円卓の三人
「あ……」
美女と目が合って、思わずルーク様の腕の中から逃れる。
うそ、そんなまさか。愛人にしたって、妻のいる家に屋敷に連れてくるなんて。それに昨日の今日だ。あまりの展開に目の前がぐらぐらしてくる。
「レイン、少し話したいことがあるから、時間をもらえるか?」
話って、なに?美女の方を見ると、涼しげな顔でこちらの状況を眺めているようだった。慌てて目線を足下に降ろす。
「そちらの方も、ご一緒に……ですか?」
ルーク様が肯定を示すように頷く。その紺青の瞳は、いつもと変わらず穏やかな色をしていた。
来賓用の部屋に入り、円卓を囲み座る。ルーク様はわざわざ私の隣の椅子を選んだ。対して、愛人さんは私の向かいに座る。
一つ一つの所作が美しく、身のこなしまで完璧だ。昨日とは違う薄青のドレスが一層その身の美しさを引き立てている。美人は何を着ても似合う。
それにしても、一度に六人は使える円卓をこんな風にアンバランスに使うなんて、一体どんな話が始まるというのだろう。愛人紹介とか離縁とか、そういう話題なのであればこんな配置はいっそ酷だというのに。
お茶を運んで来たメイドが部屋を下がってから、初めに口を開いたのはルーク様だった。
「レイン、この女性はアズリエル・エヴァニという。肩書きとしてはエヴァニ公爵の令嬢だ」
公爵家って、皇家に次ぐ家格ではないか。愛人さんが公爵家の娘だなんて、一国の宰相とはそんな罰当たりなことをしても許されてしまうのか。
「アズ、妻のレインだ」
「あ、よろしくお願いします」
紹介され、反射的に頭を下げる。
アズ……って言った。聞くからに親しそう。テーブルの下の手を、スカートごとぎゅっと握りしめる。
「はいよろしく。私は式に出たんだから知ってるわよ。ちょっとルーク、さっさと話進めなさいよね!」
挨拶もそこそこにアズリエルさんが声を上げる。昨日も聞いたけれど、しゃらしゃらと鳴る鈴のような声。リーク様も頷き、私に
向き直る。
「レイン。本題なんだけど。昨日、もしかして皇宮に来た?」
……いきなり直球ですか。さっきからくらくらしている頭がさらに揺れてきた気がする。
「はい。実は皇帝陛下から手紙が来まして、ルーク様に秘密で来い、とあったので。ゼクトさんと一緒にお邪魔しました」
なんだか教会の懺悔室で罪を告白している気分になる。あるいは、先生に悪事が見つかって叱られているような感覚か。どちらにしろ早く過ぎ去ってほしいことに変わりない。
すると二人はお互い目を合わせ、深いため息をついた。な、なんだろう。
「レインが皇宮に来ていたのは昨日のうちにアクセルから聞いていたんだ。でも君は昨日の夜に具合を悪くしていたから、詳しい事情を直接聞けずにいた」
「そう……だったんですか」
そういえば、アクセルさんに道を聞いた時に口止めするのを忘れていた。上司に報告するのは当たり前なのに、すっかり失念していた。
「で、今日になってアズから君に会ったと聞いた」
「あなた、ものすごい顔色でふらふらしていたんだもの。しかも私の顔を見て逃げるし。絶対に何か勘違いしてると思ったのよね」
…………勘違い?話の内容が予想していたものから外れていく。
「レイン、もしかして俺とアズが何か後ろ暗い関係だと思っていないか?」
もしかして、違うの?わずかな期待を込めて確認する。
「え、あえ?愛人さんじゃないんですか?」
一拍置いて、アズリエルさんがはあーーーーーっと深い深いため息をつく。横を向くと、ルーク様が下唇を噛んだ不本意丸出しの表情になっていた。こんな顔、初めて見た。
「なあんで私がこいつの愛人なのよ!だいたい、こんなのが私にふさわしいわけないじゃない!」
アズリエルさんが半ば叫ぶように言い放つ。ぽかんとルーク様を見ると、こちらを見て苦笑していた。
そっか、違うんだぁ。
胸につかえていた思いが溶けて、ぐらぐらしていた視界が安定して呼吸が楽になった気がする。
「でも、私とルークが一緒にいるのを見ただけで勘違いするなんて、あなた思い込み激しいのね」
アズリエルさんがあきれたように円卓に肘をついている。……さっきから薄々思っていたけれど、アズリエルさんは結構ストレートに物を言う性格のようだ。
それはともかくとして、そう。もっと大事な、明らかにしなければいけないことがあった。
「……ルーク様が言っているの聞いたんです。……私との結婚は早まってしまったって」
思わず目頭に熱い物がこみ上げてくるのを、必死に我慢する。
するとアズリエルさんがにやぁ、と笑ってルーク様に視線を送った。当の本人は顔に片方の掌を当て俯いている。
「あのね、それも勘違い」
ルーク様も顔を覆ったままそれに合わせてこくこくと頷いている。気のせいか、耳が赤いような。
「そのことはルークが後で説明するとして」
鈴音の声が続ける。
「私たちは幼なじみなのよ。だからそれなりに砕けた付き合い方をしてるの。でも、あなたに対して後ろ暗いようなことは一切ないから」
真っ直ぐに私を見つめるその深紅の目は、一切の嘘偽りを感じさせなかった。この人は、見た目だけでなく中身こそが本当に高貴なのだと気付く。
「……はい」
私の返事に対してよろしい、と頷くその人は、今日の太陽みたいに眩しい笑顔を向けてきた。
安心したことでなんとか堪えていた涙が零れてしまって、二人が慌てたのは言うまでもない。
アズリエルさんはこの後予定があるからと早々に帰っていった。帰り際に、またお話しできますかと聞くと、にっこり笑って手を振ってくれた。本当に素敵な人。馬鹿みたいな誤解をしていたのが申し訳なく思う。
私たちはというと、久しぶりに夕食を共にとった。ルーク様はいつもより饒舌で、皇宮でのことを話してくれた。皇帝陛下はなかなかのトラブルメーカーで、よく独断で例の手紙のような行動をとるらしい。今度、皇帝陛下に会う機会を作ってくれると約束もしてくれた。手紙の件をルーク様が知ってしまった以上、陛下の思惑とはズレてしまうけれど、仕方ないということにしよう。
久しぶりに味わって食べるペンネさんの料理は本当においしくて、昨日抜いてしまったことや今朝詰め込むようにして食べたことが本当に悔やまれた。夕食に似合わずホワイトソース仕立てのオムライスが出て来て、屋敷の皆に心配をかけていたことを申し訳なく思うと同時に、改めて人の暖かさに胸を打たれた。
会話文多い。




