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45 平穏が一番ですよ

 お父さんの早期退職、お金がある事を知られているので色々と心配していたんですが、これといった騒動も無く月日は過ぎていきます。


 そんな過ぎ去る月日の中で、私は改めてお母さんとお姉ちゃんの3人で今後の事を打ち合わせします。

 今、周りに問題が無いからと言って油断すると怖いんですよ。


「でね、権力者とかに狙われるんだ! 力が無いとあっという間に怖い事になるかも?」


 私の発言に、お姉ちゃんは思いっきり溜息を吐きました。その横でお母さんは笑っています。


「日和、現実とフィクションを混同しないの。またラノベ辺りから得た知識でしょ?」


「でも、参考に出来る物がないよ? それにラノベだって馬鹿に出来ないと思わない? 何となく真実の一端があるっていうか、皆がそう思うって事は闇がまったくない訳じゃ無いと思う」


 そりゃあ昔に比べて色々と法律ができているし、ネットなんかも発達して暴力を伴う犯罪がしずらくなっているとは思う。まあその分、この先は特殊詐欺などが増えるんだけどね。でも、実際にどれだけ権力やら、暴力の事件が起きていても表に出ていないだけかもしれないし、やっぱり油断は出来ない気はする。


「それなりの対策はしたでしょ? 心配していても切りが無いし、ラノベはラノベよ」


 お姉ちゃんはそう言うけど、それこそ後で後悔はしたくない。


「一応、今度出来るマンションのセキュリティーは強化したよ。防犯カメラも抑止効果狙いで入口にデーンと付けるし。それに警備員さんも常駐させるでしょ? だけど心配は心配なんだよね」


 新しいマンションには入口ロビーにカウンターがあって警備員さんを1名常駐させます。思いっきり抑止効果狙いですが、居ないより居る方が良いとの判断です。


「あ、会社の登記は出来たよ。私達とお母さんを役員にして、お父さんも社員にした。お給料を幾らにするかとか税金対策も考えて今度会計士さんも交えて打ち合わせするからね」


 忘れないうちに伝えておかないとですね。お互いに忙しくて忘れてしまいかねません。


 車とか、運転手兼ボディーガードさんを雇うのも経費で落とします。住んで居るマンションのセキュリティーは個人で行っていますけどね。


「了解、候補日を何日か連絡頂戴。あと、私と美穂もそっちに引っ越すから。一緒になっている方が安全でしょ?」


「うん、最上階は鈴木家で押さえるから。でも、個人で出来る安全対策って限界あるよね。心配しだしたら切りが無いし、ラノベとかで怖い奴だと一般人だとどうにもならない」


「だから心配しすぎ!」


 私に限っては何処かに出かける時も常に運転手兼ボディーガード付きです。お姉ちゃんも当初嫌がっていたんですが、今は同じく運転手兼ボディーガード付きになりました。


「駐車場とかって結構無防備になるんだよね。何かちょっと気になったの」


 どうやら今研修を行っている病院の駐車場で不安になる事があったらしい。具体的に何かがという訳では無いらしいけど、何かが気になったみたい。そこで油断して身に危険が降りかかってから後悔するよりはと今の現状を受け入れました。


「そうねえ、お母さん達は暗くなって出歩くことを止めたわ。そのお陰で特に気になる事は起きていないわね。でも、日向や日和の場合はどうしても行動パターンが固定されているから気を付けないとね」


「うん」


「そうだよね」


 お母さんの言葉じゃないけど、毎週の行動に大きな変化は少ないです。その為、予定を把握されやすいし、そうなると誘拐とかも怖いですよね。


 という事で、私は毎日送迎される状況になっています。


 そうなると発生するのが鈴木家お金持ち説! 入学当初にも姉妹揃って棚田医大の医学部という事で何かと騒がれました。我が家ではなくお祖母ちゃんが資産家で援助してくれていると逃げていたんですが。


 そこで始まる噂が凄い。


 何やら相続関係のゴタゴタで狙われている。身辺警護が必要になったのでは? などの噂が独り歩きしているそうです。相続ではないですが、身辺警護は間違いではないので特に否定はしませんでした。


 1年生の頃から交流のある人達に遠回しに色々と聞かれることはあるのですが、全てお母さんサイドのお祖母ちゃんがなどと誤魔化します。今の処は大きな問題にはなっていませんが、資産家の孫という色眼鏡が発生するのは致し方ない?


 でも、お祖母ちゃんありがとう! すっごく助かってます。


 それは兎も角、まずは無事に卒業し医師免許を所得する事が重要です。医師免許が取れなければ今までの苦労が水の泡です。幸いな事に身の回りは平穏に過ぎている事から、勉強に集中します。


 医学部の5年生になると実習が主体となって、各診療科を回りながら実際の患者さんとの遣り取りが始まりました。4年生までに学んだ事を、実際の現場で紐づけていくんです。

 特に患者さんとのコミュニケーションなど授業では学べない事も多いのですが、そこは一応社会人経験者です。自分でも其れなりに無難にやり過ごでていると思っています。


「鈴木さんは何でも卒なく熟しますね」


「え? あ、ありがとう。そう見えてたら嬉しいかな? まあ実際は結構ギリギリなんだけどね」


 今日の臨床実習を終えてグループでレポートを作成している時に、同じグループの人から唐突に話しかけられました。実習自体は決められた学生5人でグループを作ります。そのグループは1年間固定となる為、仲の良い子で組みたいのですが、メンバーは学校側から指定されちゃいます。


 私は咄嗟に生返事を返しながら声の主を辿って顔を上げると、同じグループの坂崎君が此方を見ていました。


「表計算のソフトやグラフ作成ソフトも器用に使うよね? 凄い助かってるよ」


「うん、それは思った。大学に入ってから使う様になったけど、僕はワープロソフトが限界だから助かる」


「あ、私もそう思った! タイピングとか今も全然慣れないし! 変な所を押しちゃってデーターが可笑しくなるのが怖い!」


 他のメンバーも次々に褒めてくれます。ただ、表計算ソフトなどは前世の仕事では普通に使っていました。多少使い勝手に違いがありますが、単純な表やグラフなので苦にはしません。その点だけで言えば前世の経験に感謝ですね。


 その後も、会話を交えながらレポート作成を続けていきます。そんな中、会話はここ最近の実習内容へと変わっていきました。


「だよね、解剖実習は慣れないよね」


「解剖って言うか、ホルマリンのあの匂いがキツイ。衣服にも匂いが染込んで、洗濯してもぜんぜん取れなくなる。あれが嫌だなあ」


「ホルマリンの匂いも嫌だけど、私はやっぱり遺体が怖いなあ。慣れるんだろうけど、夢に出てきて飛び起きた事ある」


「判る! 情けないけど部屋に一人でいると夜とか怖い。誰も居ないのについつい後ろ気にしたり、風呂場で頭洗うのが怖かったり」


 ワイワイとあるあるな話をしてはいますが、まあ何と言っても献体といってもご遺体ですからね。


 勿論、献体して頂いた感謝は忘れずにいるのですが、本音を言えばやはり怖いです。

 決して口には出しませんが、どうしても慣れないと言うか、起き上がって来そうな怖さと言うものがあります。それと、ご献体って腐らない様にホルマリンのプールに漬けられているんです。そのホルマリンの匂いも独特で手袋や作業着に匂いが染込みます。


 あの匂いは私も慣れないのですが、まあ良い意味で一度死んだ経験が生きているのでしょうか? 怖いという思いも多少は緩いかも? そのお陰もあってご遺体を使用させて頂く事に対する申し訳なさとか、ありがたさと言った感謝の気持ちが強いです。


 まあ、半分くらいは強がりですけどね。


「わざわざ献体として提供していただいたんだから、しっかりと身に付けないとって思うんだよね。でも、献体とは言え人にメスを入れるのは怖いな」


「まあなあ。いずれ慣れるのかもしれないけど、それでも怖いのは判る」


「自分としては感謝の気持ちが無くはないけど、やっぱり不気味っていう感覚の方が強いかな。どうしても動きそうとか考える」


「ゾンビ映画とか流行っているからなあ」


「ゾンビって言うよりバイオ系だね。ゾンビとは違ってパンデミック系っていうのかな?」


 何か話が逸れて行く。

 皆の話題の中に、所々私には良く解らない内容が入る。その為、思いっきり聞き流しながら作業を行う。


「まあ、死体にも慣れていくんだろうけどさ。検視官になったら毎日の様に死体とご対面だろうし、死体を怖がってたら仕事にならなくなる。僕としては怖さで言ったら生きている人にメスを入れる方が何倍も怖い」


「それは私も良く解るなあ。まだ見学のみだけど、実際に自分で執刀するって考えると怖いよね」


 ここで藤巻君が納得の話をするので、私も思わず大きく頷き返しました。


 先日、私達は実際の手術に立ち会いましたが、その時の現場に漂う緊張感は凄かったですね。


 私は何となく手術を受けている患者さんに感情移入しちゃって、かってに痛そうだなとか、大丈夫かなとか、心配している内に過呼吸になりかけました。


 すぐに立ち合いをしている看護士さんが気が付いてくれて、慌てて深呼吸をしたのを思い出しました。あとで話を聞くと、私以外にも毎年何人もの学生が貧血を起こしたり、過呼吸を起こしたりするそうです。その手術自体は予定通りの時間で大きな問題も無く終了したんですが、手術に立ち会っているだけで凄く疲れて、体力が必要だと痛感しました。


「先日の立ち合いで外科は体力がいるなって痛感した。今のままだと何時間も執刀するって考えられないって言うか」


 率直な意見を言うと、他の人達も同じように感じてはいたみたいです。


「体力勝負なところはあるよね~。私も外科医は厳しいかなあ。狙うならどこかなあ」


 同じ女性という事で、中村さんも私と同様の感想を持ったみたい。私達はこれから色々な診療科を回るのですが、最終的に目指すところを見定める必要があります。向き不向きなどが勿論ある為に、将来の自分をイメージしながら実習を受けないといけません。


「これからは高齢者が増えるから、整形は良いみたいだよ? まあ、老人の対応が多くなるだろうけど」


「将来的な開業を考えると耳鼻科も悪くない。でも、産婦人科は無いかな。少子化の影響を思いっきり受けるし、訴訟リスクも高い」


 出産は、これだけ医学が発展したとしても未だに母子共に命の危険が高いです。

 もし母子に何かあった場合、子供が生まれると言う喜びや期待などのプラスの感情が一気にマイナスに振り切られます。そして、その悲しみや怒りの感情が医師に向かう事はよくある事。

 その為、産婦人科は訴訟リスクが高い診療科という認識になっています。


「後さあ、定年を考えると何処かで開業を考えないと駄目だよね? 60で定年して悠々自適なら良いけど」


「60で開業しても元取れるか? どこかの個人病院を引き継ぐなら判るけど」


「私は心療内科や老人科はちょっとパスしたいかなあ。何か怖い」


 実際に何科へと進むかを決めるのは国家試験を合格して、その後にはじまる研修を経てからとなります。大学で6年間学ぶとはいえ、浅く広く学ぶ為に専門知識が必要な専門医になるには更なる修業が必要なんですよね。


 雑談を交えながらレポートを仕上げていきます。そんな中、雑談は坂崎君のせいで横道へとズレていきました。


「そういえばさ、宮下さんのグループが最悪らしい。何か中でイザコザが起きてるって」


「ん?」


 彼は相変わらず突然話を変えますね。私を除いた他のメンバーは発言に特に反応する事なく、私のみがついつい反応しちゃいました。


「あれ? 鈴木さんは聞いてない?」


「えっと、私はそういうのに疎いから」


 他の人の反応を見るに、あまり良い話題ではなさそうかな。という事で、深入りせず撤退を選ぼうとしたんですが、坂崎君は空気を読みません。


「う~ん、そっか。まあ鈴木さんってボッチっぽいからしょうがないかな」


「おい、坂崎。そこで止めとけ」


 藤巻君が坂崎君に注意します。一応、何となくこのグループのリーダーは藤巻君って感じになっています。まあ、彼は1年留年していて私達より1個年上のせいかもしれませんが。


「え~~~、鈴木さんが知らないなら知っておいた方が良くない? 巻き込まれると面倒だよ? まあ、お姫様と取り巻き集団って感じだから関わらなきゃセーフかな?」


「うん、関わらなきゃセーフ。だから黙っとこ」


 まあ坂崎君の言いたい事は分かるんですが、知らなくて良いなら知らないで済ませたい気持ちもあるんです。で、グループの他のメンバーの様子を見る感じでは、明らかに関わらない方が良さそうなんですよね。


「私も聞かなくてもいいかな。そもそも今までも関わりなかったし」


「そっかあ。まあ、聞きたくないならいいや」


 坂崎君もそこで素直に引いてくれたんですが、これが思いっきりフラグになりそうで嫌ですね。でも、お姫様と取り巻き集団ですか。ラノベで良く見る題材ですが、現実でするかあ。


 確かに宮下さんって可愛い系を狙っているっていうか、目指している感じはしましたね。はい、天然ぶってましたけど、あれはねえ。女は怖いのです。


 その後、自習室の閉鎖時間を迎えて今日は解散です。

 みんな自分の車で通学している為、私は一人でお迎えの車を待っています。まあ、一人と言っても大学病院の警備員さんがロビーの奥にいますけどね。


 私がお迎えを待っていると、何か言い争う声が聞こえてきました。声の聞こえて来る方へと視線を向けると、女性一人と男性三人が何やら言い争っているみたいです。


「噂の宮下さん達かあ」


 同級生で同じ女性という事で多少は交流があります。ただ、私は鈴木であちらは宮下という事で学籍番号も離れていますし交流と呼べるほどの事は無いですから、お迎えの車が来た事もありサッサと自宅へと帰宅しました。


 関わりませんよ? 面倒ですから。

うん、ものすごく苦戦しました。

書いていて面白くないぞって思って何度も書き直し。

お話は書けば書くほど変わっていくし・・・・・・。

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― 新着の感想 ―
藤巻君、一人称が『僕』だし、なんだか牧歌的というか、穏やかな印象もあるし、もしかして…? 楽しみです
いつも楽しく読んでます。解剖実習は医学部2年とかに受ける事が多いのでやや違和感ありでした
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