伝えたい想い
その日の夜。いつものようにお風呂から上がり髪を梳かしていると、お互いの部屋を隔てている扉がノックされた。
「レイン、今日は一緒に寝てくれるのかな」
扉越しに呼びかけてくるルーク様。はしたないけれど私は扉の元に駆け寄り、すぐさま開ける。
「もちろんです!」
私の勢いに一瞬たじろぎつつ、ルーク様は半身になり部屋の中に私を招き入れた。そういえば、こちら側ーールーク様の部屋に入るのは初めてだ。知らず心臓が高鳴る。
「……お邪魔します」
呟く私に笑うルーク様。今日は本当に沢山笑ってくれて少し嬉しい。昨日は見れなかった笑顔だから、よけいにそう思う。
初めて訪れるその部屋は、濃いブラウンを基調とした家具で統一されており、白を基調とした私の部屋よりも落ち着いた雰囲気だった。続く間の書斎には雑多に積まれた書類が見える。屋敷に帰った後も、あそこで仕事をしているのだろうか。きょろきょろと見回していると、ルーク様が私を部屋の中央のベッドへと促す。少し緊張しながらベッドに座ると、ルーク様が毛布を広げて中へ招き入れてくる。私は従い、ごそごそと定位置ーー彼の腕枕の上に頭を乗せた。
「昨夜からずっと、誤解させて、傷つけて……済まなかった」
あまりに真剣な面持ちで言うものだから、直視できずに思わず目を伏せてしまう。
「いいんです。私もつまらない誤解をしてルーク様を困らせてしまったから……ごめんなさい」
黙って宮殿に行って、こそこそして、勝手に誤解したのは私だから。やり場のない手で彼の夜着の裾を掴み、握りしめる。もぞもぞと動く私に気付いたのか、いつもの手付きで私の髪を優しく撫で梳かし始める。たった一日離れていただけなのに、懐かしくて胸の中で何かがこみ上げてくる。
それを紛らわすように話題を探し、問いかけた。
「今日はお帰りが早かったけれど、私のこと気にされたから?」
「うん。誤解を早く解きたかったし、それに体調悪いって聞いてたから」
確かに昨日は部屋に閉じこもるためにそんな言い訳をしていた。
「それ嘘なんです、ごめんなさい」
「まあ、そうかなとは思ったけど万が一もあるし。それに、精神衛生上の具合が悪かったのは確かだろ」
彼は昨日の夜、平気だったのだろうか。そんなこととても聞けないけれど、髪を梳くルーク様の指先が先ほどよりもきもち強く感じて、察してしまった私は胸の辺りがこそばゆくなった。
一段落つくと、昨日の皇宮で私が出会ったものの話をした。動く階段は、正式名称『魔力制御式・屋内型昇降機能付階段』というらしい。この国の中でも二基しかない貴重な物で、まだ一般に実用化されるには、時間と膨大な費用がかかるんだとか。動く階段の実用に踏み切ったのは今の皇帝陛下で、新しい物好きな陛下のおかげで皇宮の中には他にも沢山の試作段階の発明品があるらしい。
ルーク様は半ば飽きれたような顔で「あいつは変わり者だから」って話していたけれど、皇帝陛下を「あいつ」呼ばわりできるあなたも、十分大物で変わり者だと思うんです。
そういえば、とルーク様が思いついたように始める。
「さっきアズが言っていたことだけど、……俺が結婚を早まったっていう、あの話」
アズリエルさんが、ルーク様の口から説明すると言っていた話のことか。私が頷き続きを促すと、彼は先ほどみたいに顔をみるみる真っ赤にして続けた。
「こうやっていつも、夜に同じベッドで寝ているだろう?君は寝付きがよくてすぐに寝てしまうけど、俺は正直自分を制するので精一杯でそれどころじゃなかった。でも、君が同意をしないまま事を起こすのは避けたかった。ついには仕事の能率も下がる一方で……結婚した先にこんな試練が待っているなんて、思わなかったんだ。」
ばつの悪そうな表情で彼が話す内容についていけず、ぽかんと口を開けてしまう。
「俺がもっと自分を律することができるようになってから、君を迎えるべきだったと……つまりそういう話だったんだ」
ーーーーこの人は。
予想だにしていなかった理由に、つい口元が緩み笑みがこぼれてしまう。
この人は、そんなにまで私を想ってくれていたんだ。
いまだ真っ赤に染まったままの彼の頬に、両手を宛てがって包む。
「私、ルーク様が、だいすきです」
言っている私の顔も、茹でられたように熱くなっているのが判る。声が震えてうまく喋れるかどうか自信がないけれど、この想いを伝えたい。
「夜中ずっと考えてたら、わかっちゃったんです。…………こんなに短い間で、自分が思っていたよりもずっと強く、あなたに惹かれていたんだって」
「こんなにドジでおっちょこちょいで、冴えない私をお嫁にもらってくれるだけでもすごく光栄なのに」
「その上自分だけが愛されていないと満足できないなんて、ひどいで」
半ば独白のような私の言葉を遮り彼の唇が重なる。
まだ言いたい事が沢山あるのに、これじゃ伝えられないじゃない。そう思いながらも、嬉しさで胸がいっぱいになる。
長い口づけを名残惜しそうに終えると、ルーク様が私を抱きしめてくる。
ーーーーああ、この腕に包まれたかったの。
昨日の悲しみの余韻があっという間にどこかに吹き飛んでいき、体中がただ幸福感だけに満たされていく。
いつの間に、ルーク様への想いがこんなに降り積もっていたのだろう。静かな夜にしんしんと降り続ける雪みたいに、こんなに。
こみ上げてきた嬉し涙がこぼれてこめかみを伝う。私を胸に掻き抱くルーク様には判らないはずなのに、彼は腕を緩めると、私のおとがいを優しく上げて、指先で涙粒を掬い始める。
そんなことをしたら、涙が止まらなくなってしまう。
続けざまにこぼれる涙を掬いきれなくなると、ルーク様は目元に唇を寄せてキスをするように涙粒を拾い始めた。
やがて涙が収まってくると、彼のキスはだんだんと私の瞼、額、頬、やがては唇に移りゆく。
皮膚と唇が触れあう音が部屋の中に響き少し気恥ずかしいように感じたけれど、その行為は続いた。
大好きな人とするキスがこんなに心地いいなんて、知らなかった。
浅い口づけを繰り返して、ふとそれが止んだかと思い目を開けると、いつの間にか私に覆い被さるような体勢になった彼の深い深い紺色の瞳が私を捉える。
次の瞬間には、先ほどよりももっと深いキスが、私の中に入り込んできた。
あまりに口づけが深くて長いものだから、慣れない行為につい息ができなくなり、ふは、と息継ぎをする。ルーク様を見上げると、熱の籠った視線が返ってくる。
彼の意図するところに、私だってそこまで鈍感じゃない。
意を決してこくんと頷くと、あとはもう流れのままに、文字通りルーク様に踊らされるように事は進んだ。
その夜私たちは、本当の意味で夫婦になった。
つけててよかった、15禁。




