使える力は使うべきです
屋敷に着くとアンジェニカは調理場に急いだ。ロイドの氷をもう一度確認しようとしているのだ。
「リアーナ」
調理場を覗くと夕食の仕込みの最中のようで、リアーナは鍋の様子を見ながらヤッセンと話をしていた。
「アンジェニカ様、どうかされましたか」
「ちょっと凍結庫を見ていいかしら?」
「ああ、どうぞ」
リアーナがそう言うとヤッセンが、調理場の奥にドンと置かれた凍結庫のドアを開けた。
「寒いですけど大丈夫ですか?」
「大丈夫よ、ヤッセン。ちょっと氷を見たくて」
「ああ、ロイド様の?」
「そう」
「あれは便利ですね。俺も何個か真似をして作っていますよ」
「そうなのね!」
やっぱり、小さい氷は必要だわ。
凍結庫のなかを見ると、二十個はあるカップに氷が作られている。
「このサイズは丁度いいのかしら?」
並んだカップを指さして、アンジェニカはヤッセンに聞いた。
「このサイズだとちょっとでかいんで、口の中に入れてもしばらく閉じらんないんですよ。それで、水で溶かして小さくしてから食べたりしますね。飲み物を冷やすのにはいいですけど、簡単に氷を取り出せないからこのカップに飲み物を直接入れて飲んだりしています」
カップは小さいので、何度も飲み物を足さなくてはいけなくて面倒だとヤッセンは言う。
やはり取り出せる氷を作らないとダメね。魔道具部で相談してみましょう。
「ありがとうヤッセン。参考になったわ」
「そりゃ、よかったです」
「作業中にごめんなさいね。夕食を楽しみにしているわ」
「はい、お待ちしています」
そう言うと、アンジェニカは調理場を出て行った。
魔道具部は凡そ二十人の人員で構成されている。ひたすら研究に没頭していたり、作っては破壊して、を繰り返していたり、人工魔石を作るための研究をしたりと、騎士団の変わり者が集まった集団だ。
そんな特殊な人たちの集まる空間に居るアンジェニカは、試作品の凍結庫を見ながら、製作者のペドロと話し合いをしている。
「確かに、使用方法は必要ですね。それに、氷かぁ。なるほど、面白いことに気が付きましたね」
「私じゃないわ。ロイよ」
「ロイド様が」
「偶々だよ」
ロイドはニコニコしながら話を聞いている。
「まずは貴族に売ることになるから価格は高めに設定するわ。こんなに便利なのだもの。必ず買いたいと思う人は居るはずよ。それで、先着五十個に小さい氷を作る入れ物を付けようと思うの。だから急で申し訳ないけど、考えてみてもらえないかしら?」
「なるほど、分かりました。やってみましょう」
凍結庫を作っているペドロは、その思考を理解できる人が少なく変人扱いされ、家を追い出されたところをロイドに拾われた。
「助かるわ。よろしくね」
凍結庫を小さくしたことで、魔石も小さいものを使うことが出来るようになり、量産の目途が立った。魔石は決して安いものではない。それに永続的に使えるものでもない。今の段階では、凍結庫の中心部に組み込まれていて、分解しないと魔石の交換はできない。
だから、魔石の寿命が凍結庫の寿命となる。しかし、改良を重ねればいずれ簡単に魔石の交換が出来て、長く使ってもらえるようになるはずだ。だが、まずは貴族に売るので、今はその辺は気にしなくていいだろう。
アンジェニカの読みは見事に当たった。最初にロイドの父ヨシュアにプレゼントをし、そこから紹介してもらったところ、五十個があっという間に完売し、急いで増産することになった。
また、ヨシュアから凍結庫の管理を引き受ける提案をされそれを了承した。実は想像以上に人気が出てしまったため、アンジェニカ一人で凍結庫の管理をすることは難しかったからだ。ロイド絡みで問題が起こることも考えると新しく人を雇うことは難しい。そこで、ヨシュアが手を差し伸べた。
手を差し伸べたと言えば聞こえはいいが、結局そのうちの何割かの利益がヨシュアの元に入ることになるのだから、ヨシュアは好いとこ取りと言ってもいいだろう。
しかし、アンジェニカには確立した販路も無いし、人脈も少ない。公爵であるヨシュアの紹介がとてもありがたいのも事実。特に今回のように大型の魔道具は、高価な分信用が重要になる。品がどんなに良くても、その目に留まらなくては価値を理解はしてもらえない。凍結庫にヨシュアの名前が入れば、それだけで信用は約束されたようなものだ。
それに、今のアンジェニカには上位貴族と渡り合えるほどの力も無い。その手を取らなければアンジェニカが苦しむことは目に見えている。
「すまない、アンジー」
ロイドのせいではないのに、申し訳なさそうな顔をしている。
「フフフ、気にしないでください。別に権利を渡したわけではないのです。それに、これをきっかけに公爵閣下と仲良くなれれば嬉しいですし、仕事をお任せ出来れば私は他のことに時間を割けますから、いいことだらけですよ」
アンジェニカがそう笑えば、ロイドも寂し気に笑った。
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