辺境からの帰還者③
「時間だ、出ろ」
王城の側に建てられた軍の施設の一室、手を枷で拘束され、魔力を封じる首輪をつけられたロベルトは全身鎧で身を固めた衛兵に手枷の鎖を引かれて連れ出された。
外へ向かう通路を歩くロベルトの前にハルドリア王国の王太子であるフリードと、その婚約者シルビアが姿を現した。
手枷を引く衛兵は立ち止まり臣下の礼をとる。
「………………殿下」
目の下に大きな隈を作り虚ろな目をしたロベルトがフリードの姿を認めて僅かに反応を返す。
「やってくれたなロベルト。
貴様がやらかしてくれたお陰で、貴様を重用していた俺にまで非難の声が届いている」
「……僕は……僕は……」
「黙れ!このクズが!貴様の様な極悪人を騎士になど取り立てた俺が間違っていた」
「……騎士…………違う、僕は……騎士として……騎士の誇りを……」
「ふん、イカれている。連れていけ!」
「はっ!」
ロベルトが再び鎖を引かれて歩き出すと、フリードの陰に隠れていたシルビアの姿が視界に入った。
「……シルビア……そうだ、シルビア!
僕は君の為に!君の幸せの為に騎士に!」
「こ、こら!大人しくしろ!」
シルビアに近づこうとするロベルトを衛兵が無理やり押さえ付ける。
「シルビア!」
「……ふざけないで」
「シルビア?」
「馴れ馴れしく呼ばないで!この人殺し!」
「⁉︎」
シルビアに睨まれてロベルトは動きを止めた。
「シルビア……違う……違うんだ……僕は……」
「いい加減にしろ!!」
フリードは衛兵に組み伏せられたまま喋り続け様とするロベルトを鞘に収めたままの剣で打ち据えた。
「もう良い、行こうシルビィ。さっさと連れていけ!最後に謝罪の一つでも聞けるかと思えば戯言ばかり………お前には失望した。
さらばだ、ロベルト」
そう言い残してフリードとシルビアは去っていた。
そしてロベルトは衛兵に連れられて王都の通りを歩かされる。
「この人殺し!」
「死ね!」
「私の息子を返して!!」
「殺してやる!殺してやる!」
道に集まった王都の住民からは罵声と共に石を投げつけられる。
衛兵が全身鎧を身に着けていたのはこのためである。
道にはロープが引かれ、ロベルトには近づけないようにされているが、所々に石の入った籠が用意され、少しでも民の溜飲が下げられるようにされていた。
鎖を引く衛兵は一切立ち止まらず、石に打ち据えられたロベルトが倒れようとも、無理やり立たせ、時には引きずって進んだ。
そして到着したのは王都の中心にある広場に設られた処刑台。
その上に立たされたロベルトの前には、広場を埋め尽くすほどの人が集まっており、口々にロベルトへの罵声を吐き出していた。
雷の様な大きなドラが鳴らされ、一瞬は人々の罵声が止んだ隙を突くように、兜で顔を隠した処刑人が声を張り上げる。
「これより大罪人ロベルト・アーティの死刑を執行する!」
処刑人が合図を送ると、ロベルトを連れてきた衛兵がロベルトの体を押さえつける。
処刑人が槍を振り上げ、一拍タメを作ると、その背を一息に貫いた。
「がはぁ!」
ロベルトは自分の胸から突き出た槍の穂先と、その先に見える怨嗟に満ちた民の顔を視界に収めた。
これでやっと終われる。
可愛い妹を、愛する母を、家族の様な使用人達を、守るべき民を自らの手で殺した。
皆を斬った感触が頭から離れなかった。
誇り高い騎士を夢見ていたはずなのに……だが、これでようやく終わりに……その瞬間、ふっと霧が晴れるように思い出した。
あの日、部下が苦しみながら溶かされていく地獄の光景を。
自らが騎士にあるまじき者だと糾弾する声を。
絶望に涙を流す自分を満足げに見下ろす美女の姿を。
「あ……あ……」
そうだ。
伝えなければ。
騎士失格の自分だが、せめてこの国に迫る危機を伝えなければ。
ロベルトは徐々に体温を失って行く体を必死な動かして近くにいる処刑人に訴える。
エリザベートがこの国に報復しようとしているということを。
しかし、ロベルトが最後の力を振り絞って口にした言葉は民の罵声に掻き消され、誰にも届くことは無かった。
『騎士ごっこの貴方には何もできない』
『誇りなんてない』
『無意味に死んでいくのがお似合いね』
激痛と共に薄れゆく意識の中、彼女の声が聞こえた気がした。
◇◆☆◆◇
帝都の屋敷で書類に目を通していたエリーは常に痛みを発していた右手の痛みが引いていくのを感じた。
「あら?」
「エリー様?」
エリーが右手の包帯を解くと、そこには傷一つない腕があるのみだった。
「腕が⁉︎」
「どうやら騎士モドキが死んだみたいね」
思ったより時間が掛かったわね。
さて、王国ではどんな騒ぎになっていることやら。
【色欲の魔導書】の効果は改変の記録。
条件を満たした相手の記憶の改竄、強力な催眠暗示などを与える魔導書だ。
ただし、あまり多用はできない。
効果を使えるのは1人のみであり、1度使うと対象者が死ぬか、エリーが直接対象者と接触しなければ解除できない。
その上、効果の強さに比例して自らの体に呪いを受けることになる。
正直使い辛い能力だった。
「私はエリー様の腕が元に戻り安心致しました」
「ふふ、心配かけたわね。
では、どれほどの成果が出たのか、報告を楽しみに待ちましょうか」
私は自由になった右手でカップを取ると香ばしい薫りを楽しみながらコーヒーを飲み干した。
◇◆☆◆◇
「え〜つまりこの出来事がハルドリア王国の滅亡の始まりになるわけですね。
この時、処刑されたロベルト・アーティの父親である元近衛騎士団長アーネスト・アーティも同日に自害しています。
ロベルトの愚かな行いでアーティ家は滅亡したわけですね。
この一件でのロベルトの動機には幾つかの説があります。
どなたか、分かる人は?」
初老の教師が教卓に立ち生徒たちに向かって話していた。
「はい!」
「はい、リアム君」
「はい、戦争による精神障害説、シルビア王太子妃への恋慕説、フリード王太子への私怨説です」
「正解です。私の見解ですが、精神障害説が有力でしょうな。
当時の医者の記録なども残っていますからね。
ああ、あと『黄昏の魔女エリー・レイス』の呪い説などもありますが、流石に眉唾物ですね」
戯けてみせた老教師に生徒達はクスクスと笑いを溢す。
そこでチャイムの鐘が鳴った。
「おや、では今日は此処までにしましょう。
次回は同時期に帝国で頭角を現してくる『黄昏の魔女エリー・レイス』の話をしましょうか。
皆さん、教科書を読んで予習をしておくように」
国立アデル学院 3回生 2時限目
《大陸史》 担当教員 フレイド・ロッテ
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(・ω・)ノシ




