71 学生時代最後のクリスマス
学生時代最後のクリスマス、そう思うと非常に感慨深いです。
2度目の人生を歩みだして、気が付けば20年近い時間が流れていました。
前世で社会人だった頃は、何度も学生時代の事を思い返しました。楽しかった事もありますが、それ以上にもっと有意義な過ごし方が有ったんじゃないだろうか? そんな思いが強かった気がします。
「そっかあ。もうじき学生時代も終わっちゃうんだ」
大学に6年間通いましたから、普通の人より2年多く学生時代を過ごしました。だからと言って満足したかと言われると、もっとゆったりと? のんびりと? 兎に角、心身ともに癒される時間が欲しかったなと思ってしまいます。
「なんか前の後悔とは真逆? 今回も年取ってから、もっと有意義に過ごせば良かったって思うのかなあ」
思わずそんな事を考えてしまいます。
そんな事を考えている今日は12月23日、クリスマスパーティーの当日です。
24日と25日は平日の為、我が家では少し早くパーティーを行います。クリスチャンの人だと有り得ない暴挙なのかもしれませんが、日本の一般家庭はこんな物ですよね?
「前世よりは有意義に過ごしたでしょ? お母さんからしたら二人ともこれ以上無いくらいに頑張ったと思うわよ?」
鳥の丸焼きが焼けるのを眺めていた私に、傍らでローストビーフを作っていたお母さんが話しかけて来ました。
「今の気分はスローライフプリーズ? 時間に追われない生活がしたい」
今の私は、焼けていくローストチキンに食用油を塗る係です。その為、比較的時間に余裕があります。それに対しお母さんは先程からセカセカと動き回っていました。
「田舎でのスローライフって大変よ? 文字のイメージに誤魔化されていると思うわ。畑や田圃の世話とか、それこそ年中無休ね!」
「ゆ、夢が無さすぎる」
お母さんの実家はそれこそスローライフと言って良い環境かな? お祖母ちゃんが一人で畑の世話などをして暮らしている。ただ、そこで私が同じように暮らせるかと言えば、厳しい現実が立ち塞がると思う。
「日和はまず虫嫌いを直さないと無理ね。田舎で虫のいない生活なんて不可能よ?」
「そうだよね! うん、解ってたけどね!」
Gは勿論だけど、コオロギとか、蜘蛛とか、虻なんて特に大っ嫌いです! 子供の頃に刺されて大泣きしました! あれって何で嫌いな人の所にばかり来るのでしょうか?
そんな馬鹿話をしながらも、料理作りは進んで行きます。
ちなみに、中村さんとお父さんはリビングの飾りつけを担当してくれています。流石にキッチンに3人とかスペース的に無理ですから。
そんなこんなで順調に準備は進みました。まあ、一番大変なのは料理ですし、そこは慣れていますから。
「こういうのって準備している時も楽しいですね。去年もですけど、今年は去年以上に楽しいです」
「今年はお客様状態じゃないし、思いっきりこき使われてるよ?」
「それが良いの! やっぱり一緒に楽しむには準備からですね!」
テンション高めの中村さんですが、言っている意味は何となく判ります。確かに準備している時ってワクワク感がありますよね? ただ、お客様の方が断然楽だと思いますが。
「今までは家族でレストラン行ってたんだっけ? それはそれで羨ましい。雰囲気のあるレストランでクリスマス何て経験した事無い! まあ、家ではクリスマスをしない子もいたから、そう考えれば贅沢なんだけどね」
そうです。驚いたことにクリスマスをやった事が無いってクラスメートが小学校時代に居ました。恐らくですが、それ以降もやってないと思う。ただ、その子の家は男3兄弟の家庭だったから、お母さん的にも無理って思ったのかもしれないですけどね。
「それでも家で家族揃って楽しくクリスマスって、子供の頃は憧れてました。寝ている間にサンタさんがプレゼントなんて我が家には無かったし」
「あ~~~、それは悲しいかも」
我が家は普通にやってましたから。ただ、今生は私のカミングアウトの影響でちょっと変な感じになりましたけど。
流石にプレゼントでお人形とかもらってもですね。まだお人形よりぬいぐるみの方が嬉しいかな?
そんな話をしていると、お姉ちゃんと美穂さんが遅れ気味に合流してパーティーが始まりました。何とか仕事の都合をつけて、今日は無事に参加出来ました。
「独身女性でクリスマスって言えば融通つけてくれたわ。まあ、変な誤解を生んだかもしれないけど」
「うん、まあ誤解してくれた方が後々楽だけどね」
思いっきり憮然とした表情でお姉ちゃんと美穂さんがそんな事を言ってました。
流石に、セクハラとか五月蠅くなってきた時期なので、同僚や看護師などからの酷い揶揄などは無かったそうですけど。
「それでは、メリークリスマス!」
「「「「「メリークリスマス!」」」」」
お母さんの掛け声に、みんな続いて唱和します。
クリスマスソングを流して、クリスマスツリーにLEDを点灯させます。そして、みんなで揃って写真撮影をしました。
「蝋燭買っておいて良かったね! やっぱり雰囲気あるよね!」
部屋の電気を消して、蠟燭の明かりだけにすると何とも言えない雰囲気です。クリスマス感が一気に高まりました。
その後、まずお父さんがローストチキンを取り分けてくれます。一応、毎年のお約束で腿肉の部分はお父さんとお母さんにあげます。
「毎年思うけど、人数分の鳥のもも肉買ったほうが良くない? やっぱりモモ肉が一番でしょ?」
「それもそうだけど、私は結構尻尾の所の軟骨も好き」
「でも、クリスマスって言えば見栄え的にもローストチキンは欠かせなくない? 日向が欲しければモモ肉だけ別で買って来れば良かったね。今日行ったスーパーとかで山積みになってたよ」
お姉ちゃんの正論に、私と美穂さんが返事を返しました。でも、確かにモモ肉の照り焼きは美味しいですよね。クリスマス翌日には何故か山積だったモモ肉が消滅していますが。安売りしてくれれば良いのにね。
「チューリップも、ローストビーフもあるんだし贅沢言わないの。どうせ食べきれずに半分は残るでしょ? 余ったらあなた達も持って帰ってね?」
お母さんが笑いながらお姉ちゃんに言いますが、毎年確かに食べきれないんですよね。
コーンスープやポテトサラダなんかもありますし、今年は美穂さんがキッシュなんかも買ってきてくれました。ハッキリ言って、とても食べきれる量じゃありません。
「あ、このワイン甘口で美味しい」
「良子ちゃんお勧めのワインよ。甘口で飲みやすいって聞いたから買ってみたの」
うん、これは持って帰るつもりは無いかな? お姉ちゃん達は最近夕飯は時間が不定期なので食べなくなったって聞いています。まあ、女の人ですから色々とですね、うん、あるんです。
そして、無事に? 頑張って? クリスマスケーキを食べたら恒例のプレゼント交換です。
そう! 今年は趣向を変えてプレゼント交換になりました!
税抜き1000円までで各自が考えてプレゼントを購入し、くじ引きで選ぶ事になります。ここで問題となるのは、黒一点のお父さんです! 他は全員女性ですが、例えばシュシュなどを購入してもお父さんに当たったら使い道がないですからね。
「今年は結構悩みました」
「1000円って所が悩みどころですよね」
私と中村さんがそんな感想を述べると、お姉ちゃん達は何やらニヤニヤしています。ただ、お父さんは私達同様に悩んだみたいです。
「くじ引きだからなあ。最悪、自分の物が自分に来る事だってあるだろう。そう考えると簡単に選べないからなあ」
「そうよねえ、自分に来る可能性もあるのよねえ」
まあ、その可能性もちゃんと考慮してはいました。その為、より何を選ぶか悩んだんですよね。
「よし、それでは番号を貼るわね!」
テーブルに並べられたプレゼントに番号が貼られました。そして、用意されたあみだくじに名前を記入します。
「名前書いたら2本ずつ線を加えてね~」
美穂さんからの指示であみだの横線を書き加えていきます。これで誰が何処になるのかは全然分からなくなりました。そして、わーわーキャーキャー言いながらもくじの結果が出ていきました。
「全員プレゼントは受け取ったよね。自分のが当たった人はいる?」
「大丈夫っぽい?」
皆がうんうんと頷いているので、幸いな事に自分のを受け取った人はいませんね。やっぱり、自分のプレゼントは嫌ですから。もし自分のプレゼントになった人が多かったらやり直しも考えていました。
「それでは、プレゼントオープン!」
お母さんの掛け声とともに、それぞれが手にしたプレゼントを開けていきます。
「あ~~~、成程、そうきましたか。まあ、サイズ的に鞄に付けようかな?」
お姉ちゃんの言葉に視線を向けると、熊本の有名ゆるキャラのぬいぐるみがありました。気にしていませんでしたが、そう言えばこの一年で結構ブームに火が付いていましたね。送り主と思わしき人へと視線を向けると、案の定お父さんが得意げな表情を浮かべていました。
この年でゆるきゃらのぬいぐるみかあ
ましてや上限金額が決められている為、サイズも小ぶりで微妙な感じです。お姉ちゃんも送り主を察したみたい。苦笑を浮かべながらチラッとお父さんを流し見していました。
「あ! ストレス緩和グッズ?」
中村さんが手にしたのは、私が買ったストレス緩和グッズです。卵型で人の顔をもしているんですが、掌に握ると何とも言えない感触と、握りこんだ時の何と見言えない表情でストレス緩和に繋がるらしいです? 前世でも一時ブームになったのですが、値段的にも丁度良かったのでこれにしました。
「うわあ、何とも言えない表情になる! こんなのあるんだぁ」
グニグニと変化する表情に、中村さん以外の人達も笑い声をあげた。
その後、お父さんが貰ったのは美穂さんからのちょっとお高めの入浴剤。うん、まあ家族みんなで使うからいいかな? お母さんは、お姉ちゃんから綺麗なレターセット。これはこれで無難な所。そして、美穂さんは中村さんから綺麗なハンカチ。定番中の定番でした。
「1000円以内って結構難しいですよね?」
無難な所を狙いすぎると今一つ盛り上がらないから。中村さんは美穂さんに謝罪していましたけど、絶対にハンカチとかの無難な者の方が良いと思います! 私の物よりはね!
「これって、お母さんでしょ?」
「ええ、良かったわ。お父さんに渡ったらどうしようかと心配してたの」
そう言って私を見てニコニコと笑うお母さんですが、悪意しか感じられません!
「あ~~~、そっかあ。お父さん以外なら確かに問題ないと言えば無いね」
お姉ちゃんはうんうん頷いていますけど、そこで納得できるのは自分に当たらなかったからですよね!
「縁結びのお守り2個! 悪意しかないよね!」
私はお母さんに猛然と抗議をしますが、お母さんは涼しい表情で私の抗議を流します。
「あら、ちゃんと縁結びに所縁のある神社で貰って来たのよ? 態々2か所も回ってお参りして来たんだから」
お守りには残念ながら何処の神社なのか書かれていません。ですが、お母さんがこう言うのですから、そこはちゃんと縁結びの神社に行ってきたのでしょう。
「ちなみに、何方に行かれたんですか?」
興味津々な事を欠片も隠す事無く、中村さんがお母さんへと尋ねました。私も縁結びの神社と言えば出雲大社くらいしか思い浮かびません。
「洲崎神社と三輪神社よ?」
「お母さんゴメン、知らない」
私だけでは無く、他の面々も同様に知らないみたいです。その後のお母さんの説明を聞くと、三輪神社は出雲大社と同じで大国主命を祭るお社だそうです。知らなかったですね。そんな神社が名古屋市の大須に在った何て。
「うわあ、この福兎可愛いね。大国主命と言えばやっぱり兎だよね? 一度でいいから出雲大社行ってみたい」
熱田神宮や伊勢神宮は行った事が有るのですが、出雲大社は遠いですからね。それでも、一度は行ってみたいものです。
「行くなら10月よね? 出雲だけは神有月になるのよね?」
「日本中の神様が集まるから、行くならやっぱり10月なのかな?」
「神無月が、出雲だけ神有月になるんでした? 一応、聞いたことはあります」
まあ、何と言っても恋愛絡みになりますから、皆の反応も良いですね。勿論、お父さん以外になりますけど。お父さんは何とも言えない表情をしていました。
その後、何故かプレゼントそっちのけでワイワイと話が盛り上がっていきます。まあ、お姉ちゃんも美穂さんも適齢期ですから。ただ、今一つ結婚しそうに無いのは仕事が忙しいせいでしょうか?
私はみんなの会話に混じる事無くのんびりと聞いていたんですが、そこで中村さんが爆弾を放り込んでくれました。
「そういえば、鈴木さんは24日デートですよね? さっそくお守り効果ありですね! あれ? でも、お守りの方が遅いですね。そうすると効果はこれから?」
悪意など欠片も無い表情で私を見てそんな事を言いやがりました! そして、その内容に此処にいるメンバーが肉食獣もかくやと言った感じで食いつきます。
「え? 何? 何? 日和デートするの! うそ! マジで!」
「日和ちゃん、うわあ、美穂お姉さんは全然聞いてないよ! 誰? どんな人!」
「あら、まあまあ、日和にそんな人いたのね。色々と相談してくれれば良いのに、お母さんちょっと寂しいわ」
「ちょっ!」
私が慌てて会話を何とかしようとするんですが、女性陣から次々とマシンガンの様に質問が浴びせかけられました。
「うわぁ、ちょっと待って! 違うから! 多分違うから!」
「え~~~? でも、クリスマスイブですよ? 絶対にそうですって」
「中村さん! いい加減な事言わないで!」
必死に中村さんの口を閉じようとしますが、お姉ちゃん達はターゲットを中村さんに変えて質問し始めました。そして、中村さんはホイホイと有る事無い事話始めます。
「主観が入ってるぅ! 思いっきり中村さんの主観が入ってるぅ! 真実じゃないよ! 捏造だよ! 何で中村さんが藤巻君の心の中まで言ってるの!」
私は必死に真実を語りますが、既に流れたデマを一掃する事は出来ませんでした。




