アデルの奮闘:憂慮すべき事案
目の前の書類に目を通して、最後にサインを入れる。
既に朝からずっと続けている動作を繰り返しながら、偶に混ざるミスやミスに見せかけた不正を見つけては抜き出して行く。
「アデル様、例の件の報告書です」
「ありがとう、マオレン」
ボクはマオレンから書類を受け取りサッと目を通した。
「ふぅん、やっぱりおかしいね」
「はい、先日のブギー子爵領での反乱には扇動された形跡が有ります」
「武器の流れもおかしいね。
偶然にしては出来すぎているよ」
ボクは疲労を誤魔化す様に眉間を揉む。
「ブギー子爵領以外にも似たような兆しがある領地もある。
誰かが糸を引いているのは確実だと思う」
「他国の工作でしょうか?」
「その可能性はあるね…………もしくは……」
もしくは……エリザベート姉様の報復。
ボクはその可能性を捨て切れていない。
扇動した形跡はあるが、武器やお金の流れから黒幕に辿り着く事は出来なかった。
エリザベート姉様ならこれぐらいの工作は出来る筈だ。
ボクの懸念をマオレンに伝えると、彼女は首を捻る。
「私はそのエリザベート様を直接存じ上げませんが、奉仕活動や慈善事業、公共事業などに力を入れておられたのですよね。
その様なお方が、民に多くの被害が出る反乱の扇動などを行うのでしょうか?」
確かにブギー子爵領の反乱では多くの民に被害が出た。
反乱を起こした民衆とブギー子爵家の兵力の衝突に加え、ブギー子爵亡き後の領都では暴行や略奪などの横行により治安が悪化、更に敗走したブギー子爵家の兵力が盗賊団となり、近隣の領地へ被害を出している。
それらを治める為、ボクは国軍を動かして鎮圧するハメになった訳だ。
とても慈愛に満ちた人間の計略とは思えないが、エリザベート姉様は貴族なのである。
「確かにエリザベート姉様の経歴だけを見るとそう感じるよね。
でも、エリザベート姉様は貴族に生まれ、国を動かすべく育った人間なんだよ。
その人間性が善良だろうと邪悪だろうと関係ない。エリザベート姉様は世界が綺麗事だけでは動かせない事を知ってる。
時には汚い手も使うし、卑劣な手段が有効な時もあるんだ。
エリザベート姉様は、1000人を生かす為なら、迷いなく10人を切り捨てる事ができる人だった」
「ですが、フリード様に婚約破棄を告げられただけでこの様な事を?」
「……それだけなら、此処までの事はしなかったんじゃないかな。
調べによると、エリザベート姉様が幽閉されてから、1ヶ月以上、父上もジーク宰相も何も行動を起こさなかったそうだよ。
エリザベート姉様なら自力でなんとでも出来るだろうからって。
流石にそれで愛想をつかせたんだろうね。
此処までなら、エリザベート姉様も国を出て行くくらいで済ませた可能性はあった。
少なくとも、無関係な民を巻き込む事なく、最悪でも、兄上やバカな官僚達に復讐する程度で済んでいたんじゃないかな。
でも、その他の対応が酷かった」
「商会の乗っ取りと、噂の流布ですね」
マオレンは長話になりそうだと思ったのか、冷めてしまっていたお茶を新しい物と交換してくれた。
「うん、これによって民心はエリザベート姉様から離れた。
更に愚かな事に、帰ってきた父上やジーク宰相までエリザベート姉様を貶める様な噂を流したんだ」
「フリード様の不祥事を誤魔化す為ですね」
「うん、確かに有効だよ。
エリザベート姉様を悪役に仕立て上げて、兄上達を持ち上げる。
噂を信じた民衆達は大盛り上がりだろうね。
だけど、その策にはエリザベート姉様の感情が考慮されていない。
ジーク宰相の話では、貴族として王家を守る為、エリザベート姉様も汚名を受け入れると考えていたそうだよ」
「何ですか、それは?」
「本当にバカしか居ないよ。
その結果、民衆はエリザベート姉様を糾弾し、エリザベート姉様は完全に敵対した。
そんなところじゃないかな」
「では、アデル様はやはり、今回の反乱はエリザベート様が黒幕で有ると?」
「……いや、今回だけじゃない。
ロベルト・アーティの乱心や、属国との関係悪化、その辺りもエリザベート姉様が噛んでいると思う」
「まさか⁉︎」
驚くマオレンだけれど、ボクはこの説はかなり真実に近いと考えている。
先ず、エリザベート姉様を支持していて、未だにその姿勢を変えず、兄上を問題視している貴族の領地や隣接する属国では比較的問題が少ない事が分かっている。
何より、ジーク宰相を始め、多くの貴族がエリザベート姉様の行方を探っているのだけれど、一向に発見出来ていない。
ボク自身も、エリザベート姉様の捜索にはかなり本腰を入れているのに、影も形も掴めないでいる。
もし、この考えが真実ならば……。
「………エリザベート姉様、貴女はボクの敵になるのでしょうか?」




