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31.散策

 

「本当にこんなことに意味があるのか?」

「そうねえ。正直に言えば、ないわ」

「は?」


 アリエスの返答に驚いて、ロレンゾは思わず足を止めた。

 今二人は王宮にある南庭園で腕を組んで散策しており、注目の的なのは間違いなかった。

 あの堅物の――いや、高潔なカスペル騎士と、夫に無一文で捨てられた元伯爵夫人であるあのクローヤル女史が親密な様子で散策しているのだ。

 しかもこれが初めてではない。

 ここひと月弱でカスペル騎士の非番の日に二人でいるところを何度も目撃されているのだから、はじめは面白半分で噂していた人たちも今はどうなっているのかと情報を集めるのに必死だった。


「だって面白いと思わない? みんな私たちがどうなっているのかと一生懸命に探りを入れてくるのよ? それで、ああでもないこうでもないって噂するのよ。からかわれているとも知らずにね」

「そうなのか?」

「そうよ。馬鹿馬鹿しくて面白いと思わない? 私だけじゃなく、ユッタやフロリスにまで探りを入れているらしいわ」

「……フロリス殿のことはどうすればいいんだ?」

「どうもしないわ」

「しかし――!」


 話題をフロリスのことへと変えたロレンゾの足を、アリエスは器用に引っかけた。

 だがすぐに体勢を立て直すロレンゾはさすがと言うべきだろう。

 嬉しそうに顔を輝かせるロレンゾを見て苛立ちながらも、アリエスはまた腕を組む。


「あなたのお祖父様が公にすることを望んでいないのは確かでしょう? でなければ生前におっしゃっているわ。ただあなたが調べた通り、本来はあの子にも財産がしっかり遺されていただけ。まあ、それをお父様が横取りしてしまったのでしょうけどね」

「それは……申し訳ないと思っている」

「あなたが申し訳なく思う必要もないでしょう? 父親の罪を息子が負うこともないわ。あなたはあなたなんだから。しかも今回のことは家庭内の問題だから、あの子にはもらうべき財産が渡ればそれでいいのよ。そのお金をどうするかは、あの子が決めればいいことだもの」


 そう言っても、ロレンゾは納得しかねるといった様子だった。

 アリエスは深くため息を吐いて続ける。


「あの子には優しかった母親と、生まれる前に亡くなってしまった父親がいるの。それでいいのよ」

「しかし、彼女は他に家族はいないのだろう?」

「だからといって、あなたが家族になれるの? 『初めまして、叔母さん』とでも挨拶をするのかしら?」

「それは……」

「無理よね。誰が父親だろうが、庶子は庶子。ここで働くこともできなくなるわ。まあ、前侯爵の遺産が入れば働く必要もないのだけれど、それは本人が選択してこそよ。遺産にしてもそうだけど、前侯爵は父親について秘密にすることを選んだのだから、その遺志は尊重するべきじゃないかしら?」

「そう、だな」


 ロレンゾは世の中の不条理を嘆くように頷いた。

 恵まれた環境で育ったロレンゾは、綺麗な世界しか知らなかったらしい。

 お坊ちゃまなロレンゾが少しずつ世の中の不条理を知り、呑み込む姿を見るのがアリエスは楽しかった。


「そろそろあなたのお父様は痺れを切らすでしょうね。きっと侯爵家に有利な結婚相手を考えているでしょうに、私のような汚点だらけの女と付き合っているんですもの。それもこんなに大っぴらに」

「私は……アリエス殿さえよければ、本気で結婚を前提に――」

「そういうのはいらないわ。私は好きでやっているだけだから、責任とか考えなくていいの」

「いや、そうではなくて――」

「私のことは気にせず、マルケス夫人とお会いしたらいいのよ? 予定がないというから、こうして付き合ってもらっていたけれど、彼女とのことをばらしたりなんてもうしないわ。もし私のことを責められたら、極秘任務だと言えばいいのよ。実際、そうでしょう?」

「……もう彼女とは会うつもりはないんだ」

「そう?」


 ロレンゾの恋愛事情についてはどうでもいいので、アリエスはあっさり聞き流した。

 カスペル侯爵たちの横領については――ついでに遺言状改ざんについても、ロレンゾの協力のおかげで証拠はしっかりそろえたので、この遊びもそろそろ終わりにしていいだろう。

 イレーンからは何も動きがなかったことが、アリエスにとっては残念だった。

 はっきり言ってつまらない。

 女同士の戦いも面白そうだったが、そうなるとイレーンはロレンゾとの関係を認めることになる。

 やはりイレーンにとってロレンゾは簡単に切り捨てられる存在だということだ。


「おや、アリエス殿ではありませんか? お久しぶりですね」


 庭から引き上げ王宮へ戻る途中で出会ったヘンリーは、以前と変わらず人の好さそうな笑みを浮かべて声をかけてきた。

 アリエスはロレンゾの腕に手を添えたまま挨拶を返す。


「お久しぶりです、ヘンリーさん。ロレンゾ、ダフト卿はご存じ?」

「――いや、申し訳ない」

「そう。こちらはダフト子爵のご次男でヘンリー・ダフト卿。法務官でいらっしゃるの。ヘンリーさん、こちらはロレンゾ・カスペル卿です」

「ええ、もちろん王宮の花形騎士のカスペル卿のことは、一方的ですが存じ上げております。よろしくお願いします」

「あ、ああ……」


 将来の侯爵であるロレンゾのほうが身分は上なので、ヘンリーは頭を下げて挨拶をした。

 ロレンゾは戸惑っているのか頷くだけで、ちらりとアリエスを見る。

 年齢的にはアリエスよりもヘンリーよりも年上だが、やはりまだまだロレンゾには経験が足りない。

 こういうときは堂々とするべきなのだ。

 たとえ相手が父親の不正を訴える相手でも。


「ヘンリーさん、明日はよろしくお願いしますね」

「もちろんですよ。わざわざ礼などよろしいですのに」

「いいえ、このような職に就けたのもヘンリーさんのおかげですから。きちんとお礼をさせてください」

「そうですか? それではまた明日を楽しみにしております」

「ええ、ぜひ」


 表向きの会話を終え、ヘンリーは去っていった。

 ヘンリーが法務官だと知ったときには驚いたが、わざわざ新たに人脈を繋げなくてもいいので幸運だった。

 ルドルフの友人であり、温厚で人当たりの良さから無害な人物だと思っていたが、これもまた間違いだったらしい。


 今回の告発をするにあたって法務官たちを調べてみれば、なかなか曲者であることがわかったのだ。

 これだから人間は面白い。

 心のない王様直属の法務官のこれからの働きを楽しみに、アリエスは足取り軽く部屋へと戻った。




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