対面
ゼクセン皇国はマリベルシアから北東に位置し、マリベルシアの国土の約二倍の規模を持つ。二百年近く続く皇家をもつゼクセンは、五年前に二十代で皇位を継いだ現皇帝の御代になってから、勢いを増している。大陸の北側に位置するゼクセンは、資源的にはそれほど恵まれないものの、沢山の技術者がおり、発展を支えているという。この数年の間に他国と国境争いがあったと聞いたけれど、確かその時も皇国側の圧勝だったように記憶している。そんな大国、ゼクセンである。宰相様ともなれば、どんなに傑物なのだろう。お歳はまだ若く、二十六歳ほどと出発前に他家の令嬢から教わった。どんな方なのだろう――私は畏れと期待を胸に、ゼクセンへ向かった。
道すがら馬車の中で、ゼクトさんは私に今後の日程を説明する。まず半日かけてマリベルシアの首都から国境まで移動。そこで一泊し、二日かけてディモア家のあるゼクセンの首都まで向かうとのことだった。なんと私のお相手となる宰相様は、直々に国境近くまで迎えに来られているのだという。行程上では、明日宰相様と対面することになる。存外に早いことに、少し緊張を覚えた。
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馬車はひたすら走り、夕刻前には国境の貴賓宿に到着した。馬車から降りて身体を伸ばすと、なんとなく節々がきしむ気がする。それにしても、ゼクセン仕様の馬車はマリベルシアの物と比べて随分と機能的に感じた。見た目は決して派手ではないのに、内装は所々に趣向が凝らしてあり、座席もふかふか。いつもは一時間ほどで痛くなるお尻が、今日は倍の時間まで痛みを感じなかった。
「ゼクセンは技術国ですから」
背後からゼクトさんが、私の心を読んだように声をかけてきた。――この人、ただものじゃない。
「さあ、冷えないうちに中に入りましょう。レイニス様もお疲れでしょうから、早めに休まれるとよろしいでしょう」
「あ、はい。お気づかい痛み入ります」
後ろから急かされ宿に入る。貴賓用ベッドとあってか、私は明日に控えた対面への緊張を忘れたかのように、早々に深い眠りについた。
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二日目の朝、ゼクセンから遣わされたメイドに軽い化粧とドレスを施され、私は扉の前に立っていた。貴賓宿に早朝到着したという宰相様が、この扉の中にいるのだという。隣に立つゼクトさんが扉をコンコン、と二回叩いた。
「ルーク様、レイニス・パロワ様をお連れ致しました」
「入れ」
低音の、落ち着いたよく響く声。声とは反して、高鳴る私の胸。この中に旦那様がいる。
「失礼いたします」
軽くドレスの裾をつかみ一礼をして室内に入り、見上げる。瞬間、正面の机の横に立つ人に目を奪われる。
「ルーク・ラドラス・ディモアだ。よろしく頼む。つつがなくこちらまで来られたようで何よりだ」
まっすぐにこちらを見つめる涼しげな瞳は、髪色と同じ紺青。質素に見える黒い衣装は、そのすらりとした体格を際立たせる。祖国でも有名だった整ったお顔は、夢物語に出てくる王子様って、こんな感じなのかしら、なんてとっさに考えてしまうくらい本当に綺麗だった。
「レイニス・パロワです。本日はルーク様より直々のお迎え、光栄に存じます。こちらこそどうか、よろしくお願いいたします。上質な馬車のおかげで、快適な道のりでした」
緊張で若干声が震えたけれど、よし、とりあえずは合格点かな。ふ、とルーク様がほほ笑む。
「そのような堅苦しい言葉使いはよしてくれ。これから夫婦となるのだから、出来ればもう少し気安く話してほしいな。ルーク様、も抜きだ。私もあなたのことをレインと呼ぼう」
「え、あ……、あの、いきなりはさすがに……恥ずかしい、です」
顔全体が熱くなるのを感じる。「レイン」は私にとってごく親しい人たちに呼ばれる愛称なのだけれど、こんなにも綺麗な顔をした人にほほ笑みながらいきなり呼ばれた日には、紅潮してしまうのも仕方がない、と思う。
「ふ、花嫁は恥ずかしがり屋だね。まあゆっくり慣れていけばいいだろう。」
「すみません……」
この方であれば、寄り添っていけるのだろうか。年若い私にも歩み寄る優しさに、異国へ嫁ぐ不安が少しだけ軽くなった気がした。




