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ゴリラの神から加護された令嬢は王立騎士団で可愛がられる  作者: シロヒ
第二部

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コミックス7巻発売お礼ss:エヴァン・ヒースフェンの面倒な一日



 リーンハルトの若き騎士団長エヴァン・ヒースフェンは執務机に向かい、無言で自身の眼鏡を磨いていた。その眉間には深い縦皺が刻まれており、やがて「はあーっ」と重たいため息をつく。


(今日も鍛錬は無事に終わった。しかし……)


 彼が頭を悩ませているのは他でもない。先日の国民投票により、正式にこの国の王太子となったクライヴ・バジャーについてだ。

 元々は彼の兄が王太子候補として名を連ねていたのだが、悪意ある候補者によって命を奪われ、代わりに弟であるクライヴが候補となった。兄に代わってという負い目があったのか「自分は王太子にはふさわしくない」と常々遠慮していたものだ。

 だが隣国アウズ・フムラでの事件に巻き込まれた際、授かっている加護が希少な『ラーテルの神』によるものだと判明した。それを知ったエヴァンは絶対にこいつが王太子になるべきだと考え、自らも候補者であるというにもかかわらず、クライヴを支援すると誓ったのだ。


 もちろん最初のうちはそれなりに苦労した。

 というのもラーテルの神というのはとにかく狂暴で、毒の効かない強靭な体と抜群の殺傷能力を持つ爪を与えてくれる代わりに、加護者自身の意識を乗っ取ろうとするのだ。そのためクライヴが自我を失うたびに、エヴァンは自身の部下である騎士たちを総動員して彼を取り押さなければならなかった。

 さらにあちこちから「危険だ」「諦めた方がいいのでは」という不満も出た。だがラーテルの加護は戦いにおいて、また王という座に就くうえでなくてはならない貴重な能力を持っていた。だからこそエヴァンは根気よく彼の鍛錬に付き合い――最近ようやく自らの意志を保ったまま、その能力だけを振るうことが出来るようになった。

 そうして悲願であった、王太子に選ばれたまでは良かったのだが――。


(まさか配偶者選びにここまで難航するとは……)


 クライヴが正式な王太子に選ばれる少し前から、噂を聞きつけた貴族たちが「ぜひ我が娘を」「いやうちが先に話をしていた」と結婚の話を持ち込み始めた。本来であればのちの王妃としてふさわしい家柄、血筋、性格などを確かめてからふさわしい相手と――となるものだが、当のクライヴがまったく乗り気でない。

 理由ははっきりしていた。というか本人から聞いている。


(よりによって『ゴリラの神』か……)


 ソフィア・リーラー。

 戦闘系最強の一つとされるゴリラの神の加護者。

 まだ加護を受けたばかりらしく、見た目は可愛らしい十代の女性。ただしその腕力、脚力ともに並の成人男性ではとてもかなわない。そんな人物にクライヴは強い恋心を抱えているというのだ。


(王族が他国の人間と結婚することは外交上ままあることだ。だがそれは同盟や関係強化の意味合いがほとんどで、単なる伯爵令嬢と恋愛結婚するなどありえない)


 ただ、彼女を単なる伯爵令嬢と括ってしまうには、ゴリラの加護者という肩書きがあまりにもでかすぎる。信仰心に篤いここリーンハルトであれば多少家柄が低くとも、王の伴侶としては願ってもない身分だろう。

 しかし――。


(二度も振られているのだから、諦めようとは思わないのか?)


 そもそも、相手側のソフィアの気持ちがまったくクライヴに向いていない。バジャー家の家宝である宝石まで持ち出してプロポーズしたのに断られたという話を聞いた時は、同じ男として若干同情したものだ。


(くそっ、普段あんなにへらへらしているくせに、どうしてこういうところだけ頑固なんだ!)


 凝り固まった眉間の皺を指先で揉みほぐし、険しい顔つきで眼鏡をかける。すると扉をノックする音が執務室内に響き、部下の一人が入ってきた。


「失礼いたしますエヴァン様。実は縁談の話が届いておりまして」

「縁談?」

「はい。つきましては本日午後、こちらに候補となるご令嬢が来られるとのことで――」


 それを聞いたエヴァンは、わずかに緩んだ眉間の皺を再び深くした。


「帰らせろ」

「え?」

「クライヴ殿下はどの縁談も受けない。来るだけ無駄だ」


 しっしっと野良ウサギを追い払うかのように手を動かす。するとそれを目にした部下が困惑気味に続けた。


「えっと……縁談はクライヴ殿下ではなく、エヴァン様にらしいのですが」

「俺に?」

「はい。ヒースフェン家の当主様が、クライヴ殿下が結婚を決めかねているのは側近であるエヴァン様が未婚だからではないかと危惧されたそうで……。ですのでまずはエヴァン様に結婚していただいて、クライヴ殿下の気が変わるのを待とうと――」


 やや気おくれした様子で説明する部下を前に、エヴァンは過去最大にまで眉間の皺を深くする。


(あの……クソ親父ッ……‼)


 こうしてエヴァンはクライヴの先達となるべく、急遽見合いをする羽目になったのだった。




(……しかし、確かに俺も伴侶を決めるべき頃合いか)


 貴族の中には五歳、六歳という幼い時期から相手を決める家もあるというが、幸いエヴァンの家は『武芸最優先』という方針だったため、配偶者捜しもすべて当人に委ねられていた。騎士団長としての道を邁進し続けるのに必死だったが、ここで人並みに家庭を持つのも悪くない。

 事前に渡された資料に目を通しながら執務室のソファで相手を待つ。やがてノックの音がして、先ほどの部下が姿を見せた。


「最初の方がお見えになりました。お通ししてもよろしいでしょうか?」

「ああ」


 そうして入ってきたのはかなり華奢な令嬢だった。腕や足は騎士団で飼育している馬のそれらより遥かに細く、風が吹いたらそのまま吹き飛んでしまうのではないかと言いたくなるような儚さである。


「はじめましてエヴァン様。セレスティアと申します」

「エヴァン・ヒースフェンだ」


 向かいのソファを進めると令嬢がしずしずと腰かける。彼女はエヴァンの顔を見つめると嬉しそうに顔をほころばせた。


「お会い出来て光栄ですわ。エヴァン様のことはサロンでもたびたび話題になっておりまして」

「サロン?」

「ええと、女性の社交場というのでしょうか? とにかくエヴァン様のことを素敵だとおっしゃる女性がたくさんおられて、それで――」


 その後もどこそこの紅茶が美味しかったとか新作のケーキがいまいちだったとか、エヴァンにとっては完全に未知の話題だけが繰り広げられていく。次の候補者との時間もあるため、エヴァンはやむなく令嬢の話を打ち切った。


「失礼。最後にいくつか質問したいのだが」

「はい! なんでもお答えいたしますわ」

「それでは……あなたの剣の腕前はどの程度だ?」


 一瞬単語の意味が理解出来なかったのか、令嬢が小首をかしげる。


「剣……とは?」

「剣と言ったら剣だろう。長さはどの程度のものを使用している? 重さは? 動物を仕留めたことは――」

「お、お待ちください! 剣なんて恐ろしいもの、見たこともありませんわ」

「見たことがない……だと?」

「当たり前です! わたくしはれっきとした淑女ですのよ!」


 なんということだろう。

 この歳になるまで剣を見たことがない人間がいるなんて。


(女性というのはそういうものなのか? しかし母は単身で熊を倒したことがあると自慢していたし、あのソフィア・リーラーだって……)


 クライヴが誘拐されたという騒動の際、屈強な男たちを素手だけで昏倒させていた勇姿を思い出す。いや、あれはゴリラの加護者だから別格か――と考え直したエヴァンは鋭い眼差しを令嬢に向けた。


「悪いが、我がヒースフェン家は武芸を極めることに特化した一族だ。そのためには女であろうと体を鍛え、戦ってもらう必要がある」

「で、でも、いざという時はエヴァン様が守ってくださるのでは?」

「俺には騎士団長としての仕事と責任がある。有事にあなたの傍にいられるとは限らない。だからこそ、あなた自身でその身と家臣たちを守ってもらわなければ」

「…………」

「剣がなければ、あとでうちの実家からいくつか届けさせよう。握力と今の体重を教えてほしい。それから構え方を教えるために一度家に伺いたいのだが――」

「もういいですっ‼」


 これまでにない大声に驚いたエヴァンを残し、令嬢はぷんすかと怒って執務室を出ていってしまった。入れ違いに部下が入ってきて、どこか申し訳なさそうに口を開く。


「あのー……次の方をご案内しても大丈夫でしょうか?」

「……ああ」


 次に現れたのはまたも可憐な令嬢であった。レティシアと名乗ったその女性を前にエヴァンは早々に質問を開始する。


「さっそくだが剣を握ったことは?」

「えっ? ええと、兄が鍛錬していた時に触らせてもらったことはありますけど」

「ならば槍でもいい。弓は? 体術の経験は?」

「え、ええっと……」


 矢継ぎ早な質問の数々に令嬢はだらだらと汗をかいたかと思うと、終了予定時刻より遥かに早く退室してしまった。なんとなく状況を察した部下がおずおずと扉の隙間から顔を覗かせる。


「つ、次の方を……」

「…………」


 その後も楚々とした笑みをたたえた令嬢が何人も訪れたが、エヴァンの圧によって次々と撤退していった。ようやく最後の候補者となったものの、エヴァンの顔には疲弊の色が色濃く浮かんでいる。


(なぜだ……なぜ会話が続かん……)


 いつの間にか窓の外は夕焼けに染まっており、もういい加減に帰りたいとエヴァンは眼鏡を外して眉間の皺を揉む。やがてノックの音がして、こちらも疲れ切った顔の部下が姿を見せた。


「あの……最後のお客様です」

「通せ」


 扉を開けて一人の女性が入ってくる。今までの令嬢とは違い、乗馬服を基本としたシンプルな衣装。太くはないが鍛えられたしなやかな手足。長い黒髪を高い位置で一つに縛っており、エヴァンを見てにこっと口角を上げた。


「はじめまして、エレナと申します」

「……エヴァン・ヒースフェンだ」


 立ち上がって握手を交わす。ぐっと掴まれた手にはこれまでにない力強さがあり、エヴァンはわずかに片眉を持ち上げた。互いにソファに座ったところでエヴァンが話を切り出す。


「失礼だが、剣術の経験は?」

「五歳の時から。今はアイシュバルト卿に師事しております」

「他に戦闘経験は」

「槍は十歳から少し。ただあまり得意ではないですね。弓はそれなりに。体術は男性に混じって訓練を積んでおります。ああ、馬は好きですね。休みの日には遠乗りに出かけることも多く――」

(ほう……)


 すっかり脇に放置していた資料を手に取り、あらためてこの令嬢についての情報を確かめる。どうやら武芸でなり上がった一族らしく、その子どもは男女問わず厳しい鍛錬を受けている――と書かれていた。


(彼女であれば、我がヒースフェン家にふさわしいのでは?)


 だが「よし」と気持ちを固めかけていたエヴァンに向かって、彼女が「ちょっとよろしいでしょうか?」と片手を挙げた。


「事前の資料になかったのですが、エヴァン様の『加護』はなんでしょうか?」

「……ああ、俺は――」


 正直あまり言いたくはないが仕方ない、とエヴァンは渋々口を開こうとする。すると彼女がにっこりと微笑み、わざとらしく自身の片頬に手を添えた。


「わたくし、自分の『獅子の加護』をとても誇りに思っておりまして」

「……そうか」

「ですから自分の子どもにも、将来は絶対に獅子の加護者になってもらいたいと考えておりますの。つきましては伴侶となる殿方にも、それ相応の加護であることをお願いしておりまして」

「相応の加護とは?」

「獅子、象、熊――まあ鷲と馬、狼くらいまでは及第点でしょうか。それ以下の加護となるとちょっと」


 エヴァンのこめかみに知らず青筋が浮き上がる。

 ああ、こいつは『そっち側』の人間だったか。


「でも騎士団長のエヴァン様でしたら、きっと素晴らしい動物神から――」

「残念だったな」


 頭部に意識を集中させる。すぐにぴょこ、ぴょこんと真っ白で愛らしいウサギの耳が生え、それを見たエレナが言葉を失っていた。


「俺はウサギの加護者だ。退室願おう」


 こうしてすべての候補者との面会を終えたエヴァンは、再び眼鏡をはずしてレンズを拭いていた。そこにへとへとになった部下の一人がやってくる。


「お疲れさまでした。気になったお相手の方はおられましたか?」

「さあな」


 レンズが綺麗になったことを確かめ、あらためて眼鏡をかける。天井を見上げていたエヴァンは、クライヴの思い人であるソフィア・リーラーのことをぼんやりと思い出していた。


(あいつは……本当に普通だったな……)


 その身体能力はもちろん尋常ではなかったが、話している感じなどは本当にただの女性だった。むしろ気弱に見えるほどで、あれだけ稀有な加護を得ていながらどうしてそんな風に振舞えるのかと今さら疑問に思う。


(加護の優劣、か……)


 クライヴが彼女に執着する理由。

 それが今日、ほんの少しだけ分かった気がした。




 翌日、エヴァンはクライヴの執務室にいた。すると王太子としての仕事に励んでいたクライヴが突然「あ」と声を上げてエヴァンの方を見る。


「そういえば見合いをしたって聞いたけど、どうだったんだい?」

「すべて断られましたが」

「断ら……えっ、断ったんじゃなく?」

「はい」


 昨日の散々たる面接の状況を聞き、クライヴが複雑な顔で曖昧に笑った。


「それは……なんて言ったらいいか分からないけど……でもそうだな、君はもう少し話し方というか、言葉の選び方を意識した方がいいかもしれないね。あと間違っても女性に体重を聞くのはやめた方が」

「なぜです? 剣を選ぶのに絶対必要な情報だと思いますが」

「ええっと……」


 さりげなく目をそらすクライヴに、エヴァンは「はあ」とため息をつく。やがて王太子としての仕事が終わったところで新しい資料を手渡した。


「次はこれを。レイン地方の堤防工事の件で――」

「…………」


 話し始めたものの、クライヴはぽかんとした様子でこちらを見上げている。


「なんですか」

「いや……昨日まで毎日のように『結婚しろ』って言ってきてたから、今日は言わないのかなって」

「……言ったところで、どうせ聞かないでしょう」


 その言葉がよほど意外だったのか、クライヴは目を大きく見開き、その場で数秒近く固まっていた。なんだか恥ずかしくなったエヴァンは、その場でごほんとわざとらしく咳払いをする。そんな彼を見て、クライヴがあらためて笑った。


「あ、そうそう。再来月に行われる立太子のパーティー、ソフィアを来賓として呼んでもいいかなあ」

「それでしたら、あちらの騎士団宛てに招待状を出す予定ですが」

「そうじゃなくて。わたしが個人的に彼女を招きたいんだ。だめかな?」

「……確認しておきます」


 それを聞いた途端、クライヴがぱあっと顔をほころばせる。エヴァンはその眩しい笑顔を見て、やれやれと苦笑するのだった。



(了)


 

コミックス発売お礼ssでした!

立てばイケメン、座れば紳士、しゃべり出したらあかん奴、エヴァンでした。

コミカライズのビジュがとても良いのでぜひ。


アニメもまもなく最終回!

こちらも楽しんでいただけたら嬉しいです。

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