コミックス8巻発売お礼ss:生きとし生ける先達者たちよ
この世界では十六歳になると『加護の式典』を受ける習わしがある。
この儀式に参加することで神様――様々な動物神から能力を得ることが出来るのだ。
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暖かい陽光が降り注ぐ春。
多くの貴族子女が通う由緒正しき寄宿舎校。その高等部一年の教室で一人の少女が教科書を鞄に詰め込んでいた。
長くまっすぐな黒髪を高い位置で一つに結び、父親似と言われる顔は彫刻のように美しい。瞳は瀟洒な赤色をしており、手足の長い均整のとれたスタイルは母親譲りだとよく称賛された。
そんな彼女の前になにやら険しい顔をした少年が立ちはだかる。
「おい、フィオナ。お前いったい何の加護を授かったんだ?」
「エイリーク」
彼はエイリークといい、二人いる幼なじみのうちの一人だ。
天使の輪が輝く金髪に気の強そうなオレンジ色の瞳。『鳥の加護』――中でも白鳥の加護を得たというのも納得の美少年である。スポーツ万能で男女問わずの人気者なのだが、どういうわけかフィオナには当たりが強かった。
いきなり話しかけられてぽかんとするフィオナをよそに、エイリークはぺらぺらと早口でまくし立てる。
「ぼんやりしているお前のことだからタヌキの神、いやもしかしたらカピバラの神か?」
「カピバラ?」
「まあどんな神に加護されようが、麗しき白鳥の神に加護されたこの僕にはかなわないだろうがな! だが安心しろ。今は昔ほど加護による差別もないし、実際僕の母上もモグラの神の加護者だが美しく毅然とした女性で――」
「エイリーク、それなんだけど」
「だからその、なんだ、つまり……お、お前がどんな神に加護されようと、僕が生涯責任を持って養ってやるから安心して――」
顔を真っ赤にしているエイリークを前に、フィオナはやや申し訳なさそうに続きの言葉を口にした。
「ごめんねエイリーク。私の誕生日、明日なの」
「明日……?」
「うん。だから加護もまだ分からないの。心配してくれたのにごめんね」
そこでようやく勘違いに気づいたのか、エイリークはぱちっぱちっと大きく瞬きしたあと、違う意味で再び顔を真っ赤にした。
「べっ……! 別にお前のことを心配したわけじゃないからな⁉ 僕はただ、幼なじみとして一応聞いておいてやるかと思っただけで心配とかそんな」
怒濤の勢いで弁解し始めたエイリークをよそに、フィオナのもとにまたも別の男子生徒が訪れる。見事な銀色の髪にアメシストのような紫色の虹彩。フィオナのもう一人の幼なじみであるリアンだ。
「フィオナ、ちょっといいかな」
「リアン。どうしたの?」
頭脳明晰。才気煥発。おまけに蝶の加護者にふさわしいあでやかな美貌。
エイリークと並び立つ学園の双璧と呼ばれ、この二人だけで女子生徒たちの人気を二分しているといっても過言ではない。
事実、フィオナはまったく気づいていないが、エイリークとリアンから話しかけられているというその状態に、周囲からじりじりとした熱い視線が注がれていた。
ただしそれには単純な羨望や嫉妬だけではなく、見目の良い幼なじみ三人組を『尊い……』と陰ながら崇めるものであったり、素直になれず空回りしているエイリークを応援するものであったり、男子生徒のフィオナに対する儚い恋心が混じっていたりした。
「実は母さんが来月王都に来るらしくて」
「アレーネさんが?」
「新作のミートパイを食べたいんだって。で、久しぶりにソフィアさんに会いたいから、予定を聞いてほしいって頼まれてさ」
「分かったわ。明後日にはお父様と一緒に仕事から戻ってくるはずだから確認しておく」
「ありがとう。助かるよ」
ふふ、と嬉しそうに目を細めたリアンを見て、フィオナもまたつられたように微笑む。そんな二人の間に割り込むようにエイリークが慌てて口を挟んだ。
「ま、待て! そう言えば僕の母上も会いたいとおっしゃっていたぞ!」
「カリッサさんも?」
「ああそうだ。近々手紙が届くと思うから、予定を空けておくように伝えておいてくれ」
「わ、分かったわ……」
なにやら鬼気迫るエイリークの剣幕に負け、フィオナはぎこちなく頷く。
エイリークとリアン、そしてフィオナの母親はかつてこの学園に在籍し、クラスメイトだったという。そのため学園を卒業した後もちょくちょく食事や買い物を一緒に楽しんでおり、この三人が幼なじみなのも母親同士の仲が良いことに起因していた。
騎士団で働く自慢の母親に伝えるべく、フィオナはせっせと手帳にメモをする。そこでリアンが「それから」と切り出した。
「フィオナ、明日誕生日だったよね」
「うん。覚えててくれたの?」
「きみの誕生日をぼくが忘れるわけがないだろ? それで良かったら明日の放課後、ふたりでデートしないかなって」
「デート?」
反対側にいるエイリークが驚いたハリネズミのように硬直するのをよそに、リアンはそっとフィオナの片手を取った。
「うん。せっかくだから王都に行って、苺のケーキでも食べながらお祝いしたいなって。渡したいプレゼントもあるし」
「ええっと……」
耐性のない女子生徒が見たら一発で恋に落ちそうな笑顔を前にしつつ、フィオナは困惑したように視線をふよふよと泳がせる。そんなフィオナのもう一方の手をエイリークががしっと掴んだ。
「残念だったな! フィオナは明日、僕とデートするんだよ!」
「えっ⁉」
「そうなの? フィオナ」
「いや、そんな約束した覚えは」
「さっきしたんだ! な!」
まさに寝耳に水の言葉を受け、フィオナはいよいよ視線の置き場が分からなくなる。すると三人の担任であるエレオノーラ女史が教室の前にある扉からひょいと顔を覗かせた。ウェーブがかった銀の髪。噂では父親が馬の加護者で元騎士団長だったという。
「フィオナ、よかった。まだ居たな」
「先生、どうされましたか?」
「今連絡が入って、ご両親がまもなくこちらに到着するとのことだ」
「えっ?」
「なんでも『娘の記念すべき十六歳の誕生日を家族全員で祝いたい』と迎えにな。仕事を早めに片付けて戻って来るらしい」
先ほどまでの戸惑いはどこへやら。フィオナはすぐさま幼なじみ二人から手を離すと、座っていた椅子から勢いよく立ち上がった。机上にあった鞄を掴むと、ぽかんとしているエイリークとリアンを残して慌ただしく廊下へと向かう。
「ごめん! 明日は家族で過ごすから!」
あっという間に姿を消した幼なじみの様子に、リアンが「ふふっ」と笑いながら自身の口元に手を添えた。
「さすがにご両親とは争えないね」
「……リアン、抜け駆け禁止だって言わなかったか?」
「誕生日デートくらい普通でしょ。それにきみだって誘うつもりだったくせに」
「くっ……!」
エイリークは上着の内ポケットに隠し持っていた演劇のチケット二枚を制服の上からぐっと押さえつける。それを見たリアンは「あーあ」と後頭部を支えるようにして、両腕を高い位置で組んだ。
「明日……きみはいったいどんな加護を得るのだろうね」
犬、猫、鷲、狼、クラゲ、馬――どんな加護でも構わない。
ただ願わくは、きみの人生が幸せと喜びに溢れたものにならんことを。
「――誕生日おめでとう、フィオナ」
結んだ髪の端を揺らしながら、フィオナが嬉しそうに廊下を走っていく。そんな幼なじみの姿に、エイリークとリアンは愛おしそうに顔をほころばせるのだった。
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生きとし生ける先達者たちよ
我らに力を与えたまえ
苦しみの中で生きる か弱き子どもたちに
生きる喜びと祝福を授けんがために――。
(ゴリラの神から加護された令嬢は王立騎士団で可愛がられる 完)
コミカライズ、さらにはアニメ化という稀有な機会に恵まれ、たくさんの人から愛された奇跡のような作品でした。終わりを書くのは少し寂しかったですが、彼女たちの物語を見届けることが出来て本当に良かったです。
また何らかの形でお会いすることがあるかもしれませんが、その時はまたソフィアやルイたちをどうぞよろしくお願いします。
最後に。
世界中のゴリラと、頑張っている子どもたちに幸せが訪れますように。












