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竜と獣医は急がない  作者: 蒼空チョコ
第二章

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人との関わり

 逃したバジリスクを睨みながら、カドは歯噛みする。

 ハルアジスがバジリスクに憑依したこと。バジリスクが上半身を消し飛ばされてなお復活したこと。正直なところ、相手を見くびっていた。


 素質はこちらが上。しかし、執念と知識においては足元にも及んでいなかった。

 ユスティーナといい、自分といい、蓄積がない人間だからこそ出し抜かれたのだろう。


 そうだ、考えてみるといい。エワズはかつての相棒を思って行動し続けている。もし彼と敵対すれば、どこまで徹底すればいいだろうか。ハルアジスと敵対するならば、その程度の気概は持たなければいけなかった。


「ちぃっ。おい少年、無事かっ!?」


 瞬間的なものならばカドにとって石化は致命傷にはならない。それは以前から推測されていたことだ。浮足立ったイーリアスの声が、カドに向けられる。

 すぐに追おうとする姿勢なのは簡単に見て取れた。


「ちょっと待ってください」

「どうした!? 奴さんは速い。時間はねぇぞ!」


 急かすイーリアスの声を聞きながら、カドはエルタンハスに向かって駆けるバジリスクと、ユスティーナに心臓マッサージを施すスコットを見比べる。


「そちらにはすぐに迎えません。まずはユスティーナさんを治療します」

「なっ。クラスⅣの化け物だぞ!? あれの魔眼に見つめられたら住民や自警団なんて一瞬で――」


 クラスⅤの自分でさえこれだ。確かにそれはわかる。

 けれども感情のままに向かうのが得策とは思えなかった。


「一瞬でぼろぼろと死なれるなら、確かにすぐさま助けにいかないと損害が大きいです。でも、精一杯抗ってくれるなら、きっとユスティーナさんの力があった方が役に立ちます」

「……っ!」


 一分一秒を惜しんで向かえば、ユスティーナの蘇生は難しくなっていくだろう。そんなことを分析してみると、イーリアスは顔を歪めた。


「そういう計算を冷静にする奴は好かねぇな。……できるだけ早く追ってこい!」


 割と熱血漢の彼としては好ましくない答えだったのだろう。捨て台詞を受けたカドは息を吐いた。


「あまり冷静でもないんですけどね」


 先程といい、エワズとの交信は何故か繋がらないままだ。その上、守ると伝えたエイルのもとに魔物や影の騎士、バジリスクまで迫っている。

 自分を取り巻く環境の全てに危険が迫っているとも言える状況なのだ。冷静沈着とはいかない。


 だが、そんな状況だからこそ、すべきことをこなしていかなければならない。

 カドは背を向けると共に、皮膚を蝕む石に手をかけた。


 鎧を身にまとうように重い上、動きの邪魔なのだ。それを強引に引き千切る。

 痛みは接着剤でこびり付いたものを引き剥がすことの何倍もきつい。皮膚と肉が一緒に剥がされ、血が滲む。けれども浸食は骨まで達していないため、初級治癒魔法でもどうにか癒しきれる程度だ。


「ユスティーナさんの様子は変わっていませんか?」


 問いかけながら、スコットとユスティーナのもとに駆けつける。

 スコットは頷き、不慣れにも続けていた心臓マッサージをやめた。


「はい。やはり彼女に呼吸は戻らないままです」

「心臓が止まっていても、胸の圧迫で多少の空気と血の循環はできます。時間も経っていませんから、脳へのダメージも少ないはずです。十分ですよ」


 損傷の修復が苦手な死霊術師にとって、死体が新鮮で傷んでない状態ほど望ましい。スコットに心臓マッサージをおこなってもらったことで魔力の消費は抑えられることだろう。

 カドは横たわるユスティーナに向かって手をかざす。


 そんな時、スコットはぼそりと呟いた。


「彼の言葉は気にしすぎないでください。自分は、君の判断は正しいと思います」

「……だといいですね」


 この状況にあっても、マシな判断はしていたかもしれない。だが、熟練の人間が命と意地をかけておこなう抵抗を前にして痛感したことがある。


(僕は、エワズに甘え過ぎていたかもしれませんね)


 自分はエワズに命を救われた。

 親類も大切な人もいないこの世界では、彼に恩義を果たすことしか頭になかった。その途中で死ぬことになったとしても、まあすべきことはしたと思って死ねただろう。

 そうした結果、経験と成長が疎かになってこのザマだ。魔法への理解にしても、やりようによってはもっとできたはずだった。だからこそ、エワズが自分に人と関わらせようとしていた意味がわかる。自分は依存しただけで、生きようとはしていなかったのだ。


(ここから、見つめ直さないといけませんね)


 ふうと息を吐き、集中する。

 発動するのは無論、〈彷徨う死者レイズデッド〉だ。


「事切れし骸に問う。汝が躯体に終わりを齎したものは如何なるものか」


 神経系の異常が出た際、体のどこに疾患があるか調べるための検査がある。

 例えば膝蓋腱反射があるから膝からの神経と受容器、筋肉は無事という判断を下すものだ。その他にも固有位置感覚、踏み直り反応、跳び直り反応、皮膚や眼球など様々な反射を確かめることで異常を精査することができる。


 〈彷徨う死者レイズデッド〉も効率的に死者を蘇生するために異常を精査する工程がある。それがこれだ。

 カドが詠唱に応じ、ぴくりぴくりとユスティーナの体の各部位が反応した。

 言わばロボットの身体モニターと同じだ。それによって体のどの部位に損傷があるのか、感覚的に判別できる。


 結果、やはり頚椎内で神経が断裂していたことがわかった。その他にも負傷はあるが、どれも命にはかかわらないものだ。

 第一から第三頚椎の間で損傷があれば、呼吸を司る延髄からの信号も伝えられず、人工呼吸器なしでは生きられなくなる。この世界の住人も差異はあれど似た構造だ。


「我が元素を以って、汝が失いし血肉を与えん。冷たき黄泉路を辿る者に、今ひと度、此岸への扉を開く。〈彷徨う死者レイズデッド〉」


 詠唱に伴い、〈魔素補完〉によって脊髄の断裂を修復。続いて血流を制御し、身体機能を制御しながら体の動きを再度スクリーニングする。

 恐らくは身体的な損傷が激しいほどにこの繰り返しが増え、消耗が激しくなるのだろう。

 新鮮な死体ならば復活も可能であり、古い死体であれば必要な機能だけ回復させ、〈操作魔糸〉によって操り人形に近くすることで省エネを図る。そういう魔法だと理解した。


「血色は戻り始めたけど……」


 心臓の自動能の制御や血流操作によって、身体機能は正常に戻りつつある。

 けれどその影響で酸素要求量が増えたらしい。自発呼吸が未だ戻らないので、唇が青くなってきていた。

 カドはユスティーナの鼻を摘まみ、息を吹き込む。


「……ぁ。かはっ。けほっけほっ……」


 それが気付けになったらしい。ユスティーナは咳き込むと共に目を開けた。

 彼女は理解が追いつかない様子で目を見開き、カドを含め周囲を見回してから自分の体を見た。


「……カド様。もしや、わたくしは死んでいたのですか?」

「はい」

「そう、ですか」


 まだ理解が追いつききっていない様子だが、彼女は相槌を打つ。

 混乱が収まる合間にカドはエルタンハスに目を向けた。

 バジリスクはついに街に到達していた。防塁を一瞬で破壊して侵入していき、イーリアスがそれを追っていく。


「ユスティーナさん、僕はあちらに行きます。体に異常があるかわかりますか?」

「全身、くまなく痛いです。動きはします」


 自己分析を促したところ、彼女はようやく死の実感が沸いたらしい。ふるふると、小さく震えていた。

 けれど慰めている時間はない。カドはすぐに踵を返そうとする。


「じゃあ、あとは自分で治療をお願いします。無理をして魔素が霧散して即死されても困るので、戦闘の参加についてはよく考えてください」

「こんなに、あっさりと死ぬものなのですね……」

「そうですね。死ぬ時はあっさりです。僕も死に際の記憶はありません」


 そういえば、彼女は父母を死に追いやった前当主を恨んでいるといった話や、彼女が操る人狼はその死の原因だったはずとこの戦闘前にトリシアから聞かされた覚えがある。

 あまりにも呆気ない死というものには、抱く思いがあるのかもしれない。


「ユスティーナさん」

「はい……?」


 自分は人と関わろうとしなかった。それ故に学び直す機会も少なかった。見直すならば、こう言ったところからだろう。


「何か思うところがあったら、後でその話を聞かせてください。僕はあっちで戦ってきます」


 特に考えて発した言葉ではない。しかし、それはユスティーナにとって意味のある言葉になったのだろうか。彼女の震えは止まり、頷きを返してくる。

 カドはそれを見た後、駆け出すのだった。


不定期更新になってしまい、申し訳ありません!

twitterでは報告しましたが、私もline文庫さんで完全新作を出すこととなりました。

また、別のお知らせもあると思いますのでどうぞ応援よろしくお願いいたします。

こちらもしっかりゆっくり作り込んでいきますね。

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