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竜と獣医は急がない  作者: 蒼空チョコ
第二章

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倒れる五大祖

「ほっ。よっと……!」


 影の騎士の攻撃は苛烈だった。一体どれだけいるのかはわからないが、無数に立ち並ぶ彼らは絶叫しながら突撃してきた。


 その動きはクラスⅡ相当だろう。身体能力はガグに劣るが、剣や鎧を模した武装がある通りに攻撃力と耐久力は上回っている。カドは〈死者の手〉を駆使してそれらを弾き飛ばしながら様子を窺っていた。

 ハルアジスの攻撃は多彩だ。衝撃波のような魔法が放たれ、それに巻き込まれた影の騎士や魔物は負傷もないのにバタバタ倒れたり、毒を放ったり、影のハルアジス同様の攻撃を仕掛けてきたりする。派手な攻撃ばかりと思いきや、そうでもない。


「ユスティーナさん、足元にも注意ですよ」

「足元、ですか?」


 カド自身、敵を攻める際は虫すら利用する。それと同等のことをハルアジスがしてこないはずがないと警戒していたところ、足元から不自然に近づいてくる野ネズミを見た。

 それを〈影槍〉で突き殺してみるとどうだ。膨れた腹からは液状化した組織と腐臭が漏れ出してくる。

 これにはユスティーナも眉をひそめた。


「噛みつきや骨の操作による突出攻撃で傷をもらえば、そこから腐敗を促進されかねません。地味だけど要注意です」


 微生物の増殖を活発化させる魔法に関してはカドも習得している。恐らくはそういった搦め手を狙ったのだろう。

 死霊術師は魔法の威力においては魔術師に劣る。けれども、こんな小細工に関しては秀でているものだ。


 攻めあぐねているわけではない。

 むしろ、こうして時間を稼ぐだけハルアジスの消耗を誘えることだろう。彼は多くの命を奪い、龍脈からも力を得た。けれどもその力も無尽蔵なわけではない。


「――げほっごほっ」


 カドとユスティーナが攻撃をあしらって回避に専念していたところ、ハルアジスが一人でむせた。砂ぼこりでたまたまという線はない。彼は口元を押さえた手の平に目を落とし、口元を拭うようにしてどけた。だが、その口の端には拭いきれない血痕が残る。

 許容量以上に力を溜め込んだが故の反動といったところだろうか。


「これらでは攻め切れぬか。では、この石化を凌いでみるがいい!」


 ハルアジスは誤魔化すように杖を振り上げる。すると、目を赤く光らせたバジリスクの骨格がひとりでに動き出し、向かってきた。

 頭から尻尾の先まで五メートルを超える大トカゲだ。牛の二倍程度の体格に尻尾もついた程度の圧力とでも言えばいいだろうか。その動きは肉食獣のように素早い。


「死肉なれども汝が培いし経験は消えず――」


 直接的な脅威のみではない。その後方で呟かれるハルアジスの詠唱を耳にしたカドはびくりと背を震わせる。

 この魔法だけはシャレにならない。即座に声を上げ、注意を呼びかけた。


「石化が来ます。気を付けて!」

「我が力を食らいて、その威を再びここに示せ。〈死体経典〉!」


 ここぞとばかりに殺到してくる影の騎士への対処に手一杯とは言えない。

 ユスティーナへの警告で出遅れてしまったが、カドは〈死者の手〉をバジリスクに向けてできるだけ放った。

 発動したのは、三メートルサイズの手が四つ。一つはバジリスクの首元を押さえ、もう一つはバジリスクの顔面を押さえ込んだ。残る二つは更なる突進を防ぐために配置した。


 次の瞬間、石化の魔眼が乱雑に振り回され、その射線が舐めた場所が石と成り果てていった。だが、強烈な魔力の放出はまだ収まっていない。

 波のように押し寄せる騎士を右に左にと払い飛ばしていると、バギンバギンと固いものを割るような音が響いてきた。嫌な予感がする。


 目を向けてみると、やはりだ。

 絡みつかせたはずの〈死者の手〉は石化によって破壊され、間に設置したても今まさに石化された。その手にバジリスクの前脚がかかり、こちらを覗き込んで来ようとしているのがわかる。


「……くっ!」


 視界は遠ざかるほど多くを収めることになる。近くにいればそれだけ死角にも入りやすいはずだ。カドは臆せずに踏み込み、負傷覚悟でバジリスクを迎え撃――とうとしたその時、声が後方から飛んできた。


「待たせたなっ!」


 それはイーリアスの声だ。

 目を向けるまでもない。覗き出そうとしていたバジリスクの頭部に袋が投げつけられ、粉が舞った。するとどうだ。バジリスクの眼光は上手く機能しない。

 なるほど。レーザーと同じく、その力を先に分散させてしまえば石化の魔眼も効力を発揮できないのだろう。


 そこへイーリアス本人が接敵した。

 彼は衝撃波を伴う剣激を見舞い、バジリスクを弾き飛ばす。現在のクラスはⅡとはいえ、全力をぶつければクラスⅣのバジリスクとて吹っ飛ばされるものだ。

 続けて死霊術師の魔法――スコットによる追撃もぶつけられた。


 そうして時間が稼がれると、〈死体経典〉の効果時間も使い果たして石化の魔眼が光を失う。

 チャンスをものにできなかったハルアジスは顔を歪ませ、乱入者を睨んだ。


「わらわらと加勢が来おったか。よもや、門下生まで敵に回ろうとはな」


 その声を受けながら、イーリアスとスコットがカドに並び立つ。

 スコットは武器の杖を握り締めながらもハルアジスと真剣に向き合った。


「師よ、申し訳ありません。育ててもらった恩義は忘れませんが、自分はこの道の方に死霊術師の未来を感じました」

「ふん、未来などない。これより永劫、治癒師や錬金術師の下で働く傀儡よ。死霊術師は混成冒険者という装置の維持には欠かせぬ。そのために飼い殺されるだけだ。ひと時の甘い蜜に唆され、死霊術師の真髄を極める道を放棄するとは何たる醜態か」

「……っ!」


 そう言われると、否めるものでもないのだろう。スコットは口を閉ざした。

 だが、ハルアジスはこれ以上の感情を向けることはない。カドとの問答ですでに自分の進むべき道を決めているのだ。


「無駄話より覚悟はいいかよ、元五大祖様?」

「この期に及んでしておらぬとでも?」


 イーリアスが油断なく構えると、ハルアジスは眉をひそめた。

 カドとユスティーナ、クラスⅡの二人も敵に回すとなれば流石に処理しきれるものではない。


「だが、一理はあろう。貴様らに構ってやる暇などない。これ以上の邪魔が入る前に決着をつけるとしよう」


 ハルアジスが杖を横に凪ぐと、彼に付き従う影が反応した。彼の背後に控えていた巨大な影が手にした剣をカドらに向かって叩きつけてくる。

 その一撃には何らかの魔力的な補助でもついているのだろうか。威力は凄まじく、避けたところに猛烈な余波がぶつかって足が吹っ飛ばされてしまう。


 そうしてカドをイーリアスたちから物理的に分断したところで人間サイズの影の騎士が殺到した。彼らはイーリアスとスコットに狙いを定める。

 一方、残ったバジリスクは時を同じくしてユスティーナに向かって突進した。


 戦力を分断したハルアジスはカドと向き合う。

 ハルアジスが杖を振り下ろすと、最後に残った巨大な影の騎士が突貫してきた。


「受けてやる義理はないですね……!」


 見るからに物理戦闘に秀でた相手と殴り合ってやる理由はない。攻撃を躱すと共にそのまま横をすれ違い、ハルアジス本体を狙おうと疾駆した。

 だが、そこで再び足元に覚えるずぶずぶという感触。それに引き続き、足を掴まれる感触。


「またかぁっ!?」


 本当に〈死者の手〉の派生技は応用が利く上に便利らしい。カドはその泥沼のような魔法に一瞬足を取られてしまった。

 少しでも時間があればまた跳躍で強引に抜け出すものの、一度見せた間を許してくれるわけがない。

 巨大な影の騎士は踏ん張り、体をねじった。


「あー、うん。全力で防御しますねぇ……」


 次の瞬間を想像してカドは〈死者の手〉を身にまとう。

 そこに叩き込まれるのは存分に力を溜めた切り払いだ。叩き込まれた刃は〈死者の手〉で何とか防御できたものの、足を掴む手のせいで衝撃を逃がしきれない。みしりみしりと体が悲鳴を上げる感覚を覚え――足を捉えていた魔法をついに引き千切って吹っ飛ばされる。


 事故とかそんなものではない。ピンボール、はたまた水切り石並みの弾みようだ。

 エルタンハス方向に吹っ飛ばされ、地面を転がる。


「ふっ……!」


 単なる人間ならば勢いが止まるまでは何もできなかっただろう。けれどもクラスⅤとしての身体能力のおかげで、空間認識能力も動体視力も以前の比ではない。

 カドは地面を手で掻いて制動をかける。

 眼前からは間髪入れずに巨人騎士が迫っていた。


「亡者の腕よ、闇より出でて生者を縛れ。〈死者の手〉!」


 あの巨体は無詠唱では止めきれない。詠唱して魔法を発動させ、あの巨体を手で絡め縛る。

 そして――。


「悪いけど、察知してます!」


 詠唱に紛れるように、背後にハルアジスが影魔法で移動していた。

 それを察知したカドはハルアジスが振り被っていた短刀を突き立てられる前に横っ飛びで回避する。


 何だろうか、あの短剣は。

 魔素を見る目で見ると、あれ自体が魔力を放っているように見える。禍々しい気配のとおり、危険極まりない魔剣だったことだろう。


「くっ……!?」


 仕損じたハルアジスは酷く顔をしかめる。

 それだけ強く勝機を思い描いた攻め手だったのだろう。

 ハルアジスが目を向けていたエルタンハス側。さらなる増援も見えなかったからこそ、こうして攻め立てたに違いない。


 敢えて言うならば、それ故に読み違えてくれたとも言える。


「よもやこれも躱されようとは――」

「サラちゃん、やっちゃって」


 従者との繋がりがあるからこそわかる。

 カドが呟いた瞬間、ハルアジスは目をひん剥きそうな顔をした。ふしゅぅとその足元から上がる吐息に目を向ける間もない。直後、彼の皮膚は泡立ち、眼球が弾けた。

 いくらクラス差があるとはいえ、サラマンダーの全力の〈昇熱〉を受ければ体表組織は沸騰を免れないのだ。


「ぐあぁぁぁ――っ!?」

「さようなら、ハルアジスさん」


 痛みに耐えかね、眼球を押さえるハルアジスの間合いにカドは踏み込み、その腹に手を突き込んだ。

 以前、彼の躯体を壊した時と同じである。その臓腑をそのまま抜き出し、治癒しようのない損傷を与える。

 その勢いで振り飛ばされたハルアジスは地面を転がった。


「おおーっ、助力ありがとうございます。サラちゃん!」


 カドは地面を這うサラマンダーに目を向けると抱え上げ、頭に乗せるとすぐに切り替えてハルアジスの死亡確認のために向かった。


「――……。――……っ」


 肺も心臓も抜き取ったために真っ当な手段ではすでに詠唱できないはず。だが、ハルアジスの口はまだ動いていた。何かする気なのだろうか。


「あなたの奮闘と覚悟、覚えておきますね」


 関係なかった。

 ここに来て同情も容赦も意味はない。互いに殺すと宣言したのだから、最後の一瞬まで手を抜かない事こそ礼儀だ。

 カドは何らかを口ずさむハルアジスの頭部に足を向け、踏み潰した。


 これで終わりだ。重要器官、神経共に潰した。その体に宿っていた魔素も霧散していく。

 それを眺めたカドはユスティーナたちの戦闘に目を向けた。

 ユスティーナの戦闘はもう終わったようだが、何故か影の騎士は消えていない。最後の小細工はこれだったのだろうか。


「仕方ないですね……!」


 カドはエルタンハスとそちらを見比べる。

 また街には余裕がある。ならば魔物が大量にいる平原でもう一度〈大感染〉でも放った方が被害を抑えられることだろう。


 そう思い、走ろうとした時、視界の端に妙な動きを捉えた。

 むくりと立ち上がる巨体――バジリスクの骨格である。


「は……?」


 呆気に取られたカドは目にした。ユスティーナがバジリスクの鉤爪に貫かれ、掲げられる様を。彼女はすぐに降り飛ばされ、地面を転がる。

 一歩、二歩と動き出すバジリスクからは魔力の滾りを感じた。

 まるで意志があるかのようにこちらを目で捉え、それは口を開ける。


『人の身など、要らぬ。尊厳など、要らぬ。儂はただ、この怨讐を果たす怪異となろう!』


 放たれたのは、紛れもなくハルアジスの声だった。


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