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ここはどこだ

 それから二人は馬車の中で運ばれてきた料理を貪るように食べた。二人にとっては一日ぶりの食事だ。


「あなたどういうつもりよ」


 漸く落ち着いたベロニカは、ゲイルズを睨み付けた。


「落ち着け。アンジェニカは今日中に帰って来るんだ。そこを捕まえればいいんだから、ある意味馬車の中で待つのは正解だ」

「あ、そ、そうね」


 確かにそうだ。邸に入る前に攫ってしまえばいいのだから。


「それに、もし上手くいかなくても、ほら、見てみろ」


 ゲイルズが指さした先の扉が開いている。このとんでもなく大きな邸には、三か所扉があるが、西側の扉が少し開いているのだ。


「間抜けな奴らだ。扉が開きっ放しだ」

「あそこから忍び込むのね」

「そうだ。俺はアンジェニカの所に行く。お前は鬼畜伯爵の所に行けばいい」

「なに?知っていたの?」


 ベロニカはふんと鼻を鳴らしてゲイルズを軽く睨んだ。


「優しい夫だろ?俺は。自分の妻が他の男に股を開こうとしているのを手伝ってやるんだからな」

「ふん、下品な男ね。でも、そういうところもあなたのいい所よね」

「アンジェニカを捕まえたら俺は帰る。お前は鬼畜伯爵の後妻に収まれば問題は無い」

「凄く良い考えだわ。流石はゲイルズ様、冴えているわね」


 ベロニカは醜悪な笑顔で開きっ放しの扉を見つめた。


 さっきのことは間違いだわ。ロイド様は私が急に来たものだから、驚いて心にもないことを言ってしまったのよ。そうでなかったら、私があんなふうに睨まれるはずがないもの。ロイド様はいずれ公爵になられるお方。妻を蔑ろにしているとか言われたら大変だもの。結婚したばかりだものね。不貞?私はそんなの気にしないけど、彼にはやっぱり世間体?とか色々あるんだわ。でも、二人きりで過ごせばすぐに分かるはずよ。私が彼に相応しいって。フフフ、直ぐにあんな女と結婚したことを後悔するし、即離婚よ。フフ、また、奪ってしまうわ。悪いわね、お義姉様!ああ、早くロイド様に会いたい。二人きりの目眩く甘い時間を想像するだけで、体の敏感な所が疼いて仕方がないわ。早くあの逞しい腕に抱かれたい……!


 しかし、いつまで経ってもアンジェニカは帰ってこない。ひたすら邸の扉の前を注視していたが、人の一人もやってこなかった。


「クソッ」

「やっぱりあそこから入るしかないわ」

「仕方がないか」


 二人は辺りが薄暗くなるのを待ってこっそりと馬車を降りた。御者は居眠りをしていて気が付かない。辺りに人が居ないのを確認すると、開きっ放しになっている扉に注意深く近づき、スッと中に入って扉を閉めた。


「なんだ、ここは?」


 入った場所は倉庫のようだが、鉄の塊に刃物が付いたような不思議な道具や、金色に輝く布や、とにかく全く統一性の無い品物が、所狭しと置かれている。


「この布、素敵だわ」


 ベロニカはそういうと、金色の布を握りしめて歩き出した。


「がめつい女だな」

「私には綺麗なものが似合うのよ。お義姉様には勿体ないわ」


 どんな理屈か知らないが、ゲイルズにはどうでもいいことだ。


 しかし変だ。この部屋には下に下りる階段しかない。しかも、入ってきた扉がどこだかわからない。そんなに部屋の中を歩いた気はしないのだが。


「とにかく下に下りよう」


 二人は階段を下りた。随分長く下りたがそこには美しい絵画が飾られていて、絵の知識など皆無の二人でも知っている有名画家の絵が飾られていた。


「素敵!私、この絵を知っているわ!とても高価な絵よ。やはりロイド様はお金持ちなんだわ」


 美しくてお金があってあの身体だ。全てがベロニカのために存在しているような人。思わずベロニカはうっとりとした。


「ふん、いい気なもんだな」


 ゲイルズはベロニカに構わずにその部屋に唯一ある扉を開けた。入って行った部屋には何もなく、有るのは扉のみ。その扉を開けるとそこはキレイに整えられた寝室だった。


「ここがロイド様の部屋?」


 ベロニカは部屋に飛び込んでいって、ベッドに飛び乗った。しかしロイドの部屋という割には可愛らしいカーテン。それにベッドも薄い桃色で揃えられている。


 いや待て。


 ゲイルズはふと感じた違和感にすぐ気が付いた。


 なんで陽の光が入っているんだ?自分たちは階段を下りて行ったから地下にいるはず。しかも今は薄暗くなっていて、もうじき真っ暗になる時間のはずだ。どういうことだ?ここはどこだ?


 ゲイルズは来た道を戻ろうと扉を開けた。しかしそこは先ほどの何もない部屋ではなく上り階段だ。


 どういうことだ?さっきの部屋は?


 ゲイルズはベロニカのことなど気にも留めないで走って階段を上りだした。


「え?ヤダ、置いて行かないでよ!」


 ベロニカも慌てて追ったが、閉まった扉を開けるとそこは沢山の本が並んだ図書館だった。


「え?何?ここ、どこ?」


 ゲイルズがいない。図書館を捜し回っても人もいない。


 ここってさっき通ったっけ?


「やだ!」


 ベロニカが図書館を出るとまた下に下りる階段。


「なんなの?一体ここは何なのよ」


 ベロニカは得体の知れない恐怖に震えながら階段を下りて行った。


 ゲイルズが階段を上り切るとそこは邸のテラス。そこからは満天の星空が見える。しかし、どこを見ても自分たちが乗ってきた馬車は無い。目の前に広がるのは一面の麦畑。


 一体ここは?


 誰かに訊きたくても訊くことも出来ない。自分たちは侵入しているわけだから、人が居ても訊くことは出来ないのだが、その前に人が居ない。


 どうなっているんだ。あれ?ベロニカ?いつの間に消えたんだ?


 自分の後ろを付いてきていたはずのベロニカがいない。仕方がない、とにかくアンジェニカを捜さなくては。ゲイルズが扉を開けるとそこには上に上る階段があった。


「……何故上り階段が……」


 さっき上った階段が最上階だったのに。


 何なんだ。一体何が起こっているんだ?


 一気に疲労感が襲ってきたゲイルズは、唯一進めるその階段を恐る恐る上り始めた。








読んで下さりありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] あはは!屋敷迷宮で衰弱死してしまえ〜!(笑) ま、その前に追い出されるだろーが(笑)
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