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何を言っているのかしら?

最後までお付き合いいただけると嬉しいです。よろしくお願いします。

 大きな溜息をついて、テーブルに置かれた診断書を手に取り確認をする。ミドル家の長女アンジェニカは、目の前に座る二人の男女を見て、もう一度大きな溜息をついた。


「つまり、子どもができたから私との婚約を解消して、ベロニカと結婚したいと?」

「お義姉様、ごめんなさい。でも、私たちは心から愛しあっているの!」


 婚約者のゲイルズが口を開くより先に、義妹のベロニカが身を乗りだして訴えた。瞳に涙を浮かべるベロニカの体を労わって、心配そうにその肩を抱くのはアンジェニカの婚約者であるゲイルズ。


 アンジェニカが長めの視察から帰ってきた翌日。父シアートルに応接室に呼びだされ、言われるままにソファーに座ると、なぜか目の前にはベロニカとゲイルズが隣りあって座った。


 ゲイルズはマハーニ伯爵家の四男で、マハーニ伯爵とアンジェニカの父親であるカシミア伯爵シアートル・ジェス・ミドルが、古くからの友人ということもあり、アンジェニカが十二歳のときに婚約が決まった。ゲイルズがアンジェニカと結婚をしてミドル家に婿入りをし、爵位を継ぐ。そういう約束だった。それなのに、婚約者は義妹と不貞を働き、アンジェニカは婚約解消を迫られている。


「ベロニカ、愛しあっていれば許されることではないわ。それに、あなたにだって婚約者がいるのよ?」

「でも! とても恐ろしい方だと聞いたわ。すでに何人もの令嬢が逃げだしているって」


 確かに、ベロニカの婚約者は何やら不穏な噂しかないが、国王に打診された話で、こちらには断る力もないのだ。


「アンジェニカ、私からもお願いするよ。二人を許してやってほしい」


 シアートルが口を挟んだ。


 シアートルは、前妻のウィレミナが儚くなったのちに再婚したキャサリーと、その連れ子であるベロニカにとても甘い。ウィレミナはさばさばとしていて、男勝りな部分があるのに対して、キャサリーはしっとりとした色気のある女性だ。それに義妹のベロニカは、甘え上手で、褒め上手。シアートルは、自分の腕に細い腕を絡ませて、「お義父様、大好き!」と上目づかいに見あげるベロニカの言うことをなんでも聞き、なんでも許した。そして今回は、アンジェニカの婚約者と義妹の不貞を許し、二人が結ばれることを許せと言っているのだ。


「お父様、ベロニカの結婚の話はどうなるのです?」

「そ、それは……」

「あなたが結婚すればいいのよ」


 先ほどから何も言わずに様子を見ていた義母のキャサリーが口を開いた。


「私、ですか?」

「そうよ。ゲイルズ様にはベロニカと結婚をして、爵位を継いでもらうんだから」


 さすがにこの言葉には頭が痛くなる。


「私と結婚する方が、爵位を継ぐことになっているはずですが?」

「そんなの仕方がないじゃない。ゲイルズ様はベロニカを愛しているんだから。まさか、愛しあう二人を引きはなすつもり? だいたい、いまさらあなたと結婚してくれる人なんて見つかるわけがないのよ? あなた、今いくつだと思っているの? 二十二歳よ? 行き遅れもいいところじゃない。だから、あなたは鬼畜伯爵と結婚をして、ゲイルズ様がベロニカと結婚をして爵位を継ぐのよ」


 キャサリーの言葉を聞いてアンジェニカはますます頭が痛くなった。


「大丈夫だ、アンジェニカ」


 ゲイルズが身を乗りだす。


「俺がベロニカと二人でミドル家を守っていく!」

「……」


 溜息しか出てこない。この男はひとことの謝罪もないし、反省をしている素振りも見せずに、自分に任せろと胸を張っている。


「なぜ、私が出ていってあなたたち二人がこの家を継ぐ気でいるの? ベロニカはお父様の血を引いていないし、ゲイルズ様だってまだ――」

「お義姉様、ひどいわ! たとえ血がつながっていなくても、私だってお義父様の娘よ。そんな言い方、ひどすぎるわ」

「そうだぞ。だいたい、君が俺を認めないのは、自分が当主代行を務められなくなるからだろ?」

「え?」

「君にも意地があるだろうが、もういいんじゃないか?」

「何をおっしゃっているの?」


 ゲイルズはアンジェニカを諭すように言い、ベロニカは瞳に涙を浮かべた。


(確かに意地もある。でも、それは家を守るための意地。当主代行の立場に執着しているわけではないわ。それに、ミドル家の血筋は? それは守らなくていいの?)


 アンジェニカは口を開こうとしたが、それが無意味であることはすぐに悟った。そのあからさまに非難した複数の瞳からは、アンジェニカの訴えなど一切聞く気がないのだとわかるから。


(なぜこの人たちはこんなにも愚かなの?)


 アンジェニカが出ていけば、ミドル家が崩壊することは目に見えているのに。前妻のウィレミナが健在のときはウィレミナが。ウィレミナが儚くなったあとは、家令とアンジェニカが。家令が年齢を理由に引退したあとは、アンジェニカが一人で領地経営をしてきた。シアートルは名ばかりの領主だ。それに、未熟なゲイルズでは不安だし、長年勤めてくれた家令が引退したあと、新しく誰かを雇ってもいない。しかしそれは、アンジェニカが一人で仕事をこなせていたから。


「私がいなくなればどうなることか」


 アンジェニカは頭を抱えた。


「思いあがらないでちょうだい。あなたがいなくなったって、旦那様がいるのよ。何も問題ないわ」


 キャサリーがぴしゃりと言いはなつ。


(その父が頼りにならないから、私が苦労してきたのよ)


 それに婚約者のゲイルズはプライドが高く、間違いを間違いと認めないため、なかなか教育が進まない。人の話を聞かないからミスをくり返し、問題を起こす。そして、そのたびにすべてをアンジェニカに丸投げしてきた。


「ベロニカの婚約者であるカレント伯爵や、国王陛下にはどのようにお伝えするのです?」

「それは問題ない。すでに、カレント伯爵からは了承を得ているし、陛下への報告も伯爵がしてくださった」

「……そうですか」


 シアートルにしては珍しく根回しがいい。


「べつに誰でもいいそうだ」


 シアートルは事もなげに言う。


「……そういうことですか」


 アンジェニカは溜息をついた。


 ザヒート王国の東の辺境にあるカレント領を治める、カレント伯爵ロイド・パーク・ヤヌス。すでに四度の婚約をし、最初の婚約者とは結婚までしているが、相手に逃げられている噂の美丈夫。社交界には一切顔を出していないため、本人を見たことのある人は限られているが、美しい黒髪と黒い瞳は王国には珍しい色で、ひと目見れば彼とわかるという。


 しかしその出生には秘密が多い。父親のサルビア公爵ヨシュア・リーグ・ヤヌスは美しい金髪に薄い金色の瞳。母親はロイドが幼いころに亡くなっているが、異国の姫君であるということしか知らされていない。一時期は私生児では? と噂されたが、時間と共にその噂も表立って語られることはなくなった。


 ロイドの伯父である国王グランデは、そんなロイドをとてもかわいがっていた。そして、四人の令嬢をロイドと縁付けたのもグランデ。もちろん、国王からの打診とあって令嬢たちが断ることはできない。


 しかし、ロイドの婚約者となった令嬢たちは、顔も知らない彼のもとに向かい、半年もせずに逃げだしている。実家に逃げかえった令嬢たちは一様に口を噤み、部屋に閉じこもってしまうらしい。そして、いつまでも泣きくらす。唯一結婚をした最初の婚約者に至っては、心を壊す寸前だったとか。今は修道院に入り、祈りの日々を送っている。


 それなのに、そんな傷心の令嬢たちが、ロイドに抗議しようと躍起になる両親に、自分が悪いのだからやめてくれ、と泣いて訴えたという。きっと、ロイドの怒りを買って、家族に迷惑をかけたくないのだろう、と周囲はますます令嬢たちに同情し、ロイドを鬼畜伯爵と呼んで嫌悪した。


 しかも、結婚した令嬢とは初夜も迎えていなかったと、品のない噂話も聞こえていて、鬼畜伯爵は男色ではないのか? とまでささやかれている。





読んで下さりありがとうございます。


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[気になる点] 物語の始まりである一話目のあとがきに別作品の宣伝が書いてあって笑ってしまった [一言] ひとまず話のつかみは面白い
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