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竜と獣医は急がない  作者: 蒼空チョコ
第二章

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一人の戦場 Ⅲ

 この戦闘、勝機があるかどうかをカドは考える。


 結論――ある。

 ヌーの群れの如く平原に溢れかえる魔物も〈大感染〉のおかげで自滅していた。

 それで全滅させられればいいが、流石にそうもいかない。大きな川に巨大な岩が投げ込まれた時の動きのように、逃れた魔物がカドや、さらに後方のエルタンハスに向かっていた。


 だが、まだまだ序の口と言えよう。統制されたクラスⅡ、Ⅲの冒険者が弓や遠距離系の魔法の一斉射によって余裕をもって仕留めている。


「こちらにしても、間合いは計れてきましたしねっと!」


 焦灼の悪魔とやらを、仮にイフリートとでも名付けようか。謎の光輪はイフリートによる腕や視線の動きに連動している。その射線は一気に高温となって融け、気化していた。瞬時に千度前後まで上昇するとでも考えればいいだろうか。

 カドはそれをわざと魔物の群れの中に飛び込むことによって紛れつつ、どうにもならない際は〈死者の手〉による補助によって上手く回避していた。


 それを何度か繰り返し、理解した。この攻撃は光輪の直径と、約三十メートルという距離が射程らしい。効果範囲が振り回されて避けにくいものの、その円柱形の範囲に接触しなければ怖いのは水蒸気爆発の余波だけだ。

 つまり、これは熱線ではない。カドの従者であるサラマンダーの〈昇熱〉と似た技だ。恐らく、その姿形からして近縁種だろう。


 それを元に考えるなら避けそこなった場合、体の深部は魔素の質のおかげで耐えられるが、体表が爆散して死ぬと思われる。


「あんなごりごりの体になったら一緒に動きにくいだろうなぁ……」


 すべからく同じ進化を辿るとは限らないが、可能性はあるだろうか。

 将来のことは置いておくとして現在だ。サラマンダーと同種であるならば近づけば周囲を丸ごと〈昇熱〉で攻撃してくる恐れがあるので近距離戦は禁物である。


「近づくのはやめましょうねぇっと!」


 ひょいとゴーレムのような魔物に飛び乗って休憩をしたところ、狼型の魔物が飛びかかってきた。

 まあ、クラスⅡ程度の敵だ。元からあるクラス差のおかげもあり、軽く裏拳で跳ね飛ばしてイフリートの攻撃を回避する。


 問題はゲイズだ。そちらは随分狡猾で、イフリートから間合いを取りつつも、じっとこちらに目を向けて気を窺っている。非常にいやらしいことこの上ない。これ以上は近づかず、目も合わせない。そんな対応策で何とかなることを祈ろう。


「さてさて、イフリートの次にゲイズを倒せば何とかなりそうなんですが……何とかさせるようなら勝負を仕掛けないでしょうし」


 カドはちらと空を見上げる。

 現在もこの場の偵察のためにエルタンハスからは数体の使い魔が飛ばされていた。もう事は始まっているのだ。彼らを遊ばせておくほどの余裕はない。


「もしもーし、偵察している人! 現状のままなら抑えられます。でも、それを許すとは思えません。この均衡を崩すためにハルアジスが何をしてくるのか先読みしてください!」


 特にスコット辺りの死霊術師勢なら出方を窺えるだろうか。

 クラス差を活かしてエルタンハスを攻めるか、それとも戦力の要になっているカドを攻めるかはわからないが奇襲を受けるのが最も危険だ。


『問題ない! あちらはつい先程、死地を出たところだ。そこに到着するまで数分を要する!』

「おっと……?」


 冒険者も流石に有能揃いらしい。

 良い事を聞いたが、こちらはあまり余裕がない。察知したゴーレムが叩き潰そうと手を上げてくるし、イフリートも光輪を再びこちらに向けた。

 できるだけ引き付けて避けようと、カドはゴーレムの攻撃を片手で受け止めると共に適当な瞬間を見切ろうとする。


 ……今だ!

 手を離すとともに跳躍し、〈昇熱〉の範囲から逃れようとする。

 タイミングは間違いなく適切だった。横凪ぎに〈昇熱〉が振るわれ、ゴーレムがぐずぐずと融けようとしたその瞬間に跳躍し、逃げ延びた――はずだった。


「くっ!?」


 だが、跳んだ矢先に体ががくりと止まる。まるで足でも引っ張られたかのように、空中で止まったのだ。

 見ればズボンは透明な何かに掴み止められたかのように、圧迫されていた。

 なるほど。目で見て催眠術でも掛けるものかと思ったが、眼力によってこのような物理現象も引き起こせるのだろう。


「「グヒィッ、ゲヒィッ……!」」


 ゲイズがその二つの口で嘲笑っているのが耳に届く。

 うん、了解した。この恨みは云倍にして返してやろう。

 そんな静かな怒りを腹に据えた直後、足をイフリートの〈昇熱〉が舐めた。ぐずりと体表組織が粟立ち、茹立って崩壊が進んだ後に気化する。


「~~――っ!」


 感情と共に痛みに関しても鈍くなっているカドではあるが、膝下が全て体表から一、二センチほど消し飛ぶと流石に耐え難い。


「枯らせ、枯らせ、不可視なる槍よ。ここにあるべきは形あるもののみ。〈衰枯の槍〉!」


 肉が吹き飛びはしたものの、足の拘束が解けないままだ。全くもってゲイズの戦い方はいやらしい。イフリートによる次の攻撃で続けて負傷しないためにも、カドは自分の足に向けて魔法を放った。

 これは相手の魔素を拡散させる魔法だ。例えば障壁などに対しては効果的である。

 この念動力に関しても似たようなものだったらしい。カドは拘束が溶けると共に落下した。


 だが、イフリートが隙を逃すはずもない。向きを変えた光輪は再びこちらを狙ってくる。

 まだ手はあるものの、徐々に追いつめられるようで嫌な汗が出た。


「ん……。足音?」


 その時、大地を疾走する音があらぬ方向から聞こえた。魔物が入り乱れる北方ではない。東――境界の方向だ。なるほど。黒山羊と別れた“彼女”が来てくれたらしい。

 音を察知したイフリートもまた、そちらに意識を向ける。

 ユスティーナがいつも使役していた人狼が猛烈な勢いで迫っているところだ。


「あれ。姿が見えないですね?」


 人狼はあくまで陽動。本命の彼女は別の攻撃を仕掛けるつもりなのだろうか。

 イフリートが放つ〈昇熱〉の照射の数々を人狼は右へ左へと避けた。この勢いならば間合いはすぐに詰まるだろう。


 そう思った時、警戒していたものが使われた。

 イフリートの周囲に魔素が満ちたかと思うと、周囲が一瞬にして灼熱の大地となったのである。それによって生じた熱波もまるで爆風だ。

 直撃したはずの人狼はカドの比ではない損傷だった。体の所々が骨まで見え、膝で地を蹴って何とかイフリートの首に食らいつくのみだ。しかしそれもイフリートが振り下ろした拳によって叩き伏せられ――同時に、イフリートの肩にユスティーナが着地する。


 一体いつの間にと思いきや、空には巨大な怪鳥が飛んでいた。それは牽制の意味もあるのか、ゲイズに向かって降下し攻撃を始めている。

 流石は五大祖の一角だ。カドよりよほど戦い慣れているらしい。


「グギャアァーーッ!?」

「あぁんっ」

「わたたっ!?」


 イフリートの叫びが上がったかと思うと、ユスティーナがこちらへ吹っ飛ばされてきた。カドはそれに巻き込まれつつも、クッションになって受け止める。すると彼女としても深く抱き着くように身を捻って調節してきた。

 器用なものである。


「ああ。どうもありがとうございます、カド様。あなたのユスティーナが参りました」

「ええと。はい、どうも」


 ふふと微笑む彼女からは至る所から焼け焦げた臭いがする。またもイフリートを中心とした〈昇熱〉が放たれたが、ぎりぎりまで回避しなかったらしい。

 けれども成果は上々のようだ。彼女は血の付いたナイフを握っている。

 見ればイフリートは耳を押さえ、暴れ狂いながらもふらついていた。どうやら彼女は相手の肩に飛びつきながら耳を刃で突いたらしい。


「痛っ!?」

「あらあら、痛いですか?」


 そんなことに意識を奪われていたところ、ずきりと足が痛んだ。ユスティーナが足の傷にべたりと触れたのである。

 彼女はその指に付いた血液をなめとり、口元を緩めた。


「なるほど。血の味はわたくしたちと同じなのですね?」

「ううっ、そうみたいです」


 リーシャやエワズを元に体ができたからでもあるだろう。味が同じということは血液の組成に関してもごく近いのかもしれない。


「――我が御手の元、彼のもとに恩寵を与える。失いし血肉よ、その在るべき姿を今ここに再び為せ。〈恩寵の奇跡(リザレクション)〉」


 血を摂取したのは趣味だったのか、術のためだったのか不明だが、彼女は治癒魔法を使ってくれた。その効果たるや、凄まじい。足先なんて骨が見え、一部欠損までしていたというのに一瞬で癒えてしまった。

 カドも〈贋作組織〉を使えば真似はできるだろうが、骨を癒してから筋肉を癒し、その隙間に正しく神経や血管を走らせるなど、工程と消費魔力が桁違いになっていたことだろう。これが適正の差のようだ。

 感心していると、治癒を終えたユスティーナは微笑み、右手と左手で別方向を指差してきた。


「カド様。どちらを引き受けてくださいますか?」


 彼女はゲイズとイフリートを指差している。


「ゲイズに恨みがあるので、お返しをしてきます」

「はい、承知いたしました」


 にこりと笑み一つで答えた彼女は再び人狼を生み出すのだった。


随分と遅れてしまいました!

いろいろとお仕事をしていたが故です。ご容赦ください。

良いお知らせもまたじきにしていきたいと思います!

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