番外編:「そうだ、京都、行こう」7
【京都21時25分】
京都駅に着き、改札を出て新幹線中央口へ回る。
優実には「京都に着いた。改札を出たところで待ってる」とさっき連絡した。
事前準備を怠らない優実らしく「改札ってどこの?」と返って来たので「新幹線中央口にいるよ」とメッセージを返す。
また連絡がくるかもしれないから、手にスマホを持ったまま、新幹線の改札が見える場所で待つ。
先週は会えなかったから二週間ぶり。
いつもはこっちに来てもらうよりも、向こうに行く方が多いから、こんな風に優実を待つことは全く無いわけではないけれど珍しい。
楽しみだけれど、結構緊張するんだな。
「今野さん」
頭が優実でいっぱいになっていたところに、冷や水を掛けられる。
もう少しで優実が着くのに。
「島崎さん。お疲れさまです」
いつもどおりの笑みを心がけて挨拶する。
なるべく早く退散してもらおう。
「もう懇親会は終わったんですか?」
「いいえ。具合が悪くなったので、途中で抜けてきたんです。今野さんはお出かけですか?」
数時間前に今日は彼女と約束があると言ったんだけど。
上手く伝わっていなかったのかもしれない。
長々と居座られると、優実が変に心配するから、さっさと退散してもらおう。
「そうですね。連休なので彼女と」
こう言えば気を利かせて離れてくれるだろう。
そう思ったのに、絶句したまま島崎さんは動かなくなってしまった。
非常に面倒だ。
懇親会で伝えたはずなのに、初耳、といった感じなのは気のせいだろうか。
「え。今からですか」
その問いに、やっぱり覚えてなかったのだろうと再認識した。
懇親会で話したことを、いちいち覚えているわけないか。
「はい。ここで待ち合わせしているんです」
にっこりと、かつて可愛いと言われた笑みを付け加える。
だから早くどっかいけ!
「そ、そうなんですか。すみません、お忙しいのに声を掛けてしまって」
「いいえ。大丈夫です。ではお疲れさまです」
ここからすぐに動くわけではないが、こう言えば離れてくれるだろうと思い、締めの言葉を伝える。
「ああ、は、はい、おつかれさまです」
ぺこりと頭を下げて、島崎さんはバスロータリー方面へと向かう。
腕時計を確認する。
21時半。
もう、あと数分で優実に会える。
【京都21時40分】
彼女ってどんな人なんだろう。
気になって今野さんに気付かれないような距離で待っている。
私服姿に浮かれて忘れていたけれど「可愛い彼女」がいるんだ。
その現実に打ちのめされて、かなりショックなのに、その場から動く事が出来ない。
偶然会った風を装って今野さんに声を掛けたけれど、彼女を待っていると答えられて、浮かれた気持ちは全部吹っ飛んだ。
どうして期待しちゃったんだろう。
彼女がいるって懇親会のときにも言っていたのに、何で忘れたんだろう。
これで「可愛い彼女」を見たら、きっと諦められる。
あの今野さんが可愛いっていうくらいなんだから、すごく可愛いくて、私なんて勝ち目が無いに決まっている。
だから諦められる。
そんな風に思っていると、新幹線の改札から人が流れてくる。
今野さんは手にしていたスマホをしまって、改札のほうへと近付いていく。
しばらくすると、見たことが無いくらいの笑みを浮かべる。
その笑みに思わず見蕩れてしまう。
いつもとは全然違う。
普段だって穏やかでニコニコしている人なのに、今は遠くから見ても「嬉しさ」が伝わってくる。
そんな笑み、私に向けられた事なんて無い。
「優実」
びくっと肩が揺れる。
自分のことを呼ばれているのかと思った。
そんな事あるはず無いのに。
友美って呼ばれたのかと思った。
心臓がバクバクと音を立てて、忙しそうに動き出す。
わたしを呼んだわけじゃない。わたしを呼んだわけじゃない。
そう何度も自分に言い聞かす。
そして、目だけはじーっと今野さんから離せない。
ここを動いたほうがいいに決まっている。
今野さんにあんな笑顔をさせる人なんて、見ないほうが良いに決まっている。
そう思うのに、足は縫い付けられたかのように動かす事が出来ない。
華奢な、でもどこにでもいそうな、日本人形みたいな黒髪の女性が今野さんに近付いてくる。
その人は照れくさそうな笑みを浮かべている。
今野さんが言っていた「可愛い彼女」のイメージからは掛け離れている。
ごくごく普通の、モデルでもタレントでもない、普通の人。
「りょー。えっと……」
「えっと、何?」
「んと、この場合ただいまは変だし、こんばんはも違うし、おつかれさまでもないしと思って。いつもりょうが来てくれる時はただいまって言ってくれるから、何かなと思って」
クスクスっと今野さんが笑う。
笑いを堪えきれないといった風で、肩を揺らして。
「何でもいいんじゃないかな?」
「そっか。じゃあ、ただいま?」
「おかえり」
ぎゅっと今野さんが彼女を抱きしめる。
慌てた様子で彼女は今野さんの腕を叩く。
「あのね。ここね。駅っ」
「知ってるよ」
「あとでっ。あとにしようよ、ね。ここ駅だから。ね、りょう?」
頬をピンク色に染めて早口でまくし立てる彼女を、少し緩めた腕の囲いの中から逃がさず、今野さんが口の両端を引き上げる。
「後で、ね?」
「……うっ。うん」
それでより一層彼女は顔を赤らめる。
「もー。優実は何でそんなに可愛いんだろうね」
腕の中から解放し、彼女の鞄をさり気なく奪い、今野さんは呟くように言う。
「そんな事言うの、りょうだけだからっ」
否定しながら、彼女が今野さんの鞄を持っている腕と反対の肘に手をかける。
「別にいいんじゃない。俺以外に言われたいの?」
「そんな事言ってないでしょ。もーっ。だから沙紀ちゃんに、嫉妬深いとか言われるんだよ」
「否定はしない。ところでさ……」
比較的近くにいた私には目もくれず、二人は歩いていく。
声を掛けることも出来ず、ただ呆然と立ちすくむしかなかった。




