57 1個ずつ片付けないと
その日のうちに弁護士さんの所に加納さんのご両親から連絡が入りました。
詳しい事は今後の話し合いの中で明らかにされていくと思うのですが、最初に送られた内容証明付きの郵便は、何と加納さんが直接受け取ったためにご両親は知らなかったそうです。そして、警察から名誉棄損で訴えが起こされた旨の連絡が届き、そこで初めて加納さんのご両親は娘が起こした騒動について把握したそうです。
「明後日に私共と彼方との第一回の擦り合わせを行う予定でいます。まず論点となるのは自習室で行われた会話を彼方が認める所から始まります。その後、その内容の何が真実で、何が名誉棄損となるかを認識共有すると共に、発せられた内容、特にお姉さまである日向さんの犯罪歴などの発言。この発言がどういった経緯でそう認識されたのかを明確にします」
熊谷先生が我が家を訪れ、今後の進行に対し説明をしてくれます。
私とお母さん、そしてお父さんも今回は参加しています。まあ、仕事も止めて暇なんですよね。
「その加納と言うお嬢さんだが、何で日和や日向を敵視しているのかを知りたいな。高校も別らしいし、住んで居た地域も違う。日和も特に親しかったことも無いのだろ?」
「入学直後は何回か会話したよ。か行とさ行で名前が近かったし、でも医者の子供じゃないから直ぐに相手にされなくなった。あっちは医者の子供達で集まって行動してたから」
私はそういうと中村さんを見る。
「私も最初は加納さん達と一緒に行動してました。やっぱり親が医者という共通点があるのは安心できたので。ただ、直ぐに離れましたけど。ノリと言うか、相性というか、何か合わなかったんです」
親が医者という生徒はやはり裕福な子が多い。通学時に外車や国産高級車に載って来る生徒も多く、教授や助教よりも良い車に乗っているなどという笑い話すらあったりする。
「確かに生活水準が違ったりすると一緒に遊び辛くなるのは判るけどね。無理して高水準に合わせても、どっかで破綻するよね。人に奢ったり奢って貰うのも気を遣うから、そう考えると一緒に遊ぶにしても金銭感覚は近い方が良いかな」
中村さんの話を聞いて、私はそう答える。医者の娘とは言え、中村さんも決して自由になるお金が多かったとは思えないし。
「え~~~っと、うん、そうだね」
何か中村さんが歯切れの悪い返事をする。私は首を傾げて中村さんを見ると、中村さんは思いっきり苦笑を浮かべた。
「3千万円をポンって貸してくれる鈴木さんが言うと違和感があって」
「普段の私って全然庶民派だから! 服とかだって殆どお姉ちゃんのお下がりだよ!」
確かに結構なお金を持っていますよ。余裕で働かなくて遊んで暮らせますけど、今までの努力を無駄にする気は有りません。そもそも、私は小市民なんです!
「そうね。日和は一万円の買い物をするにも数日は悩むものね。良く中村さんにお金を貸そうって決断したって驚いたわ」
「そうだな。中村さんが来るまで普通に家の中ではジャージで生活してたからな」
何か旗色がどんどんと悪くなるんですが! 熊谷先生なんか思いっきり笑いを堪えています。
「私の事はいいの! 本題いって、本題!」
変な方向に話が向かう為、軌道修正をして今後の落し処を改めて考えます。
「疑問点は大きく分けて二つよね? 何で日和を目の敵にしたのか。それと、日向に対するデマを何処で聞いたのか。金鯱高校だって思いっきり醜聞ですから広めたりしなかったと思うの。ましてや未遂だから結局不起訴になったでしょ? 本当に何処からそんな話を聞いたのかしら」
「だよね。全校集会でも個人名は出なかったんでしょ? 相手の人は兎も角、お姉ちゃんは普通に通学してたし、お姉ちゃんが被害者だって知ってる人は少ないって言ってたよ」
その当時の事を思い出してもらったんだけど、ストーカーの3年生は自主退学したらしい。その後の事はお姉ちゃんも詳しく聞いてなくて、噂では病院に入院と言うか隔離されたって言われてたって。その際もターゲットになったお姉ちゃんの名前は広まってなくて、3年生の誰かがターゲットになったんじゃないかって言われてたらしい。
「そもそも日向が加害者って言われたんでしょ? 全然違う話の可能性もあるし、そこは詳しく聞きたいわね」
「そうだな。勝手に娘を犯罪者扱いされるなど許せんな」
今まで子供に無関心だった父が、珍しく怒りを顕わにしている。
あんなに子供の事に無関心だった父だけど、会社を退職後は以前よりは家族の事を気にするようになった。まあ、お財布をお母さんに握られていますからね。それでも、会社と言う組織から外れた事で、以前ほど見栄を張らなくなったと言うのもある。
「まあ、仕事命ってのが恰好が良いって時代を生きて来たからなあ。せめて同期よりは出世しないととか、自分にプレッシャー掛けないと潰れそうだった。まあ、ゆったりスローライフなんざ考えもしなかったな」
お母さんと二人で色々と話し合った時に、そんな事を言っていたらしい。
「お父さんって融通の利かないひとだから。何か憑き物が落ちたようだって自分でも言ってたわ。それでも、根底にある見栄っ張りはやっぱり残ってるけどね。まあ、そこまで無くしちゃったらお父さんじゃないわね」
お母さんはそう言って笑ってたけど、まあ、それも余裕があっての事だよね。こんな事を言ったらダメなんだろうけど、お父さんってやっぱりお父さんだなあって思います。
で、そんなお父さんが怒りを顕わにしているけど、それ自体は子供として嬉しくはあるけど、とにかく今は今後の事について具体的な話を進めていきましょう。
「当初の打ち合わせ通り、彼方との話し合いは熊谷先生にお任せします。私が知りたいのは、一番に姉が犯罪者だと言う誤った情報を何処から得たのか。次に一番目と関連するかもですが、なぜ私の事を敵視していたのか。この2点でしょうか? 慰謝料とかはお任せします。多分ですけど、熊谷先生への謝礼金にすら届かないと思いますので」
「判りました。その様に取り計らいましょう。慰謝料は、今回のケースですと取れて10万くらいでしょう」
噂自体の広まり具合、社会的な影響、様々な要因で慰謝料は変わるのです。今回のケースでは争点となる場所が自習室に限られる事、内容的にも社会的な影響は限定的な為に持ち出しが多くなりそうなのです。
「日向の事はお母さんも気になるわ。何を勘違いしたのかぜひ知りたいわね」
「犯罪者呼ばわりされたからね。相手の態度によっては最後まで争うよ。とりあえず裁判費用とかは気にしなくて良いです。裁判でしか細かな内容を言えないってなったら、思いっきり裁判をします。そのせいで相手に前科が付いたとしても気にしません」
ここで覚悟を決めておかないと、熊谷先生も動き辛いでしょう。というか、既に覚悟は決めていました。既にお姉ちゃんとは話し合っていて、なあなあで済ますのが一番良くないとの結論をだしたのです。
「判りました。まずは早急にあちらと話し合うように致します」
熊谷先生は、そう告げると足早に帰っていきました。
それから一週間が過ぎ、ここである程度の妥協点が見いだせたようです。熊谷先生とは都度報告を頂いていました。
「え? 切っ掛けは鞄ですか?」
「はい」
熊谷先生からの報告で、まず加納さんが私を敵視していた理由を伺いました。すると、思いもしない内容を聞かされました。
加納さんが私を敵視と言うか、意識し始めたのは入学式の時らしいです。で、その切欠と言うのが私が持っていた鞄だそうです。その鞄は大学生になったのだからとお姉ちゃんからプレゼントされたお高いブランドの鞄でした。
「1点豪華主義でも良いから、それなりの物を持ちなさい。周りから侮られなくなるわよ」
そう言ってプレゼントされたんですが、何とその鞄が加納さんが持っている鞄と同じだったらしいです。そして、その鞄絡みで話しかけたは良いのですが、そこで上手く会話が成り立たなかった。更には私が父親は普通のサラリーマンと言った事で加納さんの中に何とも言えないシコリが出来たみたいです。
「それで、サラリーマンの娘なのにブランド品の鞄や服を普通に身に着けている。なんか変だぞ? こいつなんだ? ってなったと?」
私の言葉に熊谷先生は頷くと、更に話を勧めます。
「まあ、こういう仕事をしていると良く聞く話ですが、一度気になると言うか、目につくとその後も自然と気になるものらしいでのです。そして、最初に抱いた疑問がサラリーマン家庭のはずがない。ブランド物の鞄や洋服など、サラリーマン家庭だったら絶対にありえないと」
「あ~~~、それで水商売?」
「はい。彼女の仲間内でその話をしていた時に、自然とそういう話になったそうです」
ここでも熊谷先生は頷きました。ただ、最初の鞄以外はお姉ちゃんからのお下がりというか、貰いものばかりなんですけど。私はブランド品に興味が無いので、お手軽価格のウニシロの服を良く買います。愛用していると言っても過言じゃありません。
「ウニシロの服を着ている時の方が多いんだけどなあ」
何とも言えない気持ちになりますが、人とは見たいものを見ると言います。此処で熊谷先生に反論意味が無いですよね。
「そこで話題になったのがお姉さんの事です。話題の内容は、やはり姉妹で私大医学部はおかしいとなります。まあ、学費だけでも一人4千万くらい掛かります。普通はおかしいと思いますか」
そこで熊谷先生は苦笑を浮かべますが、私としても其処は否定しずらいですね。奨学金に頼るにしても、少々心臓に悪い金額になりますから。
「此処までは宜しいですか?」
「はい。納得したくないですが理解しました」
問題はこの後ですね。お姉ちゃんを犯罪者と言った理由と根拠です。




