初夜
お風呂に入った後、アリサから香りのよい香油をこれでもかと塗られ、念入りに髪を櫛通され、触り心地のいいネグリジェを着させられた。あからさまな初夜の準備は、逃げ出したい衝動に駆られながらもされるがままに終わった。さすがにネグリジェは布が薄すぎて落ち着かなかったので、アリサが退室した後に上からショールを羽織ったけれど。
今、私の前には凪いだ海を思わせるように静かな眼をしたルーク様。対照的に、おそらく真っ赤に顔を染めているであろう私。先ほどからずっと、広いベッドの上に向かい合って座っている。といっても、私たちの距離は二m近く空いている。つまり、端と端に位置しているのだ。私が緊張していることが彼にも伝わったのだろうか、距離を開けてくれているみたい。……ああ、情けない。
ルーク様は、今までと違い少し色っぽい。髪は少し襟足辺りが湿っていていつもより乱れているし、服装も見慣れた執務服ではなくシャツとズボンの軽装だ。おそろしく顔の整ってる人だから、何を着ても様になってしまうらしい。まともに直視できない。
「…………」
「…………」
「そのショール」
「え」
かれこれ半刻ほど続いていた長い沈黙を破り、ルーク様が私の肩の辺りを指差して言った。
「マリベルシアから持って来たのか?昔、そんな柄をそちらの国で見たことがある」
彼の言うとおり、ショールは実家から持参したものだった。マリベルシア独特の放射状の繊細な編み目で彩られていて、五年ほど前から使い込んでいるお気に入りの品だ。
「あ、これ。とても気に入っているんです」
気まずい沈黙が途切れたことに安心し、つい声が弾む。
「レインによく似合ってる」
眼を細めながら言う顔は、先ほどよりもやや熱がこもっていた。ん、なんだか距離が狭まっている気が。
「でも、今は少し邪魔」
いつのまにか目前まで近づいていた彼に、あっという間にショールを取り去られる。
「あ、ちょ、待って」
急な動きについていけずに、頭の中が真っ白になる。
「俺とこうなること、考えてなかった?」
私の腰のすぐ横に両手をつく彼の、耳元で囁く低温に、ぞくりと肌が泡立つ。惑いながらも見ると、紺青の瞳が私をまっすぐに射抜く。……答えなければ。
「……っだ、いじょうぶです。あの、でも、いざとなりますと、こころのびゅんびかっ…」
…………噛んだ。
「びゅ、びゅんび、が…………」
ああ。言い直しても噛んでしまった。血の気が引いていくのが判る。同時に口の中には血の味が広がってくる。いくらなんでも動揺しすぎでしょう私。
く、と彼が俯きふるふると震えだす。耳元まで真っ赤ですルーク様。いっそ高らかに笑ってやってください。
「うん、今日はもう寝ようか」
ルーク様はコホンと一回咳払いをし、優しく私の頭を撫でてくれた。恥ずかしさと申し訳なさと、少しの安堵が混ざり複雑な心境になる。
「……そんな顔色した子を手込めにするほど、俺は子供じゃないから」
察したのか、ルーク様は笑いながら枕にボスンと頭を埋める。
「そんなに、ひどい顔してますか?」
「顔は可愛いままだけど、紫色になってる」
アンデッドか、私。いっそのこと本当に息が止まればこんな思いもしなくて済むのだろうか。
「おいで」
ルーク様がおもむろに片腕を広げ、私を招く。少したじろいだけれど、腕を引っ張られそのまま長い腕に頭を乗せる形になった。腕枕、というものか。密着して、顔も近くて、ものすごく恥ずかしい。
でも、今日は雰囲気をぶち壊すという所業をやらかしたんだから、このくらいは耐えなければ。
少し頭の位置をずらして頭上を見ると、ルーク様は私の髪を梳くのを楽しんでいた。
……これ、気持ちいい。梳かれる度に瞼が重くなり、あっという間に睡魔が迎えにきた。
そういえば、昨日も一昨日もろくに眠れなかったんだった。
あたたかな彼の温度に包まれて、間もなく私は眠りに落ちた。
期待していた方がおられれば、すみませんでした。
レインに色気は存在しません。今のところ。




