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竜と獣医は急がない  作者: 蒼空チョコ
第二章

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消耗戦 Ⅰ

 カドとハルアジスとの戦闘は決着したかに思えたが、そうはならなかった。どのような理屈かはわからないが影の騎士は消えず、バジリスク単独での暴走が続いている。

 カドのもとに飛ばしていた守護霊エクレールを介してその状況を知ったトリシアは顔を歪めた。


 防塁上からの光景しか見て取れないフリーデグントは問いかけてくる。


「何か情報は?」

「カドさんはハルアジスさん自身がバジリスクに憑依したと考えたようです。その霊媒となる骨格自体が大きく損傷すれば倒せるものと踏んだようですが――」

「あのように再生され、石化の魔眼を向けられたというわけか」

「はい。しかし、命に別状はないと思います」

「生存本能や怨讐を元にした死霊は危機が迫ると暴走する場合がある。カド殿が無事だったのは不幸中の幸いだ。……我らにとっては最後の希望だな」


 状況を把握したフリーデグントは苦々しい表情ながらも頷いた。

 戦闘力が高いクラスⅢは第二層へ多く向かった。この場に残っているのは彼も合わせ、五名。あとはクラスⅡである。

 同格のクラスⅣが数人がかりで戦っても苦戦するバジリスクだ。クラス差から膂力を単純計算すれば、十倍程度はあるだろうか。


 簡単に言えば、こちらの渾身の攻撃と防御はバジリスクの通常動作並みであり、さらには石化の魔眼まである。

 捨て身覚悟で技をぶつけても致命傷は与えられず、必死の防御をしても身動きできないその間に石化させられるかもしれない。そう考えれば絶望的な差がわかるというものだ。

 その状況を理解した者たちは迫るバジリスクを見て、怯え始めた。


 加えて、エルタンハスでの戦いも激しさを増している。


「トリシア殿。君は守護霊を戻し、下の防衛に当たってくれ。いざとなれば幾人かを連れて八方に逃げることも視野に入れておいてほしい」

「し、しかし――っ!」


 戦線を瓦解させて逃げに徹した方がまだ生存率が高い状況にはそうしろという話だろう。逃げ惑う草食獣が肉食獣の群れに襲われる様をトリシアは想像し、拒もうとした。

 だが、この切迫した状況で悠長に会話をする間はないようだ。

 フリーデグントは視線を前方から絶えずやってくる魔物の群れに向けた。


「第一陣、深追いはするな。援護射撃を盾に退け! 第二陣は遠方の敵の足を狙って攻撃をしつつ後退。引きつけた後に集中攻撃をかましてやれ! 多少の漏らしは気にする必要はない。後衛に任せろ!」


 フリーデグントは防塁から状況を見回し、指示を飛ばす。

 高火力の魔術師は防塁に固定し、弓使いなどある程度身軽で遠距離攻撃が可能な者と近接戦闘を得意とする者で組ませて接近する敵の足止めをする。それによって後続の動きを遅延させると共に敵を誘導し、魔術師の攻撃で叩くというのが基本の戦法だ。


 ただの魔物はそれらを何とか抜けられたとしても防塁に体当たりしたり、何とか駆け上がろうとしたりという隙だらけの行動しかしない。防塁上に備えた弩での撃破でも処理が追いついていた。

 一部強敵がいたとしてもそこには相性がいい冒険者や自警団の者を向かわせればいいだけ。

 本当に厄介なのはハルアジスが魔物を殺して生み出した影の騎士である。


 それらは人の怨念も混ぜて作られたためか知能が高い。そして何より、不定形だけに予想外の方法で接近してくる。


「影が防塁に三体取り付いたっ。内壁、対処を!」


 状況確認した自警団員が叫ぶ。

 騎士の形を取るのならばただ走ってくればいいものを、影は移動時になるとその姿を変えて不規則な動きで迫る。

 草をざわざわと掻き分けて迫る際は目にも止まらぬ速度で這う蛇か疾風のようだ。かと思えば振りまかれた水のように防塁に張り付き、隙間から内部へと侵入していった。


 フリーデグントはまだ指示を飲み込めずにいるトリシアに目を向けてくる。


「聞いての通りだ。砲台役には繊細な操作より、威力を重視してもらっている。影も増え始めた。後衛をしかと守ってやってほしい。引いてはそれが前線を支える我々の背を守ることにも繋がる」


 そう言ったフリーデグントの娘もあちらで奮闘している。

 この話を漏れ聞いた自警団員たちは握り拳を上げてにっかりと笑みを作り、「頼んますわ」と小さく漏らしていた。

 この防塁が指示の要だ。後方から家族の悲鳴でも聞こえようものなら、彼らはいても立ってもいなくなるだろう。


 しかし――。


(もしもの時は、あなたたちが殿として犠牲になるのでは……?)


 全員が一斉に逃げ出しても背から襲われるだけだ。フリーデグントが口にした最終手段では、どうなるのか想像したトリシアは唇を噛みながら踵を返す。

 認めたくはない。だが、それが最善の対応と言えるだろう。


「わかりました……。後方は私たちが守ります」


 そう返しながら、トリシアはカドを思い浮かべる。

 この世界の魔術師として彼は未熟だ。しかしながらクラスⅤとしての能力は一部でも発揮している。エワズやリリエが第二層から戻らぬ今、光明となるのは彼の存在しかないだろう。


「うむ、頼む。あちらには自警団の家族も多いからな」


 そんな彼の言葉に、トリシアは胸を痛めた。

 自分は、まだ無力だ。この境界域を守るどころか、一つの戦闘すら治められない。憧れる英雄象の、なんと遠いことだろう。

 けれど落ち込んでいる暇はなかった。


「気ィつけろ! 今度は壁を登ってきているっ!」

「っ!?」


 その声を耳にしたトリシアは咄嗟に振り返った。

 目にしたのは、重力をものともせずに防塁の壁を這い上がった影が、今まさにフリーデグントに襲い掛からんとする瞬間だ。


「団長っ!?」


 彼が全く別方向へと指示を飛ばしていたその瞬間のことだ。一部始終を目にしていた自警団員は咄嗟に声を上げる。

 誰しもが迎撃に余力を割いているため、援護は間に合わない。

 トリシアも剣に手を伸ばしたが、振るうよりも早く影の牙が届きそうだ。呼び戻している守護霊も、すんでのところで間に合わない。


「――ふんっ!」


 だが、接近する影を目の端で捉えていたのかフリーデグントは即座に抜刀し、それを切り裂いた。

 騎士の形に戻る前は脆いのだろうか。一刀両断された影はそのまま霧散し、魔素に還る。

 驚くほどの早業に、トリシアは呆気に取られた。


 フリーデグントは剣を納め、こちらに視線を戻す。そこに向けられるのは頼もしい笑みだ。


「心配は無用だ。これでもクラスⅢ。子供や自警団にはエルタンハスの英雄と呼ばれていた。バジリスクを前にしようと、一枚盾くらいにはなろう」


 彼の安否を気遣っていた周囲の自警団員は緊張の表情を融解させる。流石は我らが団長殿だと漏らして防衛に戻っていた。

 指揮に加えて自分の身を守ることに関しても戦士として優秀。それらを両立しているからこそエルタンハスの英雄と呼ばれ、慕われているのだろう。


 自分がここにいても意味はない。そう悟ったトリシアはエクレールが自分のもとに戻ると共に防塁から飛び降りた。

 空中で振り返りながら、防塁の隙間から沁み出そうとする影を複数確認する。矢を射かけられていたが、致命傷には至っていないようだ。

 仕留めるならば自由に動けない今である。


「エクレール、焼き払いなさい!」


 指示をした瞬間に守護霊の腕が分割し、雷球となって影のもとに飛んだ。それらは三体の影のもとに寸分違わずに着弾し、紫電を開放する。

 影はその一撃であっと言う間に魔素に還った。

 防塁内部で防衛を当たっていた者はその光景に「おお……!」と感心の息を吐く。


 けれど、まだだ。


「ふっ……!」


 すでに入り込んだ影の騎士と鍔迫り合いをして苦戦していた者のもとに駆けたトリシアは、即座に助太刀をして首を狩り取っていく。

 剣を振るっている間もトリシアは感覚を研ぎ澄ませていた。

 武器を打ち合う音。自分に接近する足音。肌から感じる空気や魔力の圧。それらを元にして敵がどのように動いているかを察知する。


 四体ほど切り払ったところで防塁内部の敵処理は終わった。


「おお、流石だねぇ」

「イーリアスの一団に誘われただけのことはある」


 顔を少しは見たことがある冒険者たちは口々に賞賛を向けてきた。

 これも黄竜事変の後、一緒にいたリリエにしごいてもらったおかげだ。けれど、予断は許さない。トリシアは気を引き締めて周囲を見回す。


「非戦闘員は後方に固められている。遮蔽物は門前のバリケード程度ですか」


 今はまだいい。けれど、バジリスクに攻め込まれた後はどうなるだろうか。

 対策について思考していた時、足音が近づいてきた。

 一瞬、剣を振るいかけたがこれは違う。人間のものだ。思いとどまり、目を向けた。


「トリシア。あまり飛ばし過ぎもよくないと思うよ?」


 近づいてきたのはエイルだ。彼女はこちらで奮闘していたらしく、擦り傷が目立つ。けれども息は荒れていない。言葉通り、まだ余力は残しているのだろう。


「この程度はまだ大丈夫です。それより、あなたを介して提案したいことが――」


 ドッと空気を震わせる爆轟が場に響いた。

 それに引き続いて聞こえたのは『ア゛ア゛ア゛ァァァーーッ!!』という悍ましくも巨大な怨嗟の雄叫びである。距離はさほど遠くない。

 声の方向に目をやると、フリーデグントが防塁上からこちらに身を乗り出してきた。


「最前線でバジリスクに抜けられた! 数分経たず内壁に到達するだろう。魔物と影の攻めもこれより激化する。向かわせる自警団の指示に従い、対策に走れ! 決してバジリスクの視界には入るな!」


 その言葉通り、防塁からの階段から一人の自警団員が下りてこようとしていた。

 だが、その途中で防塁の隙間から飛び出してきた影が自警団員に飛びつく。予想外の攻撃に全員の時が凍りついた。


 影は蛇のように巻き付いたかと思うと、その姿は見る見るうちに騎士のものへと変じた。肩車のように足で組みつき、剣を突き下ろそうとする格好となる。


「くっ……!?」


 最も近くにいたフリーデグントが剣で影の首を刎ねたが、遅かった。影は魔素へと還ったが、突き下ろされた剣は自警団員の首を貫いていた。

 事切れた体が階段を転がり落ち、死に様を晒す。


 対策しようにもそれが適わずにただ死にゆくのみ。バジリスクを前にする自分たちの未来のようではなかろうか。

 前線の指揮もあるので手が離せないフリーデグントはこの状況に顔を歪めていた。


 士気を左右する微妙な空気の変化をトリシアは肌で感じた。


(私はまだ弱い。けれど――!)


 英雄にはまだまだ程遠い。それでも行動すれば僅かにでも周囲の命運を変えられるはずだ。そう思い至ったトリシアは、その場で剣を掲げる。


「イーリアスさんからバジリスクとの戦闘法は聞いています。私が代わりに指示を……!」


 その声でフリーデグントと視線が合った。

 彼は逡巡し、任せたとでも言うように頷きを返してくる。


「自警団員は彼女の指示を聞き、補助を!」


 手短に伝えると、彼は持ち場に戻って見えなくなった。

 その彼への信頼がなせる業だろう。自警団員は小娘とも侮らず、目を向けてくる。


 ありがたいことだ。

 ここで狼狽えては士気に関わる。トリシアは緊張を深呼吸で吐き出すと、すぐに声を上げた。


「非戦闘員は体が隠れる障害物をできるだけ作ってください。幽体の使い魔を作れる者は今の内に作成し、バジリスク戦に備えてください。石化の魔眼は厄介ですが、煙幕によって効果を減退できます。近接戦闘員は遮蔽物と煙幕の確保を!」


 手短に指示を上げると、自警団がそれを受けてくれた。

 遮蔽物作成は自分の指示に従って。使い魔作成中の援護は――と、分担して動いてくれる。実に頼もしい練度だ。

 これならばもう自分の指揮もいらないと見たトリシアは守護霊に触れ、魔素の補充に当たるのだった。


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