『嵐』の素顔
「私も頑張ったんですけどねぇぇ…!」
「ご、ごめんなしゃい」
「いや、いいことです。『凪』は忘れられていい存在なのです。あんなものに国が頼りすぎてはなりません、過去の遺物なのです」
くずおれたクリフォードさんは気を取り直すと、私の目を見て言った。
「『凪』だった過去を語るには、私も心の準備が必要です。私の出自全てを明かすことになりますからね。……少し時間をください」
「わかりまちた」
私はこくんと頷く。
転生前の経験はあるし、5歳児だけど裏社会に生まれ育ったので、人間言いたくないことなんてたくさんあると分かってる。聞き分けのいい私の頭を撫でると、クリフォードさんは当たり前の日常に戻った顔をして、夜の寝支度にとりかかった。
私は聞き分けがいいわけではないので、夜、クリフォードさんの眠るベッドに向かった。
暗闇の中、クリフォードさんは起きていた。
「どうしましたか、眠れませんか」
「それはパパのほうでしょ」
パパ、とあえて言いながら、私はクリフォードさんのベッドによじよじと登ると、ベッドのなかに潜り込む。体温が触れ合う距離でぺとーっと寝ると、クリフォードさんが困った顔をした。
「事案では?」
「いまさらでしゅ。てか、私たち親子でしょ」
私はクリフォードさんの腕にぎゅっとくっつく。
成人男性の体温は、子猫のわたしよりもずっと冷えて感じた。
「私が眠ってるとき、傍にいてくれたことあるじゃないでしゅか。今夜は私が一緒にいてあげましゅ」
「……まいったなあ」
「おやしゅみなさい」
有無を言わさず目を閉じる。クリフォードさんは遠慮がちに私の頭に手をかざす。
撫でてどうぞ、という気持ちを込めて耳を下げると、クリフォードさんはくすっと笑って撫でてくれた。
「……ありがとうございます、ミルシェットさん。あなたは優しい娘ですね」
「みー」
「あ、もう寝てる」
◇◇◇
そんなこんなの翌朝。
お腹が減っているだろうと思って、私は朝食を庭のシトラスさんの元に持って行った。
バスケットに詰めたのはサンドイッチと、今朝仕入れたばかりの果物に、卵だ。
「ありがとう、気を遣わせちゃったね」
朝靄の中、シトラスさんが優しく受け取ってくれる。
ローブを脱いでラフな装いをしていると、シトラスさんは年相応のただの美少年に見えた。
「私も、ご一緒していいでしゅか?」
バスケットを開きながら小首をかしげる。
中にはお惣菜のポテトサラダと分厚いベーコンを挟んだサンドイッチと、切ったリンゴと牛乳瓶が入っている。
「先生と一緒じゃなくていいの?」
「パパは開店準備しながら食べるから、一緒にたべてきなしゃいって」
「そっか」
彼は微笑むと、テントから出て膝を立てて座り、私を隣に座らせてくれる。
「これも君がつくったの?」
「パパでしゅ。作り方はこう……私が前にえいえいって教えたら、覚えてくだしゃって」
五歳児でフードメニュー全てをやるのはさすがに無理がある。
というわけで考案は私でも、最近はパパも少しずつ料理を覚えてくれるようになった。
天才なのですぐに私と同じものを作れるようになり、さらには「なるほど料理は魔道具作りと同じですね、分量と手順を守ればたいがい上手くいく」なんて言って、最近はアレンジ料理までできるようになっている。
「……ほんと、先生変わったんやね」
サンドイッチを食べながら、シトラスさんが呟く。
「先生、生活力ゼロで、僕がずっとお世話したんだよ」
「それって美談にしていいんでしゅか」
「いいんよ。僕も……世話しながら生活能力養ったしね。おかげですっかり自立できてるし」
そういって、また淋しそうに溜息をつく。
「……先生、戻ってこないだろうね。先生は……こうって決めたら、頑固やけ。帰ってこないてわかってるけど……」
私はうさちゃんリンゴをしゃくしゃく囓りながら、独り言のような彼の言葉を黙って聞く。
タンブラーに入れたあたたかな紅茶を二人分わけようとすると、彼が引き受けてくれた。
「重たいでしょ。僕がするよ……はい、どうぞ」
「ありがとう……ございましゅ」
両手で受け取って、ふうふうと息を吹きかけながらのむ。
朝淹れ立ての紅茶はまだ冷めてなくて、リンゴのフレーバーが香って幸せな気持ちになる。
ラメル商会が王都で人気なフレーバーを特別に入荷してくれていた、おうち用のお気に入りだ。
シトラスさんは私をしばらくじっと見て、ふっと目元を細めた。
「昨日は失礼な態度をとってごめんね」
「み?」
「普通の子、っていうのを侮った言い方しちゃった。……宮廷にいるとさ、なんか感覚おかしくなっちゃって。魔力と家柄で、いろいろランク付けというか……人間を値踏みする悪い癖みたいなのが染みついちゃって。すごいよくなかった。せっかく先生が、僕を正しく導いてくれたのに」
彼は紅茶に口をつけて、またしばらく黙った。
私も隣でお茶を飲む。
野生のりすやうさぎが、目の前をちょこっと横切っては去って行った。
「ねえ、君は先生の過去と僕のこと、どれくらい知ってるの?」
「えーとでしゅねえ」
私は自分が知ってる限りの、クリフォードさんの過去について話した。
『凪』であること。
元天才宮廷魔術師だということ、先生をやっていたということ。色々疲れたから逃げ出して、訳有りの自分を養女にして悠々自適の隠れ家カフェオーナーの夢を叶えてるところだということ。
「それ以上の話は、自分で説明したいから心の準備させてほしいっていわれました」
「そっか。じゃあそれ以上を僕が今言うのは野暮だ。……なら僕について自己紹介しようかな」
「昨日のお話でいってましたよね。シトラスしゃん、天涯孤独って」
「うん。身よりはないよ。『サイハテのこどもたち』……って言えば分かるかな」
サイハテーー魔物被害が甚大で、急速に人が減っている土地の総称だ。
王都に全ての人材が集められた結果、魔物被害が甚大だった地域は今もまだ魔物の爪痕が残ったままだという。彼の言葉が時々なまって聞こえるのも、おそらく故郷の言葉なのだろう。
「サイハテで奴隷にされて、裏オークションに売られてたのを、先生が2億って言って落札してくれた」
「うっ……!?」
私は二度見した。闇オークションにかけられた美少年!!!!!!!
前世の記憶なのかうっすらと、闇オークションと生きた花瓶として飾り立てられた美人さんが頭をよぎる。
私は恐々尋ねた。
「……か、花瓶にとか……させられてたんでしゅか?」
「花瓶? はは、そっかごめん。闇オークションがどんなところかわからんよね。まあ、なんかすごい良くないことをさせられるために売られるところだったんだよ」
本当はどんなところかわかってましゅ。
でも一周回って頓珍漢な答えになって、よかったでしゅ。
美しい花瓶になった美少年はいなかったんだ、よかった……と内心胸を撫で下ろす。
シトラスさんは私の顔を覗き込んだ。
「君は? ……ミルシェットちゃんも、本当の子どもじゃないでしょ?」
「み。私も似たよーなものでしゅ。娼館育ちで、色々抗争に巻き込まれて孤独になったところを助けて貰いまちた」
「……そっか。ビッグボス――ロビン・スターゲイザーが大きな抗争を引き起こしていたけど、君はあれの被害者なんだね」
「ま、まああ……」
あの抗争の引き金になったクズ魔石密造ポーションを作ったのが私でしゅ!
――という、余計なことは言わないでおこう。
ちなみにここまで、彼は一度も密造ポーションについての話しをしてこない。
きっと彼は知らないのだろう。単純に私の事は抜きにして、クリフォードさんの後を追っただけなのだ。
「やっぱり先生が面倒見る子と言ったらそうだよね、人助けだよね……」
シトラスさんは足を崩して空を仰ぎ、はーっとため息をついた。
「これからどーしよ。宮廷に帰って、先生と別れるしかないけど……淋しいなあ」
「帰ってもらうのは、諦めたんでしゅね?」
「当然だよ。先生にとって宮廷が嫌な場所だったのは知ってるし、今の新しい生活があるなら壊せんよ」
「……優しいんでしゅね、シトラスさん」
「別に優しくないよ。先生に振り回され慣れてるだけ」
そう言って、彼はふっと小さく微笑む。私の頭をそっと撫でた。
「可愛いね。……今は君が、先生の興味関心を独り占めってわけだ」
「みぃ」
「ふふ、妹弟子みたいなものかな。弟子に女の子っていなかったから、新鮮で嬉しい」
「妹弟子……魔術習ってないでしゅけど、いーんでしゅか?」
「いいよ。僕も君も先生だってひとりぼっちだったんだ。こうして家族を作って行くのは悪くない」
「みー」
「あはは」
笑うと彼は、すごく年相応の優しい男の子に見えた。
シトラスさんにとっても、クリフォードさんは父親代わりのようなものだったのだろう。
そんな人がいきなり消息を絶てば、必死に追いかけて、理由を聞くに決まってる。
「シトラスしゃん、お休みはあとどのくらいあるんでしゅか?」
「長期戦になると思っていたから一ヶ月は貰っていたよ」
「シトラスしゃん、まだ帰りたくないでしゅよね?」
「……んー、まあ……そうだね」
「あの、私、おにーちゃん弟子にお願いがあるんでしゅが……」
「お願い?」
美少年はぱちぱちと長い睫を瞬かせ、私に耳を貸してくれる。
こしょこしょと、私はちょっとした提案を彼の耳に囁いた。
私の話を聞いたあと、シトラスさんは「確かに」と眉根を寄せた。
「……確かに、人手はぜんっぜんたりてないし……先生の生活能力、心許ないよね」
◇◇◇
開店前におうちに戻ると、お店は開店準備中だった。
「あわわ、助けてください、やることが間に合いません」
バタバタした様子のクリフォードさんが私を振り返る。そしてシトラスさんが一緒にいるのを見て目を丸くした。
「あのシトラス、すみませんが今ちょっと忙しくて……押し問答はまたあとで」
「僕も働きます」
「えっ」
「ミルシェットちゃんに仕事させすぎです。先生が本当にちゃんとカフェオーナーとして自立できているのか、弟子として心配です」
「な、な……」
混乱するクリフォードさんに向かって、シトラスさんは腰に腕をあて、堂々と宣言した。
「休暇の間じゅう、先生監視ついでに社会勉強させてください! いいですね、先生」
「えっえっ」
ぴーとヤカンの音がなる。なんと答えるべきか、クリフォードさんの口がぱくぱくしてる。
開店まで時間が無い。押し問答の時間は無い。
「……ね、パパ! 私もシトラスさんと一緒に働きたいでしゅ!」
ダメ押しににっこり笑顔で媚び媚びすると、クリフォードさんは折れるしかなかった。
――このまま、別離の気持ちの整理をつけないまま分かれるのは、きっと二人にとってさみしいことだと思うから。私は二人が魔術師ではなく、ただの疑似親子として過ごせる時間を作ってあげたいとおもったのだ。
お読みいただきありがとうございます! シトラスの発言の微妙な訛りは誤字じゃないです(誤字の場合も……ある!)ベタベタな小倉弁にしたい気持ちと、それにしたら通じない苦悩
誤字脱字ご連絡、ご感想多謝です(´;ω;`)
2000pt超えました〜!ありがたい!
今月第一部完できるようにしてますのでよろしくです。
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