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Papagena  作者: 来生尚
SIDE STORYS
95/99

番外編:「そうだ、京都、行こう」7

【京都21時25分】


 京都駅に着き、改札を出て新幹線中央口へ回る。

 優実には「京都に着いた。改札を出たところで待ってる」とさっき連絡した。

 事前準備を怠らない優実らしく「改札ってどこの?」と返って来たので「新幹線中央口にいるよ」とメッセージを返す。

 また連絡がくるかもしれないから、手にスマホを持ったまま、新幹線の改札が見える場所で待つ。

 先週は会えなかったから二週間ぶり。

 いつもはこっちに来てもらうよりも、向こうに行く方が多いから、こんな風に優実を待つことは全く無いわけではないけれど珍しい。

 楽しみだけれど、結構緊張するんだな。

「今野さん」

 頭が優実でいっぱいになっていたところに、冷や水を掛けられる。

 もう少しで優実が着くのに。

「島崎さん。お疲れさまです」

 いつもどおりの笑みを心がけて挨拶する。

 なるべく早く退散してもらおう。

「もう懇親会は終わったんですか?」

「いいえ。具合が悪くなったので、途中で抜けてきたんです。今野さんはお出かけですか?」

 数時間前に今日は彼女と約束があると言ったんだけど。

 上手く伝わっていなかったのかもしれない。

 長々と居座られると、優実が変に心配するから、さっさと退散してもらおう。

「そうですね。連休なので彼女と」

 こう言えば気を利かせて離れてくれるだろう。

 そう思ったのに、絶句したまま島崎さんは動かなくなってしまった。

 非常に面倒だ。

 懇親会で伝えたはずなのに、初耳、といった感じなのは気のせいだろうか。

「え。今からですか」

 その問いに、やっぱり覚えてなかったのだろうと再認識した。

 懇親会で話したことを、いちいち覚えているわけないか。

「はい。ここで待ち合わせしているんです」

 にっこりと、かつて可愛いと言われた笑みを付け加える。

 だから早くどっかいけ!

「そ、そうなんですか。すみません、お忙しいのに声を掛けてしまって」

「いいえ。大丈夫です。ではお疲れさまです」

 ここからすぐに動くわけではないが、こう言えば離れてくれるだろうと思い、締めの言葉を伝える。

「ああ、は、はい、おつかれさまです」

 ぺこりと頭を下げて、島崎さんはバスロータリー方面へと向かう。

 腕時計を確認する。

 21時半。

 もう、あと数分で優実に会える。



【京都21時40分】


 彼女ってどんな人なんだろう。

 気になって今野さんに気付かれないような距離で待っている。

 私服姿に浮かれて忘れていたけれど「可愛い彼女」がいるんだ。

 その現実に打ちのめされて、かなりショックなのに、その場から動く事が出来ない。

 偶然会った風を装って今野さんに声を掛けたけれど、彼女を待っていると答えられて、浮かれた気持ちは全部吹っ飛んだ。

 どうして期待しちゃったんだろう。

 彼女がいるって懇親会のときにも言っていたのに、何で忘れたんだろう。

 これで「可愛い彼女」を見たら、きっと諦められる。

 あの今野さんが可愛いっていうくらいなんだから、すごく可愛いくて、私なんて勝ち目が無いに決まっている。

 だから諦められる。

 そんな風に思っていると、新幹線の改札から人が流れてくる。

 今野さんは手にしていたスマホをしまって、改札のほうへと近付いていく。

 しばらくすると、見たことが無いくらいの笑みを浮かべる。

 その笑みに思わず見蕩れてしまう。

 いつもとは全然違う。

 普段だって穏やかでニコニコしている人なのに、今は遠くから見ても「嬉しさ」が伝わってくる。

 そんな笑み、私に向けられた事なんて無い。

優実ゆうみ

 びくっと肩が揺れる。

 自分のことを呼ばれているのかと思った。

 そんな事あるはず無いのに。

 友美ゆみって呼ばれたのかと思った。

 心臓がバクバクと音を立てて、忙しそうに動き出す。

 わたしを呼んだわけじゃない。わたしを呼んだわけじゃない。

 そう何度も自分に言い聞かす。

 そして、目だけはじーっと今野さんから離せない。

 ここを動いたほうがいいに決まっている。

 今野さんにあんな笑顔をさせる人なんて、見ないほうが良いに決まっている。

 そう思うのに、足は縫い付けられたかのように動かす事が出来ない。

 華奢な、でもどこにでもいそうな、日本人形みたいな黒髪の女性が今野さんに近付いてくる。

 その人は照れくさそうな笑みを浮かべている。

 今野さんが言っていた「可愛い彼女」のイメージからは掛け離れている。

 ごくごく普通の、モデルでもタレントでもない、普通の人。

「りょー。えっと……」

「えっと、何?」

「んと、この場合ただいまは変だし、こんばんはも違うし、おつかれさまでもないしと思って。いつもりょうが来てくれる時はただいまって言ってくれるから、何かなと思って」

 クスクスっと今野さんが笑う。

 笑いを堪えきれないといった風で、肩を揺らして。

「何でもいいんじゃないかな?」

「そっか。じゃあ、ただいま?」

「おかえり」

 ぎゅっと今野さんが彼女を抱きしめる。

 慌てた様子で彼女は今野さんの腕を叩く。

「あのね。ここね。駅っ」

「知ってるよ」

「あとでっ。あとにしようよ、ね。ここ駅だから。ね、りょう?」

 頬をピンク色に染めて早口でまくし立てる彼女を、少し緩めた腕の囲いの中から逃がさず、今野さんが口の両端を引き上げる。

「後で、ね?」

「……うっ。うん」

 それでより一層彼女は顔を赤らめる。

「もー。優実は何でそんなに可愛いんだろうね」

 腕の中から解放し、彼女の鞄をさり気なく奪い、今野さんは呟くように言う。

「そんな事言うの、りょうだけだからっ」

 否定しながら、彼女が今野さんの鞄を持っている腕と反対の肘に手をかける。

「別にいいんじゃない。俺以外に言われたいの?」

「そんな事言ってないでしょ。もーっ。だから沙紀ちゃんに、嫉妬深いとか言われるんだよ」

「否定はしない。ところでさ……」

 比較的近くにいた私には目もくれず、二人は歩いていく。

 声を掛けることも出来ず、ただ呆然と立ちすくむしかなかった。

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