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今更ですけどね

「本当だよ。私はアンジーを愛している。愛するなと言っておきながら勝手なことを言う、大馬鹿者なんだ、私は」

「私を愛している?」

「うん」

「本当に?」

「本当に。心から君を愛している。そして、君に愛して欲しいと乞うているよ」


 アンジェニカの頬にそっと手を添えると、アンジェニカは目を閉じた。再びアンジェニカの涙腺が決壊したが、もう治る気がしない。ボロボロと零れる涙をロイドが優しく指で拭うと、その手を取って再び自分の頬に当てる。ロイドの手は大きくて温かい。ずっと触れていて欲しいと願っていたその手に気持ちを集中させる。


「嬉しい」


 ロイドを見つめてロイドの手に自分の手を重ねた。


「アンジェニカ」

「ロイド様。私と一緒に堕ちてくれますか?」


 そう言って微笑んだアンジェニカは誰よりも美しく、天使ではないかと思わせるほど儚げだった。


「君と一緒ならどこまでも行くよ」

「私も。あなたとなら怖くないわ」

「愛している」

「私も愛しています」


 そう言って微笑んだアンジェニカの唇をロイドの親指がなぞる。互いを意識しあった今、その唇を求めることは自然なことだ。


 立ち上がったロイドが顔を寄せ、微かに震えるアンジェニカの唇にそっと触れた。もう一度軽く。そしてもう一度触れた時、アンジェニカがロイドの首に腕を回した。そのままベッドに倒れ込んだ二人は、互いに熱い視線を交わして、そのままその柔らかい唇に吸い付いた。


 アンジェニカの甘い吐息と喘ぐように漏れる声は、ロイドの頭を痺れさせて夢中にさせる。ただひたすら互いを貪るように口付けを交わし、アンジェニカの口の端から唾液が零れる。ロイドの舌をアンジェニカの口内に這わせ、上顎の奧をなぞると、アンジェニカの身体の下の方がじんじんとしてくる。言葉は無くとももっともっとと強請る潤んだアンジェニカの瞳に、理性を失いかけるロイドは、アンジェニカの頭を抱え込むようにして上唇を甘噛みし、その甘い唇から離れた。


「ロイ……?」

「まずい、我慢の限界だ」

「え?」

「ダメだ、これ以上は」

「我慢、するの?」

「……、なんてことを言うんだ……」


 それは誘っているのか?試しているのか?我慢はしなくていいのか?


「こんな、勢いでしていいことじゃない」

「うん」


 ロイドはアンジェニカの肩にポスンと額を乗せた。


「本当は我慢したくない」

「うん」

「だけど、君を大切にしたいから、我慢する」

「うん」

「口付けしてもいい?」


 なんで今更そんなことを訊くのか?アンジェニカはクスッと笑う。そしてロイドの頬を両手で挟んで、唇を寄せた。軽く口付けするつもりだったのに、ロイドはまた舌を入れてきてアンジェニカの口内を蹂躙する。ねっとりと舌を絡ませ息も絶え絶えになったアンジェニカを漸く解放し、ロイドは優しく抱きしめた。


「皆に報告しないと」

「え?」

「だって、私たち、勝手に堕ちるわけにいかないから」


 内容は深刻なのに言い方が軽い。それに言っていることがちょっと変。


「皆には知っておいてもらわないと」


 なんだか、結構真剣に悩んだのにやっぱり軽い。自分たちだけの問題じゃないのは分かるが。


「いい?」

「ええ」


 そんなこと訊かれても困るのですけど。なんて報告するのかしら?真剣にお付き合いすることになりました!とか?実は両思いでした!とか?


「結構恥ずかしいです」

「私も恥ずかしいけど、既に私は恥ずかしい思いをしているからもう平気だ」

「そうなのですか?」

「うん」


 皆が自分の気持ちを知っていて、知らないのはアンジェニカだけだったとか。今更恥も何もない。


 結局アンジェニカが執務室に戻ったのは、休憩をすると言って出て行ってから二時間もしてから。


 乱れた髪は一応整えたつもりだけど、見えない後ろの方が気になって仕方がない。ロイドは「いつもと変わらず綺麗だよ」なんて言ってくれたけど、ロイドはなんでも褒めてくれるからあまり当てにならない。


 そうっと執務室に入ったが、アンジェニカを見る二人の視線はなんだか生温かい。メアリーはヤキモキしながらウロウロしていたし、ジェイは普段と変わらずに仕事を続けていた。遅くなった理由も何処に居たのかとも訊かれずに椅子に座ったアンジェニカは、居た堪れない気持ちでその日の仕事を熟した。







「いや、それは皆分かっていましたから」


 使用人が勢揃いした食堂で、食後のお茶を飲みながら放たれたヤッセンの言葉に、アンジェニカは顔を真っ赤にし、ロイドも唖然とする。使用人たちは一様に頷き、何を今更言っているんだと溜息を吐く。


「お二人が盛り上がったんなら構いませんが、アンジェニカ様が旦那様を好きなのに変わらずに生活をしている時点で、二人は大丈夫だと確信をしていましたよ?」


 メアリーも呆れ顔で言っている。


「なんすか?堕ちるってカッコいいっすね」


 エブソンが呑気にそんなことを言う。


「正直に言えば、国王陛下も公爵閣下もご存知です」


 ハンナがサラッととんでもないことを言う。何故お二人が?


「待ってくれ、ちょっと待ってくれ、本当に」


 ロイドが頭を抱えながら訴える。アンジェニカは始終アワアワとしている。


 皆が自分たちの気持ちを知っていて、会ったことのない国王陛下や、一度しか会っていないサルビア公爵閣下までもが知っている?それって何の罰ゲーム?


「心配されているんですよ、旦那様とアンジェニカ様のことを」


 リアーナがしみじみと言う。


「愛ですね」


 セイラが呟いた。


「まぁ、一安心じゃないですか。これからはいくらでも遠慮なくイチャイチャラブラブしちゃってください」


 トマーソンが恥ずかしさに追い打ちをかける。


「若いとはいいことですな」


 ジェイが適当な言葉で話を纏めて、二人の決死の報告はお開きとなった。


 残されたロイドとアンジェニカは、暫く椅子から立ち上がることが出来なかったが、漸く目が合った時に思わず笑い出してしまった。流石、出来る使用人たちは主のことなど一から十までお見通しだ。


「心配をして損をした」

「私はロイが恥ずかしいと言っていた意味が分かりましたわ」

「そうでしょう?アンジーも私と一緒だね」


 そう言われると、ますます恥ずかしくなる。


 ロイドが立ち上がりアンジェニカの横まで行って、唇に軽く触れた。


「皆は大丈夫なんて言うけど」

「そうだね」

「私は既にロイに執着しているわ。私を見ていて欲しいって思うもの」

「ハハ、嬉しいな。でもそれは普通のことだと思うよ。だって私だって同じ気持ちだ」


 ロイドはアンジェニカを抱き締めた。


「そう。この気持ちは普通なのね」


 ふわふわと温かくて、胸の奥がきゅんとして、愛されたいとか自分本位なことを考えて、その手に触れたくて、抱きしめられるとトロトロに溶けてしまいそうで。


「私、こんな気持ちを知ることが出来て幸せだわ」


 二人は軽く口付けを交わし、笑った。






 国王グランデに魔道具についての報告をする際にはアンジェニカも同席した。仲良く寄り添う二人を見てグランデは薄らと涙を浮かべていた。


「アンジェニカ嬢、これからもロイドをよろしく頼む」


 そう言って頭を下げられた時、アンジェニカは真っ青になって恐縮したし、寿命が縮まった。


「陛下、お止めください」


 ロイドが慌てて止めると、今度はグランデがロイドに抱き付き背中を叩いた。


「お前の幸せを心から祝福するよ、ロイド」

「陛下、……ありがとうございます」


 兄と知らなくてもいい。償いきれない罪を背負った自分たちにとって、ロイドに掛けられた呪いが解けるのは過分な幸せだ。こんな幸せを得られるなら、兄と名乗れないことくらいなんてことはない。それはヨシュアにしても同じだ。妖精姫を無理やり輿入れさせなければあんな不幸は起こらなかった。そしてその憎しみをロイドが背負うこともなかった。だが、姫が居たからロイドが居るのだ。姫はもう許してくれるだろうか?出来るならもう憎しみを捨てて心穏やかに眠りについて欲しい。


「それで、凍結庫の話だったな?」

「はい」


 漸く席に着いた三人は本題に入ることにした。


「大きいサイズはどれくらいだ」

「そうですね、作った物が搬入できる場所であれば大きさはいかようにもなるかと」


 アンジェニカが商売人のような顔になった。


「うむ。王城に入れたいが、食材の保存場所は調理場以外で、通常使いのものを調理場に一つと保存用と分けたいと思っている」

「なるほど、理解致しました。一度料理長とお話をさせて頂くことは可能ですか?」

「勿論だ」


 実際に使う顧客のニーズを聞いてカスタマイズすることでより価値を高める。しかも特注品を請け負うことになれば、その注文も今後増えていくだろう。


「それからシールドか。これもなかなかの評判らしいな」


 何処で聞き付けているのか、いろいろな商品をグランデは上げてくる。さらに今後出てくる予定の商品や失敗談を聞きたがった。


 電気で熱を発生させることが出来ないか研究している班が、失敗して辺り一面を静電気だらけにした話は涙を流して笑っていた。ビリビリと体中に電気が走り、髪の毛が四方にピンと伸びていたとか。命に別状はなかったが、暫くの間は電気の被害に遭った研究員が通ると静電気を発生させ、あちこちでバチバチと火花が出る為、強制的に仕事を休まされた。


「楽しそうで何よりだ。領はこの先も発展していくだろうし、ロイドはアンジェニカ嬢に頭が上がらないな」


 既に尻に敷かれ気味にも見えるが、ロイドにはその方が良いだろう。愛情を求めていたロイドは甚く甘えたがりだ。年下であるにも関わらず、包容力のあるアンジェニカは、ロイドを存分に甘やかしてくれるだろう。まぁ、それはどうなのだと思わないわけでもないが。


「式には呼んでくれ、勿論親族席だ」

「……はい、必ず」


 心が通い合ったばかりの二人に結婚の話は早すぎるか?とチラッと様子を窺ったら、二人して顔を赤く染めてモジモジしていた。いい歳をした男女が婚約までしていて、結婚を意識していないわけはないが、少し性急だった。これからゆっくりと男女の仲を深めればいいか。


「ハハハ、まだまだこれからの二人だというのに、老害は無粋でいかんな」









読んで下さりありがとうございます。

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[一言] 真実を告げてもこの二人なら大丈夫!
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