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30.協力要請

 

「わ、私はそのような不正は、例え家族でも看過したりしない!」

「あら、それは頼もしいわね」

「だが私はあなたを信用していない。そのようなことなら素直に相談してくれればよいものを、このように脅迫してくるなど、信用できるわけがない」


 信用されていないと言われて一瞬喜んだアリエスだったが、続いた言葉にがっかりした。

 がっかりするということは、期待したということで、そんな自分が嫌になる。


「――あっ……」


 そのイラつきをロレンゾの内腿を踏みつけることで晴らす。

 すると、ロレンゾは嬉しそうな声を上げ、呼吸も荒くなってきた。


「偉そうなことを言って、ただの変態じゃない」


 アリエスは冷ややかに蔑みの言葉を吐き出した。

 やはりイレーンに対する気持ちは愛ではなくただの性欲のようだ。

 ロレンゾは自分を正当化したいがために、イレーンを愛している気になっているのだろう。


「どんなに優秀で善良な人物でも、家族が関わると判断を誤ることはよくあるわ。あなたのお祖父様のようにね」

「祖父を悪く言うことは許さない。祖父は――」

「異論はあとで受け付けるわ。それよりも先に協力するかしないか、答えをいただきたいの。横領に関する証拠は、あなたを信用していないから見せるつもりはないけれど、あなたに協力してほしいことに関しては、もちろんお見せするつもりよ」


 ロレンゾはアリエスの冷静な顔を見つめ、逡巡しているようだった。

 先ほどの疑うことさえせず、すぐに体調の悪い女官を――アリエスを助けたときとは大違いだ。

 しかし、やがてロレンゾは決意したように表情を厳しいものに変えた。


「わかった。協力しよう」

「――助かるわ。このことに関しては、カスペル侯爵家の内部の方じゃないと知ることができないことだから」


 そう言って、アリエスは内ポケットから一枚の書状を取り出した。

 それを目にしてロレンゾは眉を寄せる。


「……紹介状?」

「ええ。紹介者の名前を見てくだされば、なぜ私があなたに協力を求めているのかわかると思うわ」


 アリエスはロレンゾに渡すことなく、紹介者の署名を見せた。

 するとロレンゾは目を見開く。


「あなたのために祖父が紹介状を書いたのか?」

「いいえ。私はカスペル前侯爵と面識はないわ。それにこれは正確には紹介状とは言えないでしょうね。内容を読み上げるから、その意味を理解してちょうだい」


 そう言って、アリエスは紹介状とされている手紙を読み始めた。

 ロレンゾの反応次第では直接見せることもするが、今はまだ手元から離すつもりはない。

 内容は宰相補佐官のハミルトン卿に宛てたものだった。

 ハミルトン卿はカスペル前侯爵が引退したあとも、宰相の任は自分では力不足だと補佐官にとどまっている人物である。


「待ってくれ。その内容が本当なら、祖父には非嫡出子がいるということか? しかもその娘の保護をハミルトン卿に頼んでいるように思える」

「ええ、そうよ。遠回しではあるけれど、そういうことね。そもそもこの紹介状――手紙をこんな回りくどいやり方にしているのは、世間に娘の存在がばれないようにするため。だけど、前侯爵はご家族を――息子であるカスペル侯爵を信じていたみたいね。彼女にはこの紹介状を使うことはないだろうと言っていたらしいから。ただ最後の最後で、信じ切れなかったのかしら? 人間の心理って複雑ね」

「なぜそれをあなたが持っているんだ? なぜハミルトン卿の手に渡っていないんだ?」


 噓くさく嘆くアリエスに、ロレンゾは疑わしげな視線を向けて問いかけた。

 清廉潔白とまで言われていた騎士が少しずつ汚れていくのは面白い。

 アリエスは楽しさからわずかに浮かれてしまっていた。


「あなたのお祖父様はたくさんのミスを犯しているの。この紹介状に見せかけた手紙を持って、彼女が素直に王宮を訪ねたまではよかったわ。だけど彼女は誰を訪ねればいいか忘れてしまって、よくある手順通りにメイド長に紹介状が渡ってしまったのよ。メイド長は――前メイド長はこの紹介状を見て、よく理解できずに相談することにしたんじゃないかしら? これは私の憶測ね。その相談相手が女官長補佐だったの」

「……あなたは女官長補佐ではないはずだが?」

「ええ。私はただの女官よ。ちょっとばかり噂が好きで、人の秘密が好きなね。だからあるはずのメイド長の部屋になかったこの紹介状を求めて、女官長補佐のロイヤの部屋を探したの。予想通り発見することができてよかったわ」

「それは要するに盗んだってことか?」

「端的に言って、そうね」


 悪びれもせず盗みを働いたことを肯定するアリエスを、ロレンゾは呆れて見ていた。

 しかしなぜかロレンゾの胸が高鳴る。

 未だに紹介状を渡そうとしない用心深さも魅力的だと感じ、ロレンゾは自分がおかしいのではないかと思った。

 つい先ほどまで――アリエスに出会うまで、心の中はイレーンのことでいっぱいだったはずなのだ。

 それが今、次に彼女が――アリエスが何をするつもりなのか気になって仕方ない。


「それで、私は何をすればいいんだ?」

「お祖父様の遺言状を調べ直してほしいの」

「遺言状を?」

「ええ。だってこの紹介状を使う必要はないとお祖父様は思っていらした。ということは、彼女にも何らかの財産が遺されていたはずなのよ」

「……確かに、遺言状が公開されるまで半年もかかった。父の説明では管財人が――祖父が懇意にしていた管財人が急に亡くなったせいで……」


 ロレンゾが考えながら呟くと、アリエスは右足を股間から遠ざけ長椅子から下ろした。

 それはよく理解できましたというご褒美のようで、ロレンゾにはお預けされた気分になる。

 以前から自分が異常ではないかと悩んでいたが、もうどうしたらいいかわからなかった。


「私は……やっぱり異常なんだ……」

「あら、それで何か問題なの?」

「問題だろう? 私は虐められることによって性的興奮を得るんだぞ? いや、今はそれどころじゃないのに、何を言ってるんだ……」

「いいえ、それどころよ。悩みはさっさと解決しておいたほうがいいもの。だからはっきり言うけど、あなたの性的嗜好は誰にも迷惑をかけないわ。だから問題なしよ。あ、だけど誰彼かまわず虐めてくれって言うなら迷惑だから、そのときはマルケス夫人に頼むか、私にでも相談してちょうだい」


 長年密かに悩み続け、はっきりと自分の異常性を認めてしまったロレンゾに、アリエスはあっさり答えて終わらせた。

 そんなに簡単でいいのかとも思ったが、それでいい気もする。

 ふっと笑いを漏らして、ロレンゾはアリエスをまっすぐに見つめた。


「私はあなたに全面協力するよ。だから教えてくれ。祖父の非嫡出子である彼女っていうのは誰だ?」




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