成果である。
この頃はよくロイヤが抜き打ちでアリエスの仕事ぶりを見に来るのだ。
邪魔なことこの上ないが、それも明日の査問会までのこと。
そう思うと、査問会に出席するのも悪くないように思えた。
翌日、査問会の会場である執務棟の一室に向かっていると、多くの人たち――使用人から激励された。
アリエス的にはもうすでに頑張ったあとなので、特に何もするつもりはなかったが、軽く頭を下げて励ましに応える。
味方は多いに越したことはない。
最近では「あのクールさがかっこいい!」などと女性使用人たちの間で『アリエス様を応援する会』なるものができたそうだ。
何を応援されるのかよくわからないが、いつか利用できるかもしれないので黙認していた。
ちなみに会長はユッタらしい。
部屋に入ると、ほとんどの人物が揃っていた。
女官長とロイヤにはきつく睨まれたが、侍女頭や新しいメイド長はさっと目を逸らす。
新しいメイド長にとって今回は災難だったわね、と同情しつつ、アリエスはさらに室内を見回した。
男性使用人も従僕頭などの姿が見られ、法務官側はヘンリーを筆頭に数人が真っ黒なローブを纏って立っている。
威圧感あるローブが法務官をより恐ろしいものに見せているようで、アリエスはつくづく衣装は大切だなと感じていた。
また室内には衛兵が何人か等間隔で立っているのだが、一番奥を見たアリエスは思わず顔をしかめた。
そこに立つジークがにやりと笑う。
(やっぱり出てきたわね……)
最近は姿を見かけなかったが、ジークがこれほど面白いものを見逃すわけがない。
その予想が当たったことが嬉しくて、またそんな気持ちがくだらなくてアリエスは苛立った。
それでも傍観するにふさわしい場所へと向かう。
椅子が何脚か用意されているが、アリエスのためではない。
そして室内の様子が一番見渡せる場所――ジークの傍に立つと、改めて集まっている者たちの表情を窺った。
法務官たちは何人か厳しい顔つきの者もいるが、比較的リラックスしているように見える。
対して、使用人たちは顔色が悪く、さらに財務局の者たちは今にも倒れそうなほど青ざめ震えていた。
そこに新たな人物が入ってくる。
途端にロイヤの顔がぱっと輝いた。
(あれでは、わかりやす過ぎでしょうに)
不機嫌なカスペル侯爵はロイヤに見向きもしない。
侯爵の後にはロレンゾが続き、最後に法務長官のガスパル伯爵が部屋に入り、椅子に座った。
ガスパル伯爵はちょっとふっくらした優し気な顔の紳士だが、実際は部下たちに鬼長官と呼ばれるほどに厳しい人物らしい。
また侯爵はロレンゾを細身にしてそのまま年を取らせたような端正な中年男性で、とても穏やかで優しく憧れている女性も多いそうだ。
それが今は怒りに満ちた表情でアリエスを睨みつけ、続いて息子であるロレンゾを睨みつけた。
「あの温和な侯爵をあれほどに怒らせたんだから、さすがだな」
「あれが本性でしょう?」
アリエスもジークもお互いまっすぐ前を向いたまま小声で話しているため、皆は気付いた様子はない。
だがガスパル伯爵だけはアリエスたちを一瞥した。
「あなたのせいで注目されてしまったじゃない」
「俺のせいじゃないだろ」
関係者が揃ったことですでに査問会は始まっており、徐々に皆の声の調子は荒くなっていっていた。
その中でアリエスたちがこそこそ話しても誰も注目しない。
横領の証拠は揃っているので、問題は誰の主導で行われたかなのだが、なかなか話は進まなかった。
「そもそも職場長たちの台帳の控えをなぜ君たちが持っているんだ!? 職場長たちは気付いたら無くなっていたと言っていたぞ! 君たちが盗んだんじゃないのか!?」
一人の財務官が声を荒げ、法務官たちを指さして訴えた。
その言葉に他の財務官たちも同調する。
「盗人猛々しい、とはこういうことね」
「それをあんたが言うか?」
「あら、何か問題でも?」
意味がわからないとばかりにアリエスがちらりと振り向き驚くと、ジークは何も言わず俯いた。
どうやら声を出さず笑っているらしく、肩が小さく震えている。
アリエスは気にせず向き直り、目の前で繰り広げられる責任のなすりつけ合いの見学を続けた。
査問会は白熱した醜い争いになっている。
はじめは面倒だと思った査問会だったが、こんなに面白いものを見逃さずにすんだことに、今のアリエスはヘンリーに感謝していた。




