グランデとヨシュアの秘密
王城の一室。国王グランデと向かい合って座るサルビア公爵ヨシュア・リーグ・ヤヌスは兄弟で、ロイドは国王の甥にあたる。
「最近ロイはどうだ。婚約者とは上手くいっているか?」
「ええ、かなりいい関係が築けていると思います」
「そうか」
グランデは期待通りの答えにホッとした。
今までロイドに縁付けた令嬢たちは悉くロイドに執着をし、疲れ果てロイドの元を去って行った。唯一結婚をした令嬢は、あろうことかロイドの命を奪おうとしたと、随分経ってから聞いた。その前妻は修道院に入り、他の三人の令嬢には多額の慰謝料を払い新しい婚約者を紹介した。
「ですが陛下、今回の令嬢と、もし破談するようなことになったら、今後は無理に婚約を結ばせるようなことはお止めください」
「なに?」
「ロイも望んではいませんし、新たに令嬢が傷つくようなことがあってはなりません」
「しかしそれでは、あの子が」
「陛下。我々は手を尽くしました」
ロイドに掛けられた呪いは妖精姫と呼ばれたロイドの母の憎しみだ。
― こんな悍ましい子、生みたくなかった!絶対に許さない!いつまでもわたくしの憎しみは続くの!この子が心から愛し愛される女性と巡り合わない限り、この子も私と同じように苦しむのよ!それも全部あなたたちのせい!あなたたちのせいなのよ! ―
北の小さな島国の妖精姫と呼ばれる王女が社交界にデビューすると、瞬く間にその美しさが知れ渡った。そしてその噂がこの大陸に聞こえてくるまでにそう時間は掛からなかった。
透けるような白い肌と細い身体。少女から大人の女性へと成長を始めた身体は神秘的で、それなのにふと見せる危うさと隙は庇護欲をそそる。その金色の艶やかな髪と緑色の瞳は美しくも儚げで、一目見れば恋に落ちると言われ、その歌声は、一度聴けば楽園へ 誘うと言われる程。
それを聞いた先王は、即位したばかりの若き国王の側妃に迎えるように進言をした。進言というより命令に近い。王座を退いたにも拘らずその力を手放さない先王は、未だに自分の思うように全てを動かそうとする。
小国と言えど一国の王女。側妃になどとんでもないことだが、先王があれこれと無理難題を言って人質同然に妖精姫を輿入れさせることにしたのだ。
だが、国王は正妃を迎えたばかり。仮令政略結婚であったとしても、これから二人手を取り合って国を作っていくと誓い合ったのに、僅か数ヵ月で側妃を娶れと?当然正妃は納得出来なかった。それなのに、最初は全くその気も無いと言っていた夫が、妖精姫と顔を合わせた瞬間に心を奪われた。淑女の鑑と言われた正妃の、慈愛に満ちた微笑みの内側に潜む憎しみがグルグルと渦巻く。
しかし、側妃となるべくやってきたはいいが、その王女。誰もが心を奪われる美しさと美声を持った妖精姫だ。そして誰よりも心を奪われたのは先王だった。可愛らしく頬を染めながら挨拶をする妖精姫は、ベッドではどんなに美しくさえずるだろうか。
先王は息子の側妃となる姫であるにも拘らず、息子と結婚をするより先に妖精姫を自分のベッドに引きずり込み、その純潔を散らした。結婚を心待ちにしていた国王の怒りはいかほどか。そして先王に「欲しいなら手に入れればいいのに」と囁いたのは国王の正妃だった。
国王は先王の愚行を隠し、その秘密を知る者に見張りを付け一切の口外を禁じた。
しかし、妖精姫は無理やり犯されたことで心を病み、王城で過ごすこともままならない。純潔ではない姫を側妃として娶ることも叶わない。
国王は泣く泣く妖精姫を弟の公爵に下賜した。公爵なら先王からも王妃からも妖精姫を守ることが出来る。前妻と死別し若くして独り身となっていた公爵は、喜んで妖精姫を自分の正妻に迎えた。公爵もまた、妖精姫に心を奪われた一人だった。程なくして妖精姫が子供を身籠ったと知った。勿論先王との間に出来た子供だ。それでも公爵は生まれてきた子供を溺愛した。しかし、妖精姫は子供を生んで一年も経たないうちに、憎しみの言葉だけを残して儚くなった。
息子たちは先王を憎み、亡き者にした。先王に毒を盛り続け、身体が毒に蝕まれて苦しみながら死んでいく姿を見て、漸く心が少し晴れた。正妃もまた、二人の子供を生んだのちに毒を盛られて死んだ。
それでも、二人の兄弟の心が完全に晴れることはなかった。妖精姫が生んだ子供が、黒い髪と黒い瞳をしていたからだ。先王は金髪に金の瞳、妖精姫は金髪に緑色の瞳だ。それなのに生まれてきた男の子は黒い髪と黒い瞳。これも妖精姫の呪いなのか。
そして、子供は成長と共に美しさを増し、妖精姫同様に人を惹き付けるようになった。小さな子供であるにも関わらず、二十も三十も歳の離れた大人もこの黒髪の男の子を欲した。それは男女問わず。
男の子は人目の付かない山奥に閉じ込められ、大人になるまでそこで過ごすことになる。それは今も。
ロイドに心から愛し愛される相手を。
ロイドは人を惹き付ける体質で、そのせいでひどく執着したり、傷付いたりするかもしれない。心のコントロールが難しくなるかもしれない。そう説明をして、それでもと言ってくれた気丈な令嬢をロイドの婚約者に据えた。
世間では、王命により無理矢理婚約者にさせられた、などと言われているが、実際には全てを理解した上でロイドの元に向かってくれたのだ。いずれはサルビア公爵の後を継ぐロイドの妻になれば、公爵夫人という貴族の中で最も高い地位を手に入れることが出来る、という打算もあるだろう。それはロイドの悪い噂を全て帳消しにしてしまうくらい魅力的だ。
それに、きっと私は大丈夫、そう思っていた令嬢もいただろう。しかし、そこまで心の準備をしても、上手くいくことはなかった。そして、アンジェニカは五人目。
「それに婚約者のアンジェニカ嬢はかなりユニークな令嬢でして。私は大いに気に入っているのですよ」
「あの凍結庫の令嬢か」
「はい。元々、凍結庫は魔道具部が作っていたのですが、小型化して売り出すことを考えたのは彼女です」
「お前はそのお零れに与かったというわけか」
「言い方が悪いですね。大変そうだから手伝うことにしたのですよ」
物は言いようだ。
「ロイに魅了されない婚約者か」
「ちなみにアンジェニカ嬢の義妹はあっさりと魅了されたようですよ」
「……」
グランデが縁付けようとした方の娘。王命であるにも拘らず、勝手に婚約者を替えて、それをロイドからグランデに報告させた愚か者たち。しかし今となってはその愚かな行為に感謝しかない。二人にとって何者にも代えがたい大切な弟の呪いが解けて、幸せを掴むかもしれないのだから。
「それに面白い話を聞きました」
クククと、笑いながら次の言葉を口にしないヨシュアに、グランデは僅かに腹を立てる。自分だって弟の婚約者の話を色々と知りたい。
「アンジェニカ嬢は猟銃を使うそうです」
「猟銃だと?何のために」
「勿論、狩りですよ」
「狩り?」
令嬢が猟銃を持って狩り?
グランデは思わず身を乗り出した。
「ロイと一緒に魔獣を狩っているそうです」
「本当か!」
とんだじゃじゃ馬だな。
「しかも」
またもやヨシュアは勿体付けるように笑う。
「早く言え!」
「アンジェニカ嬢は紅狼を馬代わりにしているそうです」
「……は?」
「紅狼ですよ」
紅狼?魔獣の?なんでだ?
「ククク、面白いでしょ?」
グランデはあまりのことに力が抜けてソファの背凭れに勢いよく身を任せた。
「信じられん」
「ハハハハ、やはりそう思いますよね?私もそう思いましたけどね。ロイが真面目な顔をして言うので信じましたよ。ハハハハ」
ヨシュアはグランデの驚いた間抜け顔が余程面白かったのか、いつまでも小さく笑っている。
「陛下。今はとにかく見守る時です」
「ああ、そうだな」
ロイドに魅了されない婚約者。ちょっと大胆で破天荒な所はあるが思慮深く賢い令嬢。ロイドとの微妙な距離感は気になったが、誰の目にも互いを意識していることは分かる。
ロイドは知らない。まさか自分を産んだ母が自分を憎み、呪いを掛けたことを。国王グランデと父であるはずのヨシュアが、実はロイドの異母兄であるということを。それを知る者は今ではグランデとヨシュアだけ。
ロイドに魅了されない女性と、互いに心から愛し愛されること。それこそが、ロイドを苦しみから解放する唯一の方法。そして、それがアンジェニカであって欲しい。今度こそ愛する弟が幸せを手に入れて欲しい。そう願わずにはいられない。
それから数週間もしない内に、アンジェニカの元に国王と公爵から高価な猟銃が贈られた。アンジェニカが真っ青になったのは言うまでもない。
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