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竜と獣医は急がない  作者: 蒼空チョコ
第二章

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力試しで切り売りされます

 ひとまず出発の予定を控え、野営の準備を整えたカドらは夕食がてら今後の予定について話し込むことにした。

 議題は、エイルの体調も鑑みた行軍についてである。


『カドよ。エイルの健康はどうなのだ?』

「ええ、自己申告通りひと通りは元気そうです。今日明日くらいゆっくり休めば十分に大丈夫だと思いますよ」


 カドは彼女に視線を向ける。

 肌が荒れ気味だったり、多少痩せ気味だったりもするが病的なほどではない。こうして仲間入りし、寝食の負担が減ればそう時間を要することもなく健康になるだろう。


『見た目ではそうだが、それ以外の点ではどうなのだ?』


 エワズは彼女に目を向ける。


 現在は干し肉やキノコなどで作った雑炊を食べていたところだ。

 彼女は先程、ハチミツドリンクを飲んだときと同じく、ちびちびと口に含んだものの、残りは尾に与えていた。


 ひとくくりにして言えないことといえば、この事以外にはない。

 視線に気づいた彼女は手を止めた。

 カドの言葉はドクターストップにも繋がりかねない。ここに来て打ち捨てられるとまでは思っていないだろうが、それでも緊張の面持ちだ。


「捻転を起こしたとおり、あの尾は内臓も補っているようですね。でもそれ以上の情報として、エイルと尾の内臓がどんな状態だとか、どの程度の割合でカバーしているのかとかは色々試さないとわかんないことです」


 例えば、胃カメラ的に届くところまで内臓を覗くとか。

 そんな事を言ったカドの影から、にゅっと黒山羊が頭を出す。うぞうぞと持ち上がる触手を目にしたエイルは身を抱いた。


「そ、そういうのはちょっと……」


 口にあれを突っ込まれることを想像したのか、エイルは強く首を横に振る。

 そんな彼女を見たカドは、内視鏡みたく鼻経由ではどうだろうかと頭の隅で考えた。

 が、考えたのみである。言ってみたが最後、エイルとエワズの二人からは強烈に否定されることは言うまでもない。それを口にするほど、カドも愚かではなかった。


「一年も生きてきた以上、大きな問題があるとは思えません。消化から吸収まで、何らかの形で上手く働かせていると思います。それに、僕がシーちゃんの触手から把握できるのは触覚だけです。それだけで判断するのもちょっと難しいんですよね。触手の先端に眼球を作るだけならともかく、そこから視神経を繋げるのも一筋縄じゃいきませんし。まだまだ創意工夫が必要そうです」


 カドは黒山羊をぬいぐるみみたく抱きしめる。べええと、漏れる鳴き声だけは山羊らしく愛らしい。

 けれど同時、触手の先端が一斉にこねくり回されるように変形した後、ぎょろりと眼球に変異したことは問題だ。


 持ち上がる触手のそれぞれに生じた眼球はエイルとエワズに向けられる。

 傍目から見れば正視に耐えない図なだけに、エイルのみならずエワズまで一歩引いた。


 そんな様を見たカドは少々反省する。

 ここはもう少しまともな話でも挟まなければ、ドン引かれたままになりかねない。


「その尾は内部に胃を持っていました。それがエイルの腸に吻合していると見るのが妥当だと思います。一方、本来の胃は傷が塞がっただけで正常なサイズと機能まで復帰していないのかも知れません。苦しい生活の中では消化の良いものをちょっとずつなんて、労力的にもカロリー的にも無理なので、尾からの摂取に頼り切りになってしまった。だから元の口からはほとんど食べられないままなのかと」

「うん。普通に食べていたらすぐにお腹を壊したり、吐いてしまったりしていたから……。それに、尾に物をあげた方がカイトが残したものを死なせずに済みそうって思っちゃって」


 彼女はそう言うと、尾を撫でた。

 黒山羊を膝枕にするカドと似た構図である。


「なるほど。まあ、栄養摂取的にはそれで事足りるでしょうが、切除した胃もリハビリをすれば元の機能を取り戻します。いつ、どんな影響が出るかも知れないので、取り戻せる機能は取り戻していきましょう」

「わかった。そうする」


 エイルは素直に頷いてくる。

 ようやく二人は偏見の目を和らげてくれた模様だ。カドはほっと胸を撫で下ろした。


『左様か。今後に支障無きようであれば問題ない。最速であれば二日後、出立することを目処に面倒を見てやってほしい』

「む。どうして二日後なんですか?」


 明日でもいいようなものをと、カドは疑問顔をエワズに向ける。


『ひとまず我のみで境界付近の情報を集めてこようと思っておるのだ』

「はあ、なるほど。〈魔の月涙〉からこの方、境界付近は足止めを食らったパーティやら、監視員やらで混み合っていて僕らも近づいていなかったですもんね」


 身軽さを考えても、エワズ単身である方が楽なはずだ。カドは納得して頷く。

 しかしまだ何かあるらしい。エワズは『もう一つ』と言葉を追加してきた。


『力量を測るためにも、汝らは手合わせをしておくのだ。カドにも良い経験となろう』

「えっ!?」


 その言葉を聞いた途端、エイルは驚愕の表情を見せ、あたふたとし始めた。


「ちょ、ちょっと待って。あなたとカドはクラスⅤなんでしょう!? クラスⅠでしかない私なんて足元にも及ばないよ!?」

『正確には、カドはクラスⅢの駆け出し相当というところであろうな』


 最低限の経緯は説明してある。カドが本来のクラスⅤには到底及ばない実力であることは彼女も理解していたはずだ。

 だがそれでも彼女は難しい顔をしたままである。

 エワズはそんな彼女の言葉で提案を覆すことはなかった。ふむと少しだけ陳情を受け入れはしたが、同じ調子で続ける。


『安心せよ。意味はある。カドにはエイルを傷つけないように制圧することを課す。エイルはサンドバッグを得たつもりで殴りに行くが良い』

「えぇ……」


 エイルは気弱な声を漏らしながらカドに視線を投げる。

 クラスⅣで若手のエースであるイーリアスも下し、死霊術師の一派も壊滅に追い込んだ経緯で随分高く見られているらしい。

 自身の能力をよく理解しているカドとしては、その視線は他人事のように受け取っておく。


 小学生では大人に勝てないように、魔素の質とはそれだけ基礎能力を大きく左右する要素だ。

 どんなに小さく見積もっても二倍程度は能力に開きがある。つまりまともに走れば必ず追いつかれるし、捕まれば引き剥がせない。そういう相手をすることになるということで悲観しかしていないらしい。

 すでに負けるものと見ているエイルに対し、エワズは嘆息する。


『そうさな、それでは一つ報奨も用意しよう。汝がカドに勝てば、出来る範囲で望みを叶えよう』

「……っ! 本当に……!?」

『うむ、二言はない。我らのどちらかで叶えるとしよう』

「わはー、僕がいつの間にか切り売りされていってる」


 いつの間にやら制限付きの戦闘、願いを聞くといった条件が課せられていったカドは複雑な表情を浮かべた。

 けれども、拳を握ってやる気になっているエイルに嫌とは言えない。


『では、健闘を祈る』


 そんな話が終わると、エワズは無慈悲に飛び去ったのだった。


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