70 新たなステージへ
自分の根底にある不安に気が付き向き合ったからといって、直ぐに性格が大きく変わったりはしないのですよね。それでも、色々な事に対し少しは前向きに、ポジティブに考えようと思いました。
「そう思っちゃうって事は、実際には出来てないって事なのかもしれないけどなあ」
そんな事を思うのは、今年ももう終わりに近づいているからかも知れません。実際には地獄のような秋を無事に潜り抜け、最後のボスキャラへと挑むために日々変わらず勉強の日々ですが。
卒業試験も無事終わり、国試を残すだけとなりました。此処からは最後の追い込みという事で、誰もが黙々と勉強をしていますね。家だと集中力が続かない私は、相変わらず自習室で勉強しています。
「ガリガリとメンタルが削られていく」
ついつい他事を考えてしまうのは、集中力が途切れ始めているから。ここは素直に休憩しようと体を起こし、ぐっと伸びをする。そのついでに周りを見回すと、誰もが黙々と勉強している姿が見える。
みんな頑張っているなあ。
勿論、自習室にいる生徒が全員6年生という訳では無い。勉強するスペースは自習室以外にも図書館や空き教室など色々と解放されている。どちらかと言えば、この時期の自習室は寒くて人気がない。そのお陰で席を確保しやすいのだけれども。
「相変わらず此処だね」
水筒から温くなったコーヒーを注ぎ、一休憩している私の後ろから声が掛かった。振り向くとダウンジャケットをぴっちりと着て、モコモコに着ぶくれした藤巻君がいた。
「うん、席の確保がしやすいし、適度に寒いお陰で集中力が保てるから」
「いや、ぜんぜん寒いから! 風邪ひくって」
まあ、自習室の温度は15度くらい? ただ、道路側がガラス張りの為、日差しが入れば中々に暖かくなる。まあ、日暮れ以降は意味無いけどね。それでも風が吹かないから厚着をすれば問題無いと思うのだけど。
「今まで聞いた事無かったけど、藤巻君って何処出身だっけ? やっぱり暖かいとこ?」
何となく遠慮して家の話とか聞いてないんです。その為、出身とかも全然記憶にありません。
「飛騨だから冬は思いっきり寒い。それに寒い所出身でも寒いのは苦手な人って結構いるよ。寒い所ほど冬は暖房で思いっきり暖かいし、外に出なければ天国。まあ、雪掻きとか無ければだけどね」
成程、寒い所の人は寒さに慣れていて強いのかと思っていたけど、そうでもないのかもしれない。昨年もだけど藤巻君は思いっきりモコモコだ。
「寒いお陰で自習室は席が確保しやすいけどね。図書館とかは暖かいけど競争率高いし、空き教室はもっと寒いでしょ?」
何となくだけど実家の話は苦手っぽい? そんな感じがするので話題を変える事にします。
「大学の外に行くのも大変だし、やっぱりお金もかかるからね」
喫茶店やファミリーレストランなどで勉強する人が多いですが、毎回お金が掛かりますし長時間いると追加で何か頼まないと駄目みたいな気にさせられます。その為、やっぱり自習室が一番です。
「まあ、大学内で場所がない訳じゃ無いからそうかも?」
私の意見に同意してくれる藤巻君だけど、それでも自習室に長居したそうには見えない。
最近、藤巻君を見かけなかったのは、自習室が寒かったからなのかと納得しますね。まあ、これだけモコモコした状態だと勉強にも身が入らないでしょう。
生暖かい眼差しを藤巻君に注いでいると、藤巻君がちょっと考え込む様子?
「ん? どうかした?」
割と思った事を何でも口にするイメージが有る藤巻君の為、ある意味珍しいなって思って見ていた。すると、今まで立ち話だった藤巻君が向かいの席に腰を下ろしました。
「鈴木さんはクリスマス予定有るの?」
「クリスマス? 毎年家族と一緒にパーティーかな? 去年からは中村さんも参加しているけどね」
クリスマスに何かあるのだろうか? 大学最後の年でもあるし仲の良いメンバーで何か考えているのかな?
「そっかあ、まあ中村さんも実家とは切れちゃったから、そうなるか」
何か考え混んじゃいましたね。なんでしょう?
「24日も25日も平日だし家のクリスマスは23日にするから、何か皆で考えているなら早めに教えてね? 大学生活最後のクリスマスだし、出来るだけ出る様に考えるから」
まあ、あまり付き合いの良くない私ですし、私に来られると逆に空気が冷えちゃったりしそうですけどね。どういったメンバーでパーティーをするのかは判りませんが、坂崎君達とかな? そんな事を考えていると、藤巻君が何やら小さく呟いていました。
「ん? もう日程決まってる? 厳しいなら残念だけど不参加で良いよ?」
もう12月に入ったとはいえ、クリスマスまでにはまだ2週間くらいあります。だからと言ってお店の席を確保するには少々遅すぎでしょうか。会社などは忘年会などもあるでしょうし、人数が多ければ多いほどお店の確保が難しくなるのは判ります。
「いや、12月の24日は空いてるって判ったから、また連絡する」
「うん、宜しく。何だったら中村さん経由でも良いからね」
私と同じ生活リズムになっている中村さんだから、多分24日は空いているでしょう。ただ、高校時代の友人と出かけるかもしれないので確かな事は言えません。そういう私も高校時代のメンバーは全員国試に向けての勉強で、元旦のお参りしか予定が入っていません。
合格祈願にみんなでお参りに行く事にしたんですよね。精神的にも行っておくのと行かないのでは雲泥の差ですから。
自習室から立去っていく藤巻君を見ながらそんな事を考えていました。まあ、緊張が途切れがちだったので丁度良い息抜きになりました。恐らく藤巻君は図書館にでも行くのかな? まあ、彼方の方が暖かいのは確かですし、恐らく坂崎君達がいるのでしょう。
「よし、あと2時間は集中しましょう」
お迎えの車が来る時間まで、集中して勉強する為に気合を入れるのでした。
間もなくお迎えの時間かなという所で、中村さんがやって来ました。中村さんは6年生になっても茶道部に顔を出しているんですよね。一応、部活的には引退しているらしいのですが、やはり大学内にいる為にちょこちょこ部活に参加しているみたいです。
「良かった間に合った」
まあ、住んで居る所は同じマンションなので時間が合えば一緒に帰る事にしています。予定などが突発的に変わらない限りは自習室に居ますし、居なければ自力で帰って来てもらうという緩々の取り決めです。変に時間とかを決めちゃうとお互いに面倒という事で、中村さんが私に合わす感じで成り立っています。
「おつかれさま。若しかして年末とかの打ち合わせ?」
比較的余裕を持って自習室へ来る事が多い中村さんですが、今日はギリギリです。私も中村さんに話しかけながら机の上を片付け始めました。
「そう。部内で忘年会か新年会をしたいねって話が盛り上がって。流石に今から忘年会はきついから新年会をする事になった。私は国試あるからどうしようか悩んだんだけど、最後だし出ようかなって」
「うん、大学生活最後だからね。私は部活動ってした事が無いからちょっと羨ましいな」
「う~ん、結構大変ではあるけどね。でも、楽しかったよ」
中村さんは恐らくこの6年間の部活動を思い浮かべているんだろう。昨年の大騒動も含め、全ては平たんではなかったはず。それでも、楽しかったと笑える中村さんが本当に羨ましいな。
2回目の人生。
前世で多くの事を後悔した。
その事を意識して、出来る限りの努力をしてきた。必死に勉強したし、頑張ってお金も稼いだ。色々なリスクも覚悟してアメリカ領事館へも行った。
それでも、ふと思い浮かぶのは、もっと別の人生もあったのではないかという事。株でお金儲けをして、それこそ徳女へ進学して楽しく暮らす。多くの友人達と思いっきり人生を楽しんで、そこそこの会社に勤めて結婚する。
誰もが普通に思い浮かぶ幸せってこういう物じゃないのかな?
そんな事を考えながらも性格的に絶対出来なかっただろうなと何処か諦めている自分もいる。
「はあ、幸せって難しいなあ」
「え?」
思わずそんな言葉が零れると、キョトンとした表情で中村さんが私を見ていた。
「ほら、隣の芝がって言うじゃん。部活とか経験してみたかったなって」
「う~ん。判らないでもないけど、私からしたら鈴木さんがスッゴイ羨ましい。仲の良い家族でしょ。お金持ちでしょ。此れだけでもう人生勝ち組だよ?」
「ありがとう。そうだよね。贅沢だよね」
分かってはいるんだけどね。それでも、羨ましく思うって事は、何か今躓いているのだろうか? 確かに精神が追い込まれている自覚はあるけどね。
「うん、結構精神的に来てるのかも。私っていっつも余裕ないなあ」
「クリスマスでリフレッシュだよ! 鈴木さん家のパーティー私はすごく楽しみ。これぞ憧れのクリスマスって感じで、もし私が結婚して子供が出来たらお手本にしたい!」
中村さんは去年もすっごく感動していたからね。今年も一緒にパーティーの料理を作る予定です。
「あ、そう言えば藤巻君が24日と25日の予定聞いて来たよ。多分何か計画しているのかも? 中村さん何か聞いてる?」
クリスマスパーティーという言葉で藤巻君を思い出して、中村さんの予定を確認する。しかし、此処で何故か中村さんが怪訝そうな表情を浮かべた。
「24日か25日だよね? あれ? 藤巻君が聞いて来た?」
「うん、ついさっき自習室に来て、24日か25日の予定聞かれた。家のクリスマスは23日だから24日と25日は空いてるけど、中村さんは解らないよって答えておいたよ」
私の返事に中村さんが更に不思議そうな表情を浮かべる。
「それって、あ~~~、藤巻君の質問に私の予定って入ってました?」
「ん? クリスマスってどうするのかって聞かれただけかな?」
そう言えば中村さんの名前は出ていなかった?
私が首を傾げていると、中村さんは思いもしない言葉を発する。
「あの、それって鈴木さん個人の予定を知りたかったのでは?」
「え? 何で? え?」
その後、私は家に帰る車の中で中村さんにあれやこれや質問される事になるのでした。




