結婚式
ゼクセンの皇宮は、政治の中心。主たる貴族たちが一堂にこの宮殿に集まり国を動かしている。同時に、皇宮は名が表す通り、皇帝陛下の住まいでもある。そういった重要な役割を果たす場所なだけに、その外観や規模は圧倒的だ。ちょうど宮殿を中心に緩やかな丘陵を描くこの首都の、まさしく象徴たりえる存在になっている。
……その宮殿で今から私の結婚式が行われるとか、なんのいじめなのだろう。
「大丈夫ですか?」
アリサが、私の髪を結い上げながら鏡越しに心配そうな目を向ける。
宮殿の控え室。隣接する広間では結婚式の準備が着々と進んでいる。私は控え室で花嫁衣装に身を包み、アリサによって最後の仕上げをされているところだった。
「……大丈夫、じゃない……」
視線を鏡の中の自分に移すと、真っ白なドレスには不釣り合いな、明らかに疲れの溜まった顔。目の下の隈に、血色の悪い唇。どうみても花嫁の顔色ではない。
「ルーク様は、問いかけに頷いていればそれで式は終わるって言ったけれど、皇帝陛下直々の式だと思うと……」
緊張しすぎてろくに眠れなかった。一昨日の夜もあの一件で眠れずに、替わりに昼間近くまで寝ていたのに。昼夜逆転状態も影響しているのだろうか。
一昨日の寝不足の原因となった彼とは、結局今日まで会えずじまいだった。同じ屋敷にいるはずなのに、宰相とはこうも多忙なのだろうか。
「お疲れもたまっているのでしょうね。大丈夫、このくらいであれば化粧でいくらでもごまかせますよ」
とびきりの笑顔で言いながら、アリサが髪のセットを終える。私の髪はちょうど肩くらいの高さまでなので、まとめるにはそう時間はかからなかったようだ。髪には、ゼクセンの貴色である赤色のリボンが編み込まれている。その後もてきぱきと進む準備。鏡の中の自分が今まで見たこともないくらいに彩られていくのを、魔法に掛けられたような思いで見つめる。
「はい、できました!」
アリサの言った通り、化粧を施された肌は先ほどまでとは違い、明るく透き通って見える仕上がりだった。化粧って、すごいのね……。
「これでルーク様も、ますます骨抜きですよ!」
本当にそうだといいのだけれど。アリサの軽口に笑っていると、間もなく迎えの使いがきた。
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眠れないほどに怯えていたのが馬鹿らしくなるくらい、結婚式はあっという間に終わった。
私がしたことといえば、彼の言う通りに教会の牧師が問いかける言葉に、はいと応えただけ。ルーク様はほとんどいつもと変わらないような黒の衣装で飾られていたけれど、それでも十分に魅力のある姿だった。
時折、式の途中に目が合うことがあった。私が軽く微笑み返すと、その度に穏やかに笑んでくれた。
肝心の皇帝陛下だけれど、ほとんど顔を合わせることなく式が終わったので、結局、陛下に関して記憶に残ったのは凛と通る声のみだった。
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式が終わりディモア家に帰ると、今までとは違う部屋に案内された。アリサが言っていた、本来用意されていた部屋のようだった。当然の成り行きなんだろうけれど、そこは当主の部屋と隣通し。ご丁寧にというかお約束というか、部屋を直接つなぐ扉も用意されていた。
簡単な夕食の後、お風呂に入る準備をしている時にアリサが話しかけてきた。
「レイニス様、今夜は旦那様もお屋敷におられます。寂しい思いをせずに済みそうですね」
満面の笑み。その笑みが語る事実に思い当たり、まだお湯につかってもいないのに茹でられたように顔に熱が行き渡る。
これは、しょ、しょしょしょ初夜ってやつではないでしょうか、母様……!
盛り上がって参りました 笑




