36閑話 お勉強はラノベです
試験前などに発売されるお気に入り小説の新刊。その発売タイミングのなんと罪深い事だろう。勉強しなければ、でも読みたい! 試験が終わったらのご褒美、待てない! 今読みたい! 誰もが経験した事のある葛藤に苛まれながら、私はチラチラと机の上に置かれた小説を見てしまう。
「日和、貴方、そんな状態で勉強して頭に入ってるの? ほら、お母さんが預かっとくわよ」
「あ、あ、ちょっと待って!」
私の様子に呆れたお母さんが、机の上に置かれた小説を手にテーブルから立去ろうとする。慌ててお母さんに待ったを掛けるけど、お母さんは扉の前で私に振り返った。
「試験頑張らないとなんでしょ? 試験が終わってから買って来れば良いのに何で買って来ちゃうの」
思いっきり呆れられています。
でもですね、試験が終わってさあ此れからっていう時に、もし本屋さんで売り切れていたらショックですよね? 売っている所を探して近場の本屋さん数件回る自信がありますよ?
そんな思いを視線に込めてお母さんを見返しますが、お母さんには全然思いが通じなかったみたいです。
「そんな目をしてもダメです。まず試験に集中しなさい! その為に食卓で勉強しているんでしょ?」
そうなんです。自分の部屋だとツイツイ他ごとに気が散って勉強以外の事を始めちゃいそうで怖いんです。試験が近くなると特にその傾向が強くなりそうで、小学生の頃から勉強は食卓でするように習慣付けしました。小さい頃はお姉ちゃんもいて、解らない処を聞くことも出来て便利だったのもあります。
「う~~~、うん、頑張る」
自分の意志の弱さを十分に理解しているので、仕方がないと気持ちを切り替えて目の前の勉強に集中しました。
そして、無事に試験期間を乗り越えた私は、お母さんに預けていた小説を返してもらいますが……。
「お母さん、これ、先に読んだよね?」
「ええ、面白かったわよ? 内容を教えちゃうような鬼畜な所業はしないから安心して」
満面の笑みで私を見るお母さんですが、何とも言えない複雑な気持ちで手にした本を見ます。
「ううう、本に思いっきり折り目が付いてる」
「それくらい良いじゃない。細かい子ね」
私って本に折り目を付けないで読む派なんです。でも、お母さんは教科書みたいに一ページ一ページしっかり折り目を付けて読む派なんですよね。その為、お母さんに本を貸すと思いっきり折り目が付きます。
買ったばかりの、ましてや私が未読の本にこれをされると気分がちょっとなんですが、自分の本を古本で売るのは何となくな私の為、お母さんは全然気にしてくれません。
「むぅ~~、でも、面白かった?」
「そうねえ、ちょっと興味深かったわね」
「あ、いい! そこで止めて! 読んでから聞くから!」
何とも不思議な感想が返ってきました。ただ、私は具体的な内容がポロリと零れる前に話を止めて、まずは本を読むことに集中するために部屋に籠ります。
そして、2時間ちょっとで小説を読み終わりました。
危なく夕ご飯を跨ぐ所でしたよ! 良い所で読むのを止めるのは心理的に厳しいですからね。ずるずると引き延ばして怒られる姿が目に浮かびます。それを思えば夕ご飯前に読み終われてほっとしました。
「あれ? お父さんは?」
「遅くなるから先に食べていてって。もう少し早く電話くれれば良いのに」
ちょっとお母さんはお冠ですが、私はそのお陰で小説を読み切ることが出来たので助かりました。そして、夕ご飯を食べ始めるのですがお母さんと二人なので普通に小説の感想になります。
「最近、チラホラと逆行系の話が増えて来たね。でも、戦国時代とかが多くて、まだ現代はタイムスリップがメインだけど」
「そうね。タイムパラドックス、バタフライ、未来からの暗殺者とか色々あるわね」
「タイムパラドックスかあ。でも、パラレルワールドなら普通にできそうだよね」
別に過去に戻って親を殺したいとか思わないですよね。結果がどうなるかは複雑で悩ましい所ですが、下手すると自殺のようなものですから。平行世界っていう概念? が生まれたのも辻褄合わせなんでしょう。ただ、逆行転生が何かの説明になるかといえば全然ダメなんですけどね。
「今の自分を変えたいっていう願望は昔からあったもの。ヒーローものとかも根底にあるのは其処よね。私だって逆行前はしょっちゅう転生したい、やり直したいって思ってた」
「そうね。お母さんも宝くじ当たらないかなぁとか思ってたわね。これも似たような事よね?」
結局のところ、そういった願望や妄想などから小説が生まれるんだろう。
「自分の願いが少しでも叶ったような気がするから、楽しい気持ちにしてくれるから小説は売れる? その割には後味が思いっきり悪い本もあるけど」
「誰も生き残らなかった話とかかしら? あれは日本海外問わず昔からあるわね」
「あとほら、助かったと思ったら最後のエンドロールで不安にさせるやつ!」
「B級ホラーあるある?」
うん、何か本題からズレて行ったかな。ただ、人って明るい話だけでなく、暗い話や怖い話も結構好きだよね。そう考えると複雑だなあ。
「もっとも、日和が実際に逆行転生した事以上の驚きはないわね。それって何って小説? を地で言ってるわ。それで救われたから感謝しかないけど、今後も注意が必要なのは良く解るわ」
お母さんが手にしているのは、前に購入したミステリー小説だった。内容は突然降ってわいた遺産を巡って殺人事件が発生。兄弟親族が疑心暗鬼に嵌ってっていう良くある話? ただ、お金の怖さを良く教えてくれる内容ではあった。
「営利目的の誘拐とか、殺人事件とか、もし家の資産が知れ渡ったら普通に起きそうで怖い」
「そうね。小説の受け売りじゃないけど、お金ってやっぱり人を狂わせそう。日向が無事に医者になった途端にお金の無心とか信じられないわね」
「うん、お姉ちゃんが激怒してた。お父さんも良い恰好したいのかもしれないけど、医学部でどれだけお金掛かっているのか考えても居ないよね? 普通ならこっからは奨学金や教育ローン返済だよ? 余裕なんて欠片も無いよ?」
「あの人は全然苦労していないから、実感が沸かないのでしょうね。困ったものね」
「でも、小説のエピソードとかも参考にはなるよね。普通にありそうで怖い」
「国家権力と喧嘩なんて怖くてできないわよ?」
お母さんと顔を見合わせて笑いながら、お父さんには絶対に我が家の資産状況を伝えない事を確認してその日の夕飯は終わりました。ただですね、世の中と言うのは色々と流言飛語という物が飛び交うのがご時世でして、学食で一人のんびり食事をしていたら同級生の後藤君と岸田君がやって来ました。そして、私の了解を得る前に前の席に座ります。
「ねぇねぇ、鈴木さんがバイトしているお店教えてよ。今度行くからさ」
「え? バイト?」
「そうそう、土日とか出勤しているのかなって」
うん、何を言っているか判りません。私は勉強についていくのに必死でバイトをする余裕なんかありません。お姉ちゃんからもバイトをして留年するくらいなら、バイトせずに勉強しろと言われています。その為、首を傾げます。
「教えてくれても良いじゃん。噂してた加納達も店の名前は解らないって教えてくれなくてさあ」
「何なら俺達だけの秘密でもいいからさ」
加納さんというのは棚田医学部の同期生です。苗字が近いので1年の頃に何度かやり取りしましたが、ちょっと裏表のある性格っぽいのが見えて来たので1年の後半からは距離を置いて挨拶程度の関りしか持っていません。
「言ってる意味が良くわかんないけど、バイトは一度もした事無いよ? バイト出来る程余裕ないから」
「またまた、教えてくれても良いじゃん。俺、お金落とすよ?」
うん、言っている意味が猶更に判りませんね。ただ、このまま放置しても良い事でも無さそうな気がします。
「別に隠しているとかじゃ無くて、本当にアルバイトした事無い。姉からも留年するリスクがあるならアルバイトなんかするなって言われてるし、自分もそうだと思うから。だから後藤君が何を言っているのかが良くわかんないのだけど、加納さん達が何か言ってるの?」
「え? まじ? でもさ、鈴木さんの家ってサラリーマンなんだろ? 子供二人も私大医学部にやれるだけの余裕なんかないじゃん。で、奨学金貰って、親は教育ローン組んでお水してるって」
うん、バツが悪そうな表情を浮かべる後藤君達です。
「あ~~~、そういう話になってるんだ。うん、昔からよく色々言われるからなあ。アルバイトはやってないよ? 祖母の支援で何とかなってる。姉も同じ。知っていると思うけど、姉は昨年卒業して研修医している。その姉も言ってたけど姉妹揃って棚田だと色々誤解されるんだよね」
お姉ちゃんも何かと言われていたみたい。ただ、あちらは強力な味方が常時ひっついていたからなあ。私には棚田医大でそこまで仲の良い友達は出来てないです。高校の仲の良い友達が一緒に棚田へ進学したとかならまだしも、大学の同級生達とは打ち解ける事無く今まで来てしまった。
そして、この日を境に今度は私には資産家の祖母が居る事になったみたいだ。今まで余り関わろうとして来なかった層がやたらと話しかけて来るようになった。
どちらかと言うと私よりの大人しい真面目さん組もその一つ。外見と噂で話しかけるのに二の足を踏んでいたらしい。
「鈴木さんってどっか垢抜けた所あるし、ちょっと誤解してた。私達も加納さん達の話を信じちゃってて、ごめんね」
「う~~~ん、まあ、棚田を受験する時とかも色々言われたし気にしないよ。でも、そっかあ。何となく警戒されてたのってそれも影響あったんだ」
「やっぱり家庭環境とか気にするし。生活レベルで色々とあるよね?」
「うん、ほら、お金に細かいとか、生活レベルが合わないとギクシャクしたりとか。あと、鈴木さんは良くお姉さん達とご飯食べてたし、それこそお姉さん達って一般人じゃないって感じしたから」
「あ~~~~、うん、否定できない。でも、一応弁護しておくと着ている服とかもそんなに高くないよ? 私も姉も大須とか普通に行くし」
姉は勿論、美穂さんも美人さんだからなあ。妹の自分から見ても服装も化粧も学生っぽい初々しさが無い。正に良い所のお嬢様感が満載なんだけど、サラリーマンの娘で可笑しくない? ってなるのも判る。ただ、ブランドの鞄とかも持ってはいるけど普段使いは思いっきりリーズナブルだ。
「うん、それは鈴木さん見ていて判る。でもセンスは良いよね」
「だよね! 思いっきり真似したくなる」
「そう? ありがとう」
お姉ちゃんのお下がりというのもあるけど、あと此れも未来知識あるあるかな。この後、どういったものが流行するか分かっているから先取が出来るのも大きい。ただ、話を聞いていくと、まあ女性の集団あるあるが見えて来る。
「加納さん達が結構ある事無い事噂流している。あの子達って悪い意味でも顔が広いから、鈴木さんは気にして無いみたいだけど色々と勝手な噂を捏造されているよ」
「うん、それを信じちゃった私達が言うのも何だけど。ただ、あの噂がデマだって解って必死に弁明とかして立場悪くしているけどね」
「男子の恨み買ってるから。資産家の孫、美人、性格も悪くないってなったら誰だって彼女にしたい、あわよくば結婚したいとかなる。特に奨学金組はね」
「あ~~~」
うん、世知辛いですよね。ただ、これも姉達に気を付ける様に注意されています。ただ、変に否定するのも後々に困るから明確な発言はせず誤魔化す様にとも言われていて悩む。
ここまで来ると前世の記憶とか関係なく、持って生まれた性格とかの問題なんだよね。特に社交的とは言えない事を自覚しているだけに、全てが後手に回りそうで怖い。
私の発言に背びれ尾ひれが付いて泳ぎだすのが簡単に想像出来る。人の妬みや嫉妬とは怖いのだ。
「うちの親がサラリーマンなのは間違いがないけどね。姉が卒業したから両親もホッとしてるけど、まだ私がいるから留年だけは絶対するなってプレッシャー掛けられていて。地頭が良いわけじゃないから必死だよ」
「そっかあ。私も留年はするなって言われてる。でも、良いなあ、奨学金とか無いのは羨ましいな」
「うちも留年したらド叱られそう」
くぅぅ、思いっきりお金持ってるよアピールで黙らせたい!
出来もしないことを頭に浮かべながら、私は二人に遊ぶ余裕がなく勉強頑張ってる。それでいて資産家と言っても余裕がある訳ではなく、日々カツカツで生活しているとアピールをするのだった。




