到着
「…………」
「…………」
沈黙。ルーク様が寝てしまった後、寝顔を見つめるのも悪い気がして、私は馬車の窓に流れる景色を眺めていた。
マリベルシアとゼクセンは、モラント河という大河で国境がひかれている。昔は国境周辺で両国の間で漁獲や輸送に関する争いがあったというけれど、今現在は両国の関係は悪くなく、大河の恵みを両国で分け合っているという。
そのモラント河を過ぎたあたりから、だんだんと景色が変わってきた。遠くに見える山脈には雪が残り、街道周囲の木々は鮮やかな萌黄色で風景を彩っている。聞いていた通り、ゼクセンはマリベルシアよりも少し冬が長いらしい。でも、この風景。マリべルシアではお目にかかれないような山麓に、ほぅ、とため息が漏れる。なんて美しいの。思えば、私はマリベルシアから出たことはなかった。特に外国に興味をひかれることはなかったけれど、いざ改めて外の世界を見ると、こんなにも心踊る。この先に待つ首都では、どんな素晴らしい出会いが待っているのだろう。
ガタン
「……ん」
馬車の車輪が路上の石でも踏んだのだろう、大きめに揺れた。その衝撃で、向かいに座っている彼の頭が窓のガラスにあたり、まもなく目覚めた。
「……あの、大丈夫ですか」
は、と幽霊でも見たかのように私を見る。束の間、冷静な表情をつくり姿勢を整える。
「すまない、寝てしまっていたようだ。無礼なことをした」
「いいんです。畏まらないでとおっしゃったのはルーク様のほうですから。お疲れなようですし、休んでください」
実際、彼が起きていても会話に困る……気がする。彼は頑なに起きようとしていたが、結局、再び睡魔に襲われ昼休憩まで眠りについた。
ゼクセンの首都に到着したのは、マリベルシアを発って二日めの夜だった。当初の予定では三日めの朝に到着する行程だったけれど、街道がすいていたことと、休憩もそこそこに馬車を走らせたことで予定よりも早い到着となったらしい。あの後、昼休憩からはゼクトさんも私たちの馬車に同席し、そのおかげかルーク様も眠らずに過ごした。ゼクトさんとは様々なことで話が弾んだ。街道に咲いたお花のこと、マリベルシアの王家のこと、実家の叔父夫婦のこと。ゼクトさんは家令なだけありお話が上手で、すっかり打ち解けてしまった。
一方、ルーク様は私たちの話を聞いているのかいないのか、あまり表情を変えずにいた。どうにも私には彼の心境を読めなかった。私のことを見る目は間違いなく優しいと思うのだけれど。
首都に到着して間もなく、ディモア家の門前に馬車が止まった。
展開が遅いですね……ここから動き出す、といいな。




