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Rain  作者: みなせ
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縁談

 窓の外の雪が消えゆき、小鳥のさえずりが聞こえるようになった早春の日、朝食を囲むテーブルで、叔父様が私に告げた。

「レイン、お前に縁談がきているんだ」

 料理長ザボン特製の、湯気の立つ温かなスープを掬っていたスプーンがかちゃん、と音をたてた。

「叔父様、それって、本当に?」

 一言、二言確かめるようにやっと紡ぐ。縁談が一度も来たことがない私に、唐突に。

「本当だよ。相手はゼクセンのディモア家、宰相殿からだ」

 まさか。息をのんでしばらく、やっと息を吐き出すのを思い出す。ゼクセンの規模は我が国マリベルシアと同程度であり、5年前に新皇帝が即位してからはさらに勢いがある、と聞いている。その、今をときめくゼクセンの宰相。私が、他国の、宰相様に嫁ぐ?

「…それは、なぜ私に?」

 純粋な疑問がわく。マリベルシアにはうちよりも格の高い公爵や侯爵家があり、そこには私と同じ年頃の娘たちもいる。政略結婚というのであれば、より国の中央に近い家々へ声がかかるというものなのに。叔父様も皆目見当がつかない、といた様子で口を開く。

「わからない。しかし先方がレインをぜひに、と言ってきていてね。」

 頭の中で巡らせる。ディモア家と関わることがかつてあったろうか?しばし考えるも、全く心当たりがない。

「相手は今をときめく宰相、しかも容姿端麗、国王の信も篤いと聞く。お前は宰相のことは?」

「お名前と、ご活躍くらいしか」

 大まかな噂以外は聞いたことがなかった。そういえば、昔どこかのパーティーでお名前を聞いたこともあったような。華やかな場所は肩が凝り、どうにも居心地が悪い。美しく着飾った人々を見るのは嫌いではなかったが、周りの姫君たちの上滑りする褒めあいはつまらないものだし、心ない噂は不必要に心をざわつかせるから、あまり耳を貸さないようにしていた。

「そうか…先方はお前のことを知っているからこの縁談が来たんだろうが…ふむ。どうしたものか」

「時期はいつ頃?」

「早くてひと月後。こちらが返事を出し次第使いが来るそうだ」

「ひえ。早いわ。どうしましょう」

 これまた予想外の日程にくらりとする。叔母様も眉を寄せ、私に向き直る。

「レイン、断ったっていいのよ。レインが国外に嫁ぐのは心配だし、お相手は一国の宰相殿だもの。勢いがあるとはいえ、その勢いにあなたが巻き込まれるのは、ね。大体、うちに話が舞い込んできた意図がわからないわ」

 叔父様、叔母様の浮かない顔はどんどん沈み、むしろ悲痛にも見えてきた。

「…少し、考えさせてください」

 私は苦笑し、その話は切り上げた。


 その日の料理長の特製スープは、まともに喉を通らなかった。




*******************


 ディモア家から使いが来たのは、庭のハナミズキが咲いた頃のこと。縁談の話を聞いてからこの日まで、あっという間に時が過ぎた。縁談の書簡は本当に私宛てなのか、それともなにか陰謀でもあるのかと疑ったりもしたが、宛名は確かに私宛てであり、中流貴族に名指しで陰謀なぞ思い当らなかった。好条件の縁談を断る理由もなく、というか、自国の王から直々に「是非!!」と念押しされたとあれば、断れるわけもなかった。

「レイン、忘れ物はないかい」

「元気で過ごすのよ。たまには帰ってきて」

「大丈夫よ、叔父様、叔母様。しばらく会えなくなるけど…お手紙書きます」

 正門前で叔父夫妻と挨拶をする。私の手を握り、今生の別れのような表情をする叔母様をみて、つい涙腺が緩む。思えば、実の娘でない私を娘同然に扱い、よくかわいがってくれたと思う。そんなことを、今更ながらに感謝する。

「レイン、兄さんの宝物ををお前にあげよう」

「それは…母様の」

 叔父様は胸元からチェーンにつながれた指輪をとりだした。トップにサファイアがあしらわれた、母様の身につけていた結婚指輪だった。私の首にチェーンを掛け、指輪をギュッと握らせてから叔父様は私を抱きしめる。

「レインに恵みあれ。」

 ――レインの眼の色とそっくりね――

 胸元で、懐かしい母様の声を聞いた気がした。



 ディモア家の家令ゼクトさんは、家格の低い私たちを決して軽んじることはなく、誠心誠意を込めて私を歓迎してくれた。ゼクトさんは壮年の魅力が詰まったような紳士だ。叔父様はゼクトさんに、くれぐれも娘をよろしく、と繰り返し念を押す。ゼクトさんはほほ笑み、ええ、ええもちろんですと応える。そんな叔父様を横目に、私は彼に率直に聞いた。

「あの。なぜ宰相様は私に縁談の話を寄越されたのでしょうか?」

 きょとん、とした顔でゼクトさんは私に向き直る。

「……もしや、レイニス様はお聞きでない?と、いうか我が主のことはお忘れですか?」

「お忘れも何も、お顔もおぼろげなんですが……なぜ縁談が来たのかも心当たりが……」

 あ、本音が出てしまった。ゼクトさんの綺麗な顔が固まっている。

「名声はこちらの国にも届いていまして、お名前は伺ったことあるんですよ!」

 内心大汗をかきながら取り繕う。ゼクトさんはそんな私の心境をお通しなのだろう、すぐに柔らかい、人のいい笑みを向けてくる。

「私が差し出がましいことを言えば、主の不興を買いかねません。どうか、直接会われて主の人となりをご判断ください」

 表面だけでなくて、きっと本当にいい人なんだろうな。私は少し安心し、ゼクトさんに促されディモア家の馬車に乗り込んだ。



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