72 慣れない事はするものじゃ無いですよね?
名古屋駅の金時計の前に来ると、私同様に待ち合わせと思わしき人達で溢れかえっていました。
何と言っても今日はクリスマスイブ! 周囲から聞こえて来るクリスマスソングや、至る所に飾られているイルミネーション。駅構内から一歩外へと踏み出せば、LEDで装飾された街路樹や道路が幻想的な雰囲気を作り出しています。
金時計の前で周りを見渡せば、人待ち顔の人達がソワソワと、それでいて何処か楽し気に、期待を込めた眼差しでキョロキョロと誰かを探しています。
待ち人が来るのを、待ち人の姿が現れるのを、心待ちにしているのでしょうか?
私は、そんな周りの人達とは若干違う表情を浮かべていないでしょうか? 不安が表情に現れていないでしょうか? 前世を含め、このようなシチュエーションは一度たりとも経験したことが無い為、私の思いには緊張と不安しかありません。
「はあ、やっぱり断ればよかったかなあ」
私が何で金時計で待ち合わせをしているかというと、藤巻君からクリスマスのお誘いを受けてしまったからです。そう、事件は12月入って早々におきました。
もっとも、例の自習室での遣り取りが有った為、薄々はそういうお話があるかもって思いはあったんです。ただ、若しかすると仲間内で集まってパーティーとか、それとも、藤巻君からは欠片も想像が出来ませんが合コンのお誘いとか? ただ、男性から合コンのお誘いは無いかっと思い直したり。
色々とあ~でも無い、こ~でも無いと悩んで悶々としてはいたのです。
これでも、一応女性ですからね! そりゃあ前世含めれば中々の年齢ですよ! 下手すると母親と子供の年齢差ですよ! それでも、今まで一度たりとも男性からクリスマスイブにお誘い何か経験した事なんてありません。仕事帰りに居酒屋でいっぱい飲んでく? とは違うんです!
その後、何度か顔を合わせたんですが特に何の話も無く、あれは何だったんだろうと思い始めた頃、自習室での勉強も終え、お迎えの車を待っている時に藤巻君から話しかけられました。
「鈴木さん、12月24日なんだけど、良ければ食事しませんか? 一応、レストランの予約が出来たんです」
「え? あ、えっと、うん。良いよ?」
今日、幾度も顔を合わせていましたし、ついさっきまで一緒に自習室で勉強していました。
そして、時間も時間なので引き上げる事にして、一緒の車で帰る中村さんが偶々トイレ行っていて二人っきりになりました。何とも言えない沈黙が訪れた中、突然行われたお誘いに咄嗟に何を言われたのか良く解らないまま返事をしてしまいました。
「ほんと! 良かった。あ、中村さん来たね。じゃあ、また連絡する」
「う、うん」
トイレから中村さんが出て来たのを見た藤巻君は、中村さんにも手を振ると足早に自分の車が止めてある駐車場の方へと駆け足で行ってしまいました。
「え? あれ? 今のって、誘われたんだよね?」
余りにも突然に、しかも連絡事項の様に淡々と言われた為、茫然とした状態で小走りに去っていく藤巻君を見送ります。
え? その、食事に誘われただけとか無いよね? 12月24日だし、クリスマスイブだから。たぶん、そういう事だよね?
何となく、最初に告白みたいなものが有るのかなと勝手に想像していました。
まさかと思いますが、ただ食事に誘われただけとか無いですよね? クリスマスイブですし、そういう事ですよね?
未だに混乱から立ち直れない私に対し何かを感じ取ったのか、中村さんが私と去っていく藤巻君を幾度か見比べて非常に何とも言えない人の悪い表情を浮かべました。
「何? どうしたの? 何が有った? 藤巻君、遂に告白した?」
中村さんを見れば、思いっきり興味津々ですって表情で私を見ていました。それはもう、目を爛爛と輝かせってこういう表情の事を言うのでしょうか?
「告白って、そんなのされてないって。それより、そろそろ車来るから外に出よっか」
何とか話を逸らそうとしますが、中村さんはニマニマという言葉通りの表情で私を覗き込みます。
「ん、そうだね。でも、何があったか車の中で教えてね?」
私は無言で荷物を手に外へと出ます。そして、直ぐに此方へとやってくる我が家の車が目に入りました。その後、目の前に止まった車に無言で乗り込んで、一路我が家へと帰ります。
「同じマンションにしたのを此れほど後悔した事は無いかも」
「え~~~、良いじゃん! 教えてよ! 絶対にさっき何かあったよね? 鈴木さんの様子が違ったもん」
車に乗り込んでからずっと中村さんの質問攻めに遭い、必死に誤魔化すんですが限界があります。でも、ほら、別に告白されたわけじゃないですよね?
「だから、何でもないよ。告白とかされてないし、ちょっとご飯の約束をしただけ」
「でも、二人だけででしょ? みんなでだったら私も声かけられてると思うし、ってことはデートのお誘いだよね? そっかあ、遂に動いたかあ」
デート? あれ? 確かにデートのお誘いなのかも。
「でも、デートって普通は付き合ってからとか、告白されてとかじゃないの? 別にそういうの無かったし、デートじゃ無いんじゃないかな?」
そもそもデートの定義が判りません。恋愛弱者をなめて貰ったら困りますよ。ハッキリ言って線引きがまず判りません。
「え? 男性から食事とか、遊びに誘われたら普通にデートでしょ?」
中村さんが怪訝な表情で私を見ますが、それってどうなんでしょう?
「そういう物なの? でも、異性でも仲が良いから食事とか、一緒に遊びに行くとかありそうだよね? それってデートじゃなくない?」
ほら、別に恋愛関係じゃなくても、仲が良いからとか、趣味が合うからとかで一緒に食事とか買い物とか行きそうですよね? 勿論、私にはそんな経験はありませんが、社交性のある人達とかは普通にしてそうです。
私の質問に対し、今度は中村さんが悩み始めました。まあ、中村さんと知り合って既に2年近くの時間が過ぎています。許嫁が居たせいかもですが、中村さんも恋愛という点では経験不足っぽいです。
「私の場合、変に異性と出かけるなんてご法度だったから。そっかあ、言われてみるとデートじゃなくても仲が良ければ一緒に遊ぶとかあるのかも」
「でしょ? ほら、同じ趣味だからとか、色んなケースが有り得るよね。一緒に出掛けるからデートとは限らなくない?」
勢いで中村さんを納得させようとするんですが、中村さんはそこで首を傾げます。
「え~~~、でも、藤巻君だよ? それに、誘われたのはクリスマスイブでしょ? 流石に意識して無い女性をクリスマスイブに誘うって無いよ。ですよね? 三島さん」
「そうですねえ。日頃から一緒に出掛けているなら兎も角、初めてのお誘いをクリスマスイブにするなら深読みしますねぇ」
「ほら! 絶対にデートのお誘いだよ!」
むぅぅ、三島さんは楽し気に答えてくれますが、私は何と返していいのか解らず黙り込みます。そして、この話題はそのまま家族揃っての食事の場に持ち込まれました。
ただ、私は中村さんに念押ししたんです! この話は家族には内緒にしてねって。
そこは同じ女の子同士ですし、やっぱり家族に恋愛事情を知られているのは嫌というか、まだ恋愛でも無いですけどね!
その後、中村さんが一人暮らしを始めた事もあり無事に秘密は守られていました。夕食は今まで通り一緒に食べていましたが、特に話題に上がる事も無かった為、油断していたんです。
お酒も入っていたのが悪かったのかな? 中村さんが思いっきり爆弾発言を噛ましてくれました!
「そういえば、鈴木さんは24日デートですよね? さっそくお守り効果ありですね! あれ? でも、お守りの方が遅いですね。そうすると効果はこれから?」
切欠はプレゼント交換で私が引き当てた縁結びのお守りです。ただ、その為にパーティーは大騒ぎになりました。
「あらまあ。日和、良かったわねぇ。藤巻君ねぇ。今までも何度かあなた達の会話に出て来たけど、その藤巻君って悪い子じゃないんでしょ? 良かったじゃない」
「悪い子じゃないけど、まだそういう話だって決まった訳じゃ無いから!」
「二人とも落ち着いた感じだし、お似合いだと思います! もうじき卒業だし、藤巻君も焦ったんだと思いますよ! 卒業後に会える機会って激減しますから」
想像通りにお母さんが思いっきり話題に喰らい付きました。
もう、満面の笑みを浮かべています。そんなお母さんを必死に宥めようとするんですが、中村さんがどんどんと燃料を投入してくれやがります。
「日和に彼氏が出来るのかあ。ちょっとショックかも。あんな小さかった日和が」
「お姉ちゃん、誰目線なの!」
「日和ちゃん、焦らないで見極めるんだよ? 今の時代、女は30歳からだからね」
「美穂さんも揶揄わないでください!」
うん、クリスマスパーティーの雰囲気が一気に壊れてしまいました。
「だから、みんな落ち着いて! まだ告白された訳じゃ無いし、ただ食事に誘われただけだから! そういう意味じゃ無いかもしれないでしょ!」
「「「「ないない」」」」
みんなが示し合わせたように揃って目の前で手を振ってくれやがります。あまりにシンクロしたその姿に、思いっきりイラっとしました。
「もし全然勘違いだったらどうするの! 藤巻君にも悪いでしょ?!」
必死に抵抗する私ですが、そこで中村さんがとんでもない事を言い出しました。
「心配なら、明日私がそれとなく、どういう意味のお誘いか聞きます? 当日で聞くのも今更かもだけど、鈴木さんが悩んでるって」
「そうねえ、まずそういう意味だと思うけど、日和は心配みたいだしお願いしようかしら?」
「や~~め~~て~~!」
ぎゃいぎゃいと騒ぎながらも何とかパーティーを終えて、私は急いで中村さんを追い出しました。最後まで何やら言っていましたが、これは致し方ない処置だと思います。
ただ、これで解決した事って何にも無いんですが。
その後、お母さんのターゲットは私だけでなくお姉ちゃん達にも向かいました。
「日和がクリスマスイブに男の子とデートするのよ。あなた達、此の侭だと妹に抜かれるわよ? 良い相手はいないの?」
お母さんがこんな事をいう物だから、お姉ちゃんも美穂さんもそれはもうなんです。ただ、この姉達は必死に矛先を変えようと足掻きます。
「う~~ん、でも日和でしょ? この超奥手だよ? 進展するにも年単位かかるって」
「そっかあ、日和ちゃん盗られちゃうかあ。うちの親戚連中ショックだろうな。結構本気で囲い込もうとしてたけど、おっさん連中涙目? ざまあみろ?」
うん、美穂さん、思いっきり毒が出ていますよ!
それでも言い様にお姉ちゃん達は私を話題にして自分達への追及を躱します。私は私で矛先を変えようと努力はするんですが、私にはお姉ちゃんを邪険に出来ない理由が有るんです。
「お姉ちゃん、あの、それでさあ。明日、どういう格好で行けばいいのかな? 普段着とかじゃだめだよね?」
程よい段階で? お姉ちゃん達にお伺いを立てます。
何と言っても男の子と二人で出かけるなんてした事が無いんです。
変に気合入れた格好だと藤巻君に引かれちゃうかもしれないですよね? そういう話じゃ無いかもですし。でも、こういう時にどんな服装をすれば良いのかなんて判らないです。その為、どうしても頼りになるのはお姉ちゃんになります。
「大丈夫! この偉大なる姉に任せなさい! 当日のコーデから全て請け負うから!」
「日和ちゃんの持ち物チェックだね! 化粧品とかも確認しないと!」
お姉ちゃん達の気合が凄いんです! ただ、その様子を見ていたお母さんが毒を吐きます。
「貴女達、妹の事より自分達はどうなの? お母さんとしては、早く孫を見たいのだけど?」
「よし、日和、部屋へ行こう。着る物見てあげる!」
そんなお母さんの視線を避ける様に、お姉ちゃん達は慌てた様子で私の部屋へと向かいます。
「日和、寒いから上には此れね。あと、中は此れ。あと、お酒には十分気を付ける事! 緊張して飲み過ぎたはNGだからね!」
「だよね。あと、帰りはちゃんと連絡する事。飲酒運転になるから車で送るよは無いと思うけど、タクシーで帰るにしても時間はちゃんと連絡してね。それと、う~ん、初めてのデートなんだし食事だけで解散する様にね」
「なんの心配をしてるの! 私だって子供じゃないんだから、大丈夫です!」
私の発言をお姉ちゃんも美穂さんも全然信用していないみたいで、当日の事でいっぱい注意されました。ただ、前世含めれば結構な年齢なんですよ!
そんな状況でも、着ていく服やバッグなどの小物も含め、色々と選んでくれました。ついでにお化粧チェックまでされちゃいましたよ!
「はあ、何か子供の発表会前みたいね」
ドアの所から部屋を覗き込んでいたお母さんが何か言ってますが、私は既にぐったりと疲れ果ててしまいました。勿論、ありがたいとは思っているんですけどね!




