報復
「なんだ。一体どうしたんだ?」
ゲイルズが異変に気が付いたのは、領内を視察に出た日のことだった。
隣国への出入国を無料化、手続きの簡素化をして領内が潤い、気分を良くしたゲイルズは、その後はのんびりと過ごしてきた。書類が随分と溜まってきて、領民からも何やら意見書が出されているらしいが、面倒で読む気がしない。とはいえ、さすがにそろそろ仕事をしなくては不味いと思い、久しぶりに視察のために街に行って、領民からの感謝の声でも聴いてやろうかと思ったのだが、街には以前のような活気が全くない。賑わっていた街の中心にも人気が無い。
「人は?何故、人が居ないんだ?」
今日は何か特別な日だっただろうか?何故こんなにも静かなんだ?
ゲイルズはわけも分からずに、近くの青物屋の店主に声を掛けた。
「店主、一体今日は何の日だ?」
「は?何の日と言いますと?」
「人が全く居ないじゃないか。特別な日なのか?」
青物屋の店主は領主の顔を知らないのか、訝し気な顔をしてゲイルズを見た。
「何を言っているんです?ここ最近はずっとこんな感じじゃないですか」
「ずっと?それこそ何を言っているんだ!前はもっと賑わっていただろう?隣国からの入国者も沢山いて賑やかだったじゃないか!」
ゲイルズがそう言うと青物屋の店主は大きく溜息を吐いた。そして苛々とした口調で吐き捨てるように言った。
「あんたはいつの話をしているんだ。そんな時期はとっくに終わったよ」
「終わった?」
「なんだい。あんた本当に知らないのかい?」
「何がだ」
「このカサブランカ領からゼストリア王国に入国するには、関所で大量の書類とこれまでの五倍の入国料を払わなくてはならなくなったんだ」
「なんだって?!」
今までの五倍?ふざけているのか?
「隣のコーネル領から出入国する場合は今まで通り。しかも、月に何回も関所を通る場合は割引してくれるんだよ」
それは、前にアンジェニカがまとめようとしていた案件と同じではないか。
「しかもゼストリア王国からカサブランカ領に入るには、出国時には出国料を五千ニーロ払わないといけないんだ」
「五千ニーロ?」
「だがな、金さえ払えば出国できるし、まともな審査もなくザヒート王国に入国出来る。意味わかるか?金さえ払えばどんな奴だってこっちに入ってこれるんだ。犯罪者でもな!みんな警戒しているよ。他領の奴らだってカサブランカ領から来た奴らに対する目が厳しい。何にも関係ない俺らまでとばっちりだよ、クソッタレ!だから、皆嫌がってコーネル領から出入国しているんだよ。分かるだろ?皆、コーネル領から出入国をするようになったから、カサブランカ領には人が来なくなったんだ。……アンジェニカ様が居ればこんなことにはならなかったんだろうけどなぁ。領主様は何をやっているんだか」
青物屋の店主はもう一度大きな溜息を吐いて店の奥に入って行った。
ふざけやがって。こんな店すぐにでも潰してやる!
ゲイルズは怒りに拳を震わせた。
いや、今はこの店より関所の方が問題だ。あいつら、自分たちが良ければ何をしてもいいと言うのか!入国料が五倍だと?そんな法外な金額誰が払うんだ。金さえ払えば誰でもこっちに入ってこられる?ふざけるな!ちゃんと審査しろ!抗議してやる。こんなふざけた話があるか!!
ゲイルズは怒りで顔を真っ赤にしながら屋敷に戻った。そしてシアートルに、青物屋の店主から聞いた話をし「私はこれからコーネル領領主、レイクウッド領領主に手紙を書きます」と言って執務室に向かった。
シアートルは思いもよらないことに当惑したが、ゲイルズなら何とかしてくれるだろうと思っている。なんと言ってもゲイルズは頼りになる。跡取りの孫も生まれて全てが順調。悪いことなど起こるはずもないのだ。
しかし、ゲイルズの手紙に対する返答は全く以て馬鹿にしていた。
今更話し合うことなど何もない。そちらがやりたいようにやると言うから、こちらもやりたいようにやっただけ。言い掛かりも甚だしい。といった内容。
「ふざけるな!!」
ゲイルズは手紙をぐちゃぐちゃに丸めて叩き付けた。シアートルはオロオロするばかり。その様子を見ていたベロニカがゲイルズに言った。
「ゲイルズ様。すぐに抗議をしに行きましょう。こんなの間違っているわ」
「そうだ。抗議しに行こう。これ以上舐められてたまるか」
ゲイルズはすぐさま身支度を整えて屋敷を後にした。目指すは国境の関所。しかし。
「ふざけるな!なんでそんなに高い金を払わないといけないんだ」
国境の関所で入国のために請求された金額は四千九百ニーロ。今までの五倍どころか七倍の金額。
「これは決まりですので。支払って頂けないのであれば入国は出来ません」
「なんだと!私はカサブランカ領の領主だぞ!そんな口を利いていいと思っているのか?」
ゲイルズのその言葉にレイクウッド領の役人はピクリと反応した。
「ああ、あんたが彼の有名な」
役人は馬鹿にしたように口角を上げて笑う。
「何が言いたい」
「いやぁ、あんたのお陰で俺らは暇が出来てありがたいんだよ。この関所を通る奴なんていやしないからな。昼寝して帰るだけで金が貰えるんだから、あんたには感謝さえしているよ」
他の役人も「違いない」と言って笑っている。
舐めたこと言いやがって。
「で?あんたは、入国手続きの書類が必要だが持っているのかい?」
「書類だと?」
「そうさ。この関所を通るには身分証明、経歴、収入証明、家族構成、入国の目的を書いた書類を提出しなくてはならない。ああ、身分証明には担当官のサインが必要だが、それだけは領主のサインでも問題ないぞ。ハハハハハ」
役人が笑うと益々ゲイルズは怒りで体中が震えてくる。
「貴様ら、入国させる気はあるのか?」
「勿論、書類を全て揃えて金を払ってくれればいくらでも通すぞ」
ゲイルズは顔を真っ赤にしながら「クソッ」と言って踵を返した。このままいくら騒いでも通れないことは分かった。しかも四千九百ニーロ。そんな金額を払うくらいならコーネル領から入る方がましだ。
いや、レイクウッド領に行く前に、コーネル領の領主に話を付けよう。コーネル領の入国料を四千九百ニーロにさせるんだ。そうすれば入国はカサブランカ領にするだろう。ククク、我ながら冴えている。どういうつもりか知らないが問題は無い。私を舐めないことだ。
屋敷に帰ったゲイルズは、コーネル領領主アベル・ゲル・マイナーに先触れを出して、すぐさま自分も出発をした。約束を取り付けていては何日掛かるか分からない。とりあえず先触れさえ出しておけば、相手の了承など得なくても問題は無いだろう、そう見込んでのことだ。
しかし、屋敷に通されて客間で長いこと待ってもアベルが現れる様子がない。三時間も過ぎた頃になって、屋敷の家令が「本日はお会いすることが出来ません」と伝えに来た。
「ふざけるな!こんなに待たせておいて会えないだと?」
「申し訳ございませんが、当主は大変忙しく、約束をしていない方とお会いすることはありません」
「なんだと?なら何故待たせた?」
ゲイルズが唾を飛ばしながら喚きたてると、家令は大きく溜息を吐いた。
「そのように言われましても、私共は最初からお断りをしています。門番がお断りしたはずですし、私も約束を取り付けてからお越しくださいとお伝えしたはずです。当主は忙しくお会いすることは出来ませんともお伝えいたしました」
「邸に居るのであろう?顔を出すくらい出来るのではないか?」
「ハハハ、何を仰いますか。そのようなことに時間を使うのは無駄でございます」
「なんだと!」
「何故、当主があなた様に時間を割かねばならぬのか、理解が出来ませんね。時間の無駄でございます。お帰り下さい」
「貴様……!」
ゲイルズが顔を真っ赤にして殴り掛かろうとした時、家令はゲイルズの殴り掛かった腕を握りそのまま外側に捻った。
「いっ!!!」
ゲイルズはもんどり打ちながら倒れ、背中を強か打ち付けた。倒れた時に捻って痛めたのか左手で肩を押さえ、背中を強く打ち付けたせいで呼吸が出来なくなり苦しそうだ。
しかし、家令は謝ることも手を貸すこともなくゲイルズを見下ろしている。漸く呼吸が出来るようになったゲイルズは家令を睨み付けながら立ち上った。
「お、おまえ」
「どうぞ、お引き取り下さい。私共は忙しいのです」
家令はドアを開けた。ゲイルズはこれ以上ここに居るべきではないと判断し、家令を睨み付けながらノロノロと客間を出て逃げるように屋敷を後にした。
クソーッ!一体どうなっているんだ。
ゲイルズは関所に向かった。アベルが話をする気が無いなら、当初の予定通りレイクウッド領の領主ミッシェンと話を付ければいい。そう思ったがやはり関所で身分を証明できるものが無く、通すことは出来ないと言われた。
こっちもか。絶対に私を通さないつもりか?
ゲイルズは怒りを募らせ怒鳴りつけてやろうとしたが、寸での所で踏みとどまった。
このまま騒いでも時間の無駄か。それにもし関所を通れても、また屋敷の前で門前払いされる可能性がある。それなら一度帰って対策を考えた方が良いだろう。
ゲイルズは腹立たしい気持ちを抑え、ニヤニヤと自分を見て笑っている関所の役人を睨み付けながら馬車に乗り込み、ミドル邸に戻った。
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