58 結局は頑張らないとっていう事です
とりあえず私が敵視され始めた理由は判りました。
ほら、良く言いますよね? 人の悪口を言うとより憎しみが膨らみますよ。だから人の悪口は言っちゃ駄目ですよって。仏教の教えでしたっけ?
それはもう良いとして、気になるのはお姉ちゃんの噂です。なぜ犯罪者なんて言葉が出て来たのか。そして、その噂の根拠や発信源もだいたい掴めたようです。
「えっと、お姉ちゃんがした犯罪って何なのか判ったんですか? やっぱり例のストーカー事件絡みでした?」
「そうねえ、それくらいしか思い当たらないわね」
「良く解らんが日向は真面目な子だぞ?」
原因が聞けたという事で、当初想像していた事かと思いました。ただ、話を聞いていくと思いもよらない内容でした。そもそも、なぜ同期生でもないお姉ちゃんの話を加納さんが知っているのかと言うと、私の悪口を言っている時にしばしば話題に出るからだそうです。お姉ちゃんが卒業するまでは、頻繁にお昼を一緒に食べてましたからね。勿論、美穂さんもご一緒でしたが。
「例のストーカー事件の事は知らない様でした。そもそも、日向さんと犯人は学年が違いますし、日向さんと日和さん達とは更に学年が違います。その為、私は当初からこの事件で犯罪と結び付ける事は難しいと考えていました」
「え? そうすると他に姉が関わりそうな事件があったんですか?」
私達が首を傾げると、熊谷先生は一枚の紙を提出してきました。
「読んで頂けると判りますが、日向さんが金鯱高校の3年生だった時に、虐め問題で退学した女生徒が居たみたいです。この女生徒を虐めていたのが日向さんだという話になっていました」
「え?」
渡された紙に目を通していくと、加納さんの証言が書かれています。
「それで、私の方からこの件に関して高校へと確認を入れたのですが、個人情報に当たるとの事で残念ながらお答えいただけませんでした。被害者の担任から話が聞ければ話は早いと思ったのですが、残念ながら被害者の名前も確認できていません」
「でも、加納さん達は詳細を知っているんでしょ? 噂していたくらいだし」
私が在学している時もそうでしたが、虐めは大なり小なりありました。
私自身は蚊帳の外というか、松田さん達と仲良くなるまでは孤立していましたし見方や受け取り方によっては此れも虐めと言ってもよいのかな? そんな私は別として、それ以外にもやはり虐めと思しき事は見ましたし聞きました。それを苦にして通信制の高校などに替わっていった子もいたのを覚えています。
「これも伝え聞きでハッキリしませんでした。日向さんに話をお聞きしたのですが、虐めをする理由が無いしグループなど組んでいなかったから有り得ないそうです。小学生時代からのご友人と常にご一緒されていましたので、この点は間違いないと考えています」
「お姉ちゃんは何時も美穂さんと一緒だったからね。それにお姉ちゃんって余り周りの人に興味ないから、虐めとかはしないと思うな。でも、嫉妬とかはされていそうかな?」
今ならわかるんですが、お姉ちゃんはファッションにしろ他の事にしろ前世の記憶を持ってる為に今の時代に左右されないんですよね。だから周りの目も評価も気にしないし我が道を行っています。似合う似合わないなど忖度せずにズバッと言うので苦手な子もいるかもですが、時代を先取りしているなどで私が見る限りでは人気は有りましたよ。
「恐らく其処ら辺が発信源かと思いますが、虐められた相手が自殺未遂を起こしたなど色々と噂されていたようですね。加納さんがその噂を聞いたのは、実習に入った時の看護士からだそうです。ちなみに、その看護士は日向さんの同級生との事でした。名前も確認いたしました。こちらの件は今後どう対応するか日向さんとの打ち合わせ待ちです」
「あ~~~、そっか。医学部だけじゃないもんね。それに、あっちは4年で卒業しちゃうけど実習なんかでは一緒になったりするかあ。お姉ちゃんだとアウト・オブ・ガンチュウで気にもし無さそう」
棚田医大は医学部以外の学部もあります。その一つが保健衛生学部です。ここは看護学科やリハビリテーション学科などが含まれていて、大学での実習などで一緒になる事もあります。
お姉ちゃんの性格的に、此処で相手の悪感情などを引き起こしそうだなあ。相手次第だと思うけど、同じクラスだったりしたらねえ。
「此方は証言の裏付けなどが無い為、今回の加納さんの騒動を起点とした内容証明郵便などでの警告止まりになると思いますが、しないよりは良いかと」
「そっかあ。色々と絡んでるね」
人の気持ちという物は、何かと面倒ですよね。相手も軽い気持ちで話したのかもしれませんが、こんな大騒動の切欠になっちゃいましたからね。
騒動の原因はだいたい掴めてきましたが、ここからの落し処が問題となります。なんせ訴訟沙汰になっていますし、加納さん起点の騒動は私が知っているだけでも2回目です。
「問題は落としどころですが、今回掛かった費用は全額負担する。。後期の半年間休学させ反省を促す。改めて鈴木家へ謝罪に伺う。そして、他に何か要望が有れば受け入れるので、何とか訴えを取り消して欲しいとの要望がありました事をお伝えさせて頂きます。合わせて前科が付いた場合ですが、恐らく大学側からも何らかの処分が下ると思われます。まあ、良くて停学、最悪は退学でしょうか」
「大学側の処分もあるんだ。まあ、裏口入学とか言ってたし大学としても訓告くらいしそうだよね」
「前科のあるお医者さんって嫌よね? そりゃあ大学も退学を検討するわよねえ」
「しかし、頑張って娘を大学に入れたら退学など、親としては堪らんな」
お父さんが割とまともな事を言うけど、その相手にターゲットにされたのは自分の娘だぞ? まあ、私としても相手のご両親には同情するけど、育て方が悪かったと反省を促したい処もある。
結局、お姉ちゃんを交えての話し合いで結論を出すことにして今日の所はお開きになりました。
そして、その日の夜にお姉ちゃんを交えて打ち合わせを行いました。
「ふ~ん、そっか。宮本さんと金井さんね。ごめん、どっちも覚えてないわ」
卒業アルバムを見ながら、例の噂を流した主犯と思しき二人を特定します。しかし、案の定お姉ちゃんはその二人の事を覚えていませんでした。
「同級生って言っても、クラスが違うから覚えてないって。日和だって隣のクラスの全員は覚えてないでしょ? それと一緒」
「その二人って1年の時同じクラスだったよ」
言われてみるとそうかなって思うけど、一緒に来ていた美穂さんから思いもよらない情報が入ります。
「え? そうだっけ?」
「うん。まあ、何方かと言うと大人し組? 教室の隅っこで生息しているタイプ」
「えっと、私と同じようなグループって事です?」
ほら、女子の1軍とか2軍とか言いますよね? お姉ちゃん達は強いて言えば遊軍? 良く解りませんが、私は二人と違って隅っこ族だと思います。
「え? あ、違う違う。この二人って教室の隅っこで集まってグチグチ言ったり、他人の陰口を言ったりして満足してるグループ。高校に入って成績が一気に下から数えた方が早くなって落ちて行った組とも言うかな? 中学ではクラスだと1番とか2番だったんだろうけど、そんな人が集まった高校だから仕方ないんだけどね」
「いたねえ、そんな連中。まあ、それでも進学校だったから其れなりの大学に入ったんだろうけど。そっか、そういう連中こそ虐めとかしてそう」
まあ、目標に向かって必死に頑張ってる人って他に目をやる余裕もないですよね。目標が高すぎた私なんか特にそうでした。そう考えると何とも言えない気分になります。
「そういう人って極一部なんだって知ってるけど、それでも嫌な気持ちになるね。聞いている限り看護師にはなったんだろうけど、そんな人が看護師で大丈夫なのか心配になる」
「入院中の虐待とか偶にニュースになるからね。でも、そういう事をする人って本当に極一部よ? 大体の看護士達は真面目だから。まあ、年配のお局さん的な人は居る所には居るけどね」
「うん、あれはしょうがない。ああいう生物だから。研修医って経験が乏しくてどうしても甘く見られるからね。仕方ない」
そっから始まってお姉ちゃんと美穂さんの愚痴が出るわ出るわ。それぞれが現在勤務している所で色々とあるそうです。ただ、そこは経験が少ないのだから仕方が無いと思ってはいるそうですが、中には質の悪いのもやっぱりいるそうで。
「何時かぎゃふんと言わせてやる!」
「だね! 舐めるなよババア!」
うん、何か怖いですね。敵に回して良い人と駄目な人は見極めましょう。
話が思いっきり脱線してしまいましたが、結局のところ今回の騒動は相手の提案を飲む方向で決まりました。ただ、次は無いぞと言う脅し付きです。
「これで懲りてくれれば良いけど、別の所で問題起こしそうだよね」
「こっちに被害が来なければ良いでしょ? 学年も変わる事になるし、ただ日和が留年したら意味が無いんだから頑張りなさい」
うん、結局は頑張らないとという事で、加納さん騒動は一先ず落ち着くといいなあ。




