73 クリスマスデート
藤巻君は待ち合わせ予定時間の10分程前に現れました。
うん、こういう所も何となく性格が見えますよね? 私なんて30分も早く到着していましたから。まあ、名駅に私の家が近いと言うのも理由の一つですけどね。
「ごめん、待たせちゃったね」
「私もさっき来たところだし、そんなに待ってないよ」
何となく思いっきりベタな返事をしちゃいますが、これ以外に何と返事をすれば良いのです? 何気ない様子を装って返事を返す私ですが、顔が真っ赤になってないでしょうか? すっごく照れくさいのです。
「うん、ごめん。もっと早く来るべきだった。あ、鈴木さん、今日はすごく奇麗だ。ビックリした」
うん、藤巻君が褒めてくれているのは判るんです。ただですね、そのセリフが棒読みというか、誰かに言う様にアドバイスされた感が強いと言うか、違和感が何とも言えません。
「ありがとう。一応、お洒落して来たからね。で、誰にアドバイスされたの? 坂崎君かな?」
無粋と分かって入るんですが、ついつい突っ込んじゃいました。
「やっぱり解っちゃうかあ。慣れない事はするもんじゃないね」
「まあ、藤巻君っぽく無いと言えば無いかな。ただ、もう少しセリフに感情が込められてたら違ったかもだけど」
まあ、言いなれて無いと照れくさいのは判りますよ。人を褒めるのって只でさえ照れくさいですし、ましてや異性を褒めるのってハードルが高そうです。素でまったく自然に褒める人っていますけど。
改めて藤巻君を見ますが、寒さ全開のクリスマスイブという事でダウンを着こんでいます。ただ、薄っすらとですが汗をかいているので急いで来てくれたのかな? まあ、元々少し暑がり屋さんではありましたから違うかも?
「あんまり外出用の私服って持ってないんだ。一応、自分なりにお洒落して来たつもりなんだけど変かな?」
私がジロジロと眺めたからか、藤巻君は苦笑を浮かべます。
「変じゃないけど、普段とあまり変わりない? でも、その方が藤巻君っぽいと言えなくはない?」
「うん、誉め言葉と受け取っとく」
二人して苦笑を浮かべる。ただ、そのお陰で先程までの緊張も少し和らいだ気がした。
その後、藤巻君に連れられて予約してあると言うお店に向かいます。
駅構内の熱気は一気に12月末の寒さに置き換わります。
それでも、街路樹やオブジェ、ショウウィンドウを飾るLEDの光が幻想的な雰囲気を作り出していました。
「クリスマスって感じがするね。普段は気にもせずに足早に歩いてるけど、改めて見ると確かに綺麗だ」
「うん。やっぱり雰囲気はあるよね。昔からクリスマスの雰囲気は好き。何かワクワクして来るよね」
クリスマスの音楽が聞こえて来るだけでも、何となく楽しくなってきますよね? 今までは、休みの日の日中しか出歩く事の無かった名駅付近は、LEDに彩られてキラキラと輝いている気がする。
「あと、雪でも降ればベストだったね」
「ホワイトクリスマスかあ。確かに」
まあ、其処まで望むのはなんだかですしね。
そして、会話を交えながらも藤巻君の案内でお店に到着しました。
ただですね、予想していないと言いますか、クリスマスイブに似合わないと言いますか、想定外のお店にちょっと呆然としました。
「えっと、焼肉屋さん?」
「ここ、うちの実家と懇意にしている店なんです。結構、名古屋では有名なんですけど聞いたことある?」
うん、悪気の欠片も無い表情で返事をする藤巻君。恐らくですが、藤巻君としては行き慣れたお店なのかな? まあ、この名古屋の一等地でお店を構えているのですから有名なお店なのでしょう。
ただ、そっかあ、焼肉かあ。出来たら事前に教えておいて欲しかったかも。
思わずそんな感想を抱いちゃいました。
お肉は好きなので、焼肉が駄目という訳じゃ無いんです。
ただ、クリスマスイブに女の子を誘って焼肉かあ。焼肉だと匂いとか汚れとかも気になるので、着て来る服装もなんですよね。てっきりクリスマスディナー的な物を想像していただけに、思いっきり意表をつかれました。
「ごめんね。有名なお店なんだろうけど、あんまり焼肉屋さんって行った事無いからわかんない。うちってあんまり外食しない家だから、焼肉って言うと家で鉄板出して焼く感じ。藤巻君は良く来るの?」
そう言いながらも家で焼肉をした記憶も殆どないんですけどね。家の鉄板で焼くのはお好み焼きとか焼きそばが主です。お肉となると焼肉よりすき焼きの方が多いです。特に年末年始はやっぱりすき焼きです。
「家族や親戚が名古屋に出て来た時によく使うかな。裏メニューなんかもあるから期待してて」
うん、悪意の欠片もないお返事です。慣れた感じでお店に入っていくので、やはり常連さんなんでしょう。
「飲み物はどうする?」
「あんまりお酒は得意じゃないから烏龍茶でいいかな」
「僕もあんまりお酒は得意じゃないから烏龍茶にしとくかな」
個室に案内され、キョロキョロと興味深く周りを見ていると藤巻君に飲み物を聞かれる。こういう所だと生ビールとかなんだろうかと思いながらも烏龍茶でと言うと、藤巻君も同じように烏龍茶なのでちょっと吃驚した。
「お酒苦手なんだ。なんか意外かも?」
「そうかな? 飲めない事は無いけど、すぐ顔が真っ赤になるからなあ。そのせいで何か苦手意識が有る」
「そっかあ、そういう理由で苦手とかもあるんだ」
お店の人を呼んで飲み物を頼むと、早々に飲み物と前菜? がやって来ました。何かコース料理になっているみたいで、キムチやナムルなどがそれぞれの前に置かれました。
「ほんとに焼肉屋さんに来た事無いんだね」
私が前菜に出て来たキムチやサラダ、ナムルなどを興味津々に摘まみながら、普段はどんな所へ食事に行くのかや年末年始の過ごし方などを話す。藤巻君の家は畜産関係という事もあり、我が家との違いに驚くことが多い。
「生き物相手の仕事だとやっぱり大変だね。当たり前なんだろうけど、動物相手なら年末年始とか関係ないよね」
「そこが嫌で医者を目指したんだけどね。下手な進路だと辞めて牧場手伝えって言われそうでさ。医者だったら文句は言われないだろうと。医者に成れても国公立は落ちたから学費とかで頭が上がらないけどさ」
苦笑を浮かべながらそう言うけど、実際に親の負担はすごいと思う。まあ、私が言う事では無いし、藤巻君なら分かっているんだろう。私も親に負担掛けてるよねなど同意しながら、そのまま会話を進めていきます。
「あ、僕が焼いていくから、鈴木さんは食べて」
「うん、あとどのタレを付けて食べれば良いかも教えてね」
高級店っぽい周りの雰囲気に若干のまれていた私ですが、漸く緊張も解れて来ました。
それにしても、やっぱりお肉は良いですね! 口の中で溶けるようです。思いっきり幸せを噛みしめますよ! 藤巻君がどんどんとお肉を焼いてくれて、そのお肉ごとに説明をしてくれます。
「このシャトーブリアンって凄い美味しいね。ほんとに口の中で溶けちゃうみたい」
「うん、美味しいでしょ? ほんとに美味しそうに食べてくれるから、何か見ているとこっちも幸せになって来るね」
「え? あ、ありがとう。でも、あんまり見られると食べ辛い」
「あ、ごめん。でも、どんどん食べて。お店側も奮発してくれたみたいだから」
恐らくは高級なお肉なのだろう。その美味しさは想像の遥か上を行っていて、お箸が止まることなく程よく焼けたお肉を口の中へと運んでいく。どれが奮発してくれた証なのかは判らないけど、美味しい事は分かります。
「ありがとう。本当に美味しいね。焼肉ってこんなに美味しかったんだ。そういえば中村さんの家とかも外食多いって言ってたけど、うちはお祝い事なんかでもお母さんが御馳走を作ってくれるから」
実は我が家で外食と言えば、未だに一番多いのはファミレスや全国的なチェーン店なんですよね。ステーキとかも食べに行くけど、コース料理なんて食べた記憶が無いです。お父さんにもカミングアウトしたから家族で高級料理に行こうと思えば行けるんですが、中々に根底部分って変わらないんです。
その後も穏やかに食事は進みました。最後のデザートに出された柚子のシャーベットを美味しくいただいていると、ふと今日の趣旨は何だったのかと思い立ちます。なぜクリスマスイブに誘われたのかとか、焼肉の煙とかが服や髪に付くとか、様々な疑問は美味しいお肉によって簡単にどっかへと飛んでっちゃっていました。
う~ん、何と言って切り出せばよいのだろう? このままご飯を食べて終わりで良いのだろうか?
そんな事を頭に過りますが、私から何と質問すれば良いのかが判りません。チラチラと藤巻君を見ますが、藤巻君も何か考え込んでいる? 先程までの陽気さが影を潜めています。まあ、自習室で淡々と勉強している時もこんな感じですけどね。
何となく藤巻君を眺めていたら、不意に顔をあげた為に目が合っちゃいました。
お互いに何故か無言で見つめ合う事になって、この状態をどうやって解除すれば良いのか判らなくなります。
う~ん、この沈黙が辛い。
何か話題を作らないとと必死に頭を回転させていると、ここで漸く藤巻君が口を開きました。
「鈴木さん、結婚を前提に付き合って欲しい」
「ふぇ!」
前振りも無い思いっきり直球での申し込みに、想定内の内容であるのに思わず変な声が出ます。段々と何を言われたのか理解して行くとともに、顔が火照っていくのが判りました。
お、思いっきり顔が真っ赤になってる自信がある! そんな事より何か返事をしないとだよね? でも、何って返事をすれば良いんだっけ?
藤巻君は嫌いじゃないよ? ちょっと独特の間をもっているけど、周りの人を不快にさせる事は無いし。この2年間何かと一緒にいる事も多かったけど、嫌だなって思わされた事はない。まあ、淡々としてて自分に興味の無い事は反応しないし、あまりみんなでワイワイするタイプじゃないかな。
「駄目かな?」
真剣な表情で私を見る藤巻君だけど、私と同じように、もしかすると私以上に緊張しているのが伝わって来る。
「えっと、素直に言うと嬉しい。今までそんな申し込みされた事は無いし、すっごく照れるんだけど」
前世も含め告白何てされた事はない。ラブレターですら幼稚園の時くらいで、そんな私だから今の気持ちを素直に言えば嬉しいの一言です。
「だけど、結婚って今まで考えた事が無かったから。今回、藤巻君に誘われた時から、若しかしてそうかな? って思って色々と考えてた。違ったら嫌だなって気持ちもあって」
うん、本当に色々と考えたんだよね。自分が考えすぎで、ぜんぜんそういう話じゃ無いかもしれない。そうだったら恥ずかしいから、必死に周りには誤魔化して。
それでも、心のどこかで告白だったら良いな。嬉しいなっていう気持ちがあって。勿論、告白されるのが誰でも良い訳じゃ無くって、藤巻君の事をどう自分は考えているのかを考えて。ここ数日は特に不安な気持ちが強かった気がする。
「僕も、断られたらどうしようとか、此の侭の関係が続く方が良いかもとか、色々と考えてた。でもさ、大学を卒業して、鈴木さんと会う機会が減って、気が付いたら鈴木さんが他の誰かと結婚してたってなったら後悔しか無い。そう思ったから、鈴木さん、好きです。付き合ってください」
「・・・・・・はい。宜しくお願いします」
藤巻君の言葉に、私はそう返事を返し頭を下げました。




