ディモア家
門前から見上げるディモア家は、大きかった。その名門貴族らしい迫力に、自分の実家を思い出していっそ笑えてきた。私の家だって、曲がりなりにも伯爵家なのだから、一般的な意見をすればそれなりの大きさなのだろうけれど、この家とは比較にならない。父様、母様。私は本格的にとんでもないところへ嫁入りに来てしまったようです…。そんなことを考えながら、玄関へ向かうアプローチを歩む。アプローチの横にある前庭には所々花が咲いている。夏に近づけばさらに咲き誇るのだろうか。私も、せめてこの小さな花くらいには咲いていければいいな。
「お帰りなさいませ、旦那様」
玄関に立ち並び、数人の使用人が一斉に声を揃えて私たちを出迎えた。皆、一様に笑顔だ。顔ぶれをみると、年配の人から私と同じ年頃の年若い人まで幅広い年齢層みたいだ。
「いらっしゃいませ、レイニス様。使用人一同、ご来訪を心より歓迎致します」
「ありがとうございます、出迎え、感謝致します」
メイド長らしき中年の女性が、スカートの端を軽く持ち上げ会釈をする。私も負けじと笑顔を作り応えた。
隣からルーク様がさりげなく私の肩に手を添える。
「皆、私の妻になるレイニス・パロワ嬢だ。よろしく頼む」
「もちろんでございます旦那様」
「本当におめでたいですわ」
「お可愛らしい奥様で屋敷が華やぎますな」
それぞれ、一様に喜んでくれる。どうしよう、早くも胸がいっぱいになりそう。
「うん、一同レイニス様と親睦を深めたいところだろうが、長旅で疲れていらっしゃる。早速部屋にお連れしよう」
ゼクトさんに促され、若いメイドの案内で広い玄関ホールを後にする。ルーク様とゼクトさんとはここで一旦お別れのようだ。
「レイニス様専属のメイドになります、アリサです」
「よろしく、アリサ」
専属メイド。なんて響き。生まれてこのかた専属メイドなんてついたことないですよ!
アリサはオリーブ色のショートカットで、ブラウン色の大きな瞳をした可愛らしい女性だ。年頃は私と同じ十八歳くらいだろうか。紺色のシックなメイド服がよく似合っている。
「アリサはレイニス様にお会いできるのを心待ちにしていました。レイニス様がこの屋敷で過ごしやすいよう、頑張りますね!」
これでもかというくらい眩しい笑顔をむける彼女に、私もつられて笑顔になる。
「ありがとう。至らないことだらけだろうけれど、私もこちらに早く馴染めるように頑張りますね」
えへへ、とお互いに和みながら廊下を進む。間もなく案内されたのは、日当りのいい広い部屋だった。決して派手ではないけれど、重厚な造りの家具たち。ゼクセン独特の、丸みを帯びた意匠が施されている。日差しがよく入る大きな窓からは、先ほどの庭が見えた。
「とても素敵な部屋。こんな素敵な部屋を、いいのかしら」
「こちらは客室になります。実はレイニス様のお部屋はまた別に用意してあるのですが、正式な婚姻の手続きが終えるまでは、こちらに滞在していただくこととなります」
この部屋でも十分なんだけれど。そう思いつつ、頷く。
「ところで、正式な手続きというのはいつ頃になるのかしら?」
そういえば聞いていなかった。重要なことなのに、目先のことに精一杯ですっかり忘れていたみたい。
「はい。手続き、というのは結婚式になりますね。式は明後日、皇宮の広間を使って行われる予定だそうです。式というのは皇帝陛下にご結婚のお許しを頂く儀式になりますね」
アリサはてきぱきと荷物を整理し、私が持ち込んだ衣装が皺にならないようにクローゼットに閉まっていく。
「ふうん。明後日か。なかなかハードスケジュールね……って、皇宮ぅ!?」
宰相とはいえ、皇宮で式をするなんて思ってみてもいなかった。そういうところでするのって、皇族の皆様方の特権なんでないの。
「うふふ、旦那様は皇帝陛下と親しくしていらっしゃるので。皇帝陛下直々のお達しなのだそうですよ」
間近に結婚式だけでなく、皇帝陛下と対面することになるなんて。アリサはほわほわ笑っているけれど、ついついこちらは引きつってしまう。
次から次へと舞い込んでくる予想以上の出来事に、キリリと胃が痛くなるような気がした。




