馬車の中より
宰相様……もとい、ルーク様と無事対面を果たし、私は現在ゼクセンの首都へ馬車に揺られている。相変わらず乗り心地のよい上質な馬車だ。揺られるうちに、包まれるように眠気が襲ってきそうなものだが、目の前にそのルーク様が座っているのだから眠れるわけもない。というか、まともに目を合わせられないくらい緊張してしまう。昨日はゼクトさんが同じ馬車に乗っていたけれど、気安く話しかけてくれるので緊張はしなかった。
ところが現状としては、なぜかルーク様はこちらをじっと見つめ何か考え込んだり、こめかみを揉んだり、ため息のような吐息をしたり。
うう、やっぱり私はルーク様のお眼鏡にかなうような娘ではなかったのかしら。対面直後の安心は既にどこかに吹き飛び、今はひたすら内心汗だく、心は顔面蒼白状態だ。
氷の塊のように緊張をする私に気付いたのか、沈黙が30分ほど(あくまで体感時間なので、本当はもっと短いのかも)続いたところで、ルーク様は口を開いた。
「レインは、私を覚えているかな」
きた。きましたこの質問。この点についていつか訊かれると思って、主席したパーティの記憶を、頭を振りしぼっていたけれど、結局思い当る節はなかった。
「いいえ、それがまったく思い当らないんです」
もう正直に答えるしかない。開き直って答える。
「ですから、この縁談が来た際にも何かの間違いだと何度も確認をしました」
苦笑し、彼を見つめる。やっぱり、綺麗な顔。瞬間、彼の紺青の瞳が揺れたような気がした。
「……そうか。そうだろうね。なにしろ、私は宰相となってから直接あなたと話したのはこれが初めてだ」
宰相となってから、ということは、それよりも以前に話したことがあるのだろうか。うん、ますます思いつかない。
「だから、そういった反応になるのも仕方ないだろう。気にやまないでくれ」
馬車の窓枠に肘を置き、少し頭を傾けて、こちらを見つめる。ああ、なんて絵になるんだろう。こんな完璧な人が、どうして私を花嫁に選んだのだろう――しばらく思案し、
「あの、」
戸惑いながら訪ねようとして気づく。
――この人寝てる。
そう、そうよね。だってこんなにも乗り心地のいい馬車なんですもの。寝てしまうわよね。
て、いうかさっきこめかみをしきりに揉んでいたのはもしや眠気覚まし?
早朝に国境に到着したというには、もしかしたら碌に寝ていないのかもしれない。すうすうと静かな寝息を立てる姿に、なんだか拍子抜けする。結局、肝心なことは聞き逃してしまった。
いいわ。これから訊く機会はいくらでもある。
それよりも、一刻も早く異国に慣れて、嫁としての責務を果たせるように頑張らなくては。
寝る間を惜しんで私を迎えに来てくれた、年若い宰相様のために。




