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竜と獣医は急がない  作者: 蒼空チョコ
第二章

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焦がれた姿 Ⅱ

 バジリスクの魔法によって腹を貫かれ、立てなかったはずのフリーデグントは二つの足で立ち上がった。それだけ肉体の縛りというものがなくなりつつあるのだろう。

 魔素と涙のせいでぼやける視界の中、エイルはバジリスクに向かって歩み出す父の背を見つめる。


「愛しい娘、エイル。しかと見ておけ。これがお前の焦がれた、ちっぽけな英雄の姿だ。仲間と、そして大切な二人の子のために戦うこの姿を忘れてくれるな」


 もしかしたら、カドが口にしたように人格が消えてしまうこともあるかもしれない。一抹の不安が現れているのだろう。


 ならば、この今際に娘としてできることは何だろうか。

 本当はただ泣きじゃくり、嫌だと叫びたい。だが、そんなことではいつまでもフリーデグントに未練を覚えさせるだけだろう。

 その答えはカドがすでに口にしてくれた。


 『フリーデグントさんが自分を見失わないように、導いてあげてくださいね』と。

 せめてその助けになるべく、エイルは唇を強く噛み締めて感情を堪えた。


「うん、絶対に忘れない。愛しているよ、お父さん……!」


 崩れかけたその背に向けて、言葉をかける。

 するとずっと英雄らしく勇ましい背を見せていたフリーデグントは振り返った。父として、喜びを表情にしている。


「ああ、私もお前たちを愛している」


 そう言って父が目に収めたのはエイルの姿と、その命を文字通り繋ぎ止めたカイトの成れの果てだ。

 その言葉を最期に、フリーデグントの体は全て魔素に還った。

 けれども拡散することはない。人型として留まり続けていた魔素は周囲に揺蕩っていた魔素も取り込み、力強く渦巻く。


 次第に形が形成されてきた。

 足には鈍く銀色に光る鉄靴とグリーヴ。手にはそのままでも武器になり得そうな分厚いガントレット。意匠が凝らされた胴当てに、格子状の隙間が開いたバイザーと長い飾り毛を持つクローズヘルム。およそ全身甲冑に近い姿だ。

 大きな盾と騎士剣といい、装備こそ変わりはしたものの背格好もフリーデグント本人に近い。唯一変わった点といえば、幽体のように淡い光に包まれている点だろうか。


 〈遺物〉が生み出す亡霊と酷似している。

 ざっざと土を踏み歩くその背に、エイルは父の面影を感じた。もしかすればその面影通りに父は意志を繋ぎ止めているかもしれない。


「お、父さ――」


 声を掛けようとした時、ずんと防塁が大きく揺れた。

 それだけではない。バジリスクが突っ込んできた際に出来た防塁の穴から魔物が溢れ、周囲からもぎゃあぎゃあと声が聞こえてきた。

 平原にいた魔物の群れがついに到達したのだろう。


「すまねえ! もう保たない。逃げられるやつは散り散りに逃げろぉっ!」


 防塁で守りを固めていた自警団員が声の限り叫びを上げた。

 あちらもすでに限界。こちらも地面に這いつくばる者ばかりだ。ついに終わりの時が来たかとさえ思える。


 だが、父から生まれた存在はそれに全く動じることなく歩を進めた。

 彼は腰に帯びた騎士剣を、ゆっくりと引き抜く。


 ――目に見える変化が起きたのはその時だ。


「……えっ?」


 剣の切っ先が向けられた地面から、現実が塗り替わった。

 バジリスクが放った魔法で荒れ果てていた地面は石畳へと変じ、一部が大破し、至る所が損傷していた防塁は城壁の如き建築物に様変わりした。

 そしてさらに父だったものの周囲にはどこか見覚えのある騎士の亡霊が生まれる。


「目覚めよ、我らが同胞! ここは何処か!?」


 あの存在の声は確かにフリーデグントの声であった。

 たった今も聞いていたその声が、生前の如く亡霊に問いかける。


『ここは我らが郷里。再会を約束した場所!』


 彼ら亡霊は勇ましく答える。

 こちらもまたエイルにとってはどこかで聞き覚えのある声だ。

 彼らは揃って鉄靴の音を響かせながら、鶴翼の隊形に並んで敵を睨む。


「答えよ、我が同胞! 眼前にするのは何者か!?」

『我らが郷里を侵す者。退けるべき敵!』


 この戦場において、交わすべき言葉はそれで十分だった。


「総員、剣を構えよ。敵を討てっ!」


 剣を天に掲げていたフリーデグントはそれを振り下ろし、“敵”へと向けた。

 途端、亡霊たちは抜刀し、雄叫びを上げて駆け出した。

 手近な敵を切り伏せ、倒れていた者に飛び掛かろうとしていた魔物を薙ぎ払う。その勢いは圧倒的に優勢だ。


 生前よりもよほどいい動きだ。その理由は明らかである。

 この状況は打破できるような英雄の姿を誰しもが望んだ。カドはその思いが形になるようにと、自分の魔素と術式でお膳立てをしたのだ。生前はクラスⅡが精々だった彼らの身は、その影響でクラスⅤのものとなっているはずだろう。

 それだけの身体能力があるならば魔力量が少なかろうと、自力でどうにかできる。新たに生まれた防壁内に侵入していた魔物はあっという間にその数を減らしていった。


 残るはバジリスクのみである。

 周囲に散っていった亡霊に代わり、フリーデグントがそれに向けて駆けたのだった。


まだ若干不定期更新となりますが、数日以内には続きを出せるかと思います。

「竜のおくりびと」という現代ファンタジー作品も書いているので、もしよければそちらを読んでお待ちください!

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