コミックス5巻発売お礼ss:カリッサの散々な一日
その日、カリッサはいつもに増してイライラしていた。
(まったくもう! 皆さんどうしてこう間が悪いのかしら!)
手に握られているのは、週末にあるガーデンパーティーの招待状。
さまざまな地方の貴族男性が集まる大規模なものらしく、ぜひ参加してみなさいと祖父経由で案内が届いたのである――が。
(せっかくのチャンスですのに、よりによって二人とも予定があるなんて!)
一人で行くには少々勇気がいり、それとなく取り巻きの二人を誘ってみた。
だが一人は溺愛している妹の誕生日なのでその日は実家に帰ると言われ、もう一人は推している舞台役者が初主演を勝ち取ったので王都に観劇に行くと、申し訳なさそうに断られてしまったのだ。
(いっそ一人で行こうかしら。でも知らない方ばかりなのはちょっと……)
うむむと眉根を寄せ、ディーレンタウンの回廊をずんずんと進んで行く。やがて前方に赤い髪で長身の女子生徒が立っているのが見えた。何か気になるものがあるのか、中庭の木をぼーっと眺めている。
「あれは……」
間違いない。同じクラスのソフィア・リーラーだ。
すると回廊の向こうから、こちらもクラスメイトのアレーネが歩いてくるではないか。いつもびくびくオドオドしていて、つい何か一言いいたくなる感じの子だ。
(相変わらずぼんやりした方々ね。あれでは恋人なんて――)
ふう、とため息をついたカリッサだったが、そこで「ん?」としばし黙考する。
手の中にある招待状をじっと見つめたあと、二人の元に近づいて「あなたたち」と居丈高に口を開いた。
「週末、何か予定がありますかしら?」
「しゅ、週末ですか? いえ、特に何もありませんけど……」
「わたしも別に……」
その答えを聞き、カリッサは「ふふん」と満足げに口角を上げた。
「幸運に思いなさい。このわたくしがと・く・べ・つに、あなたがたをパーティーに招待してさしあげますわぁー!」
おーほっほっほ、という高笑いを響かせながら、カリッサは内心、とてもほっとしていたのだった。
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そしてガーデンパーティー当日。
馬車から降りたカリッサは、会場を前に得意げな笑みを浮かべていた。
(ふふ、どうやらこの二人を呼んだのは正解だったようですわね)
あとから降りてきたソフィアとアレーネをちらりと見る。
日中の開催ということもあり、夜会で着るような格式高いドレスではなく、デイドレスのような軽装を指示していたのだが――アレーネは深緑色で足首まである地味なワンピース。ソフィアにいたってはスカートですらなく、乗馬用の紺のパンツとシンプルな白のブラウスという出で立ちだ。
一方カリッサがまとっているのは、淡いピンク色のローブ・モンタント。長さはひざ下丈で、スカートの裾には大振りのフリルがふんだんに縫い付けられている。
さらに大きなエメラルドを切り分けて加工したという豪華なイヤリングとネックレス、そしてブレスレットを身に着けていた。祖父から贈られたとっておきのジュエリーセットの一部である。
(間違いなく、わたくしがいちばん目立っていますわ! これでは男性たちの視線を独り占めしてしまいますわね)
だが社交界は戦場だ。
よりよい相手に見初められるため、クラスメイトであっても容赦はしない。
(今度こそ、素敵な恋人をゲットしなくては……!)
入学当初に熱を上げていたスカーレル先輩は、全然会えなくてすぐに諦めてしまった。
その後レオハルトと出会ったものの、まさかの反王政派の一人であり、ディーレンタウンに潜入するだしに使われたのは苦い思い出である。
カリッサはうきうきと振り返ると、二人に向かってにっこりと微笑んだ。
「それじゃあ、参りましょうか!」
十数分後。
カリッサは残り少ないグラスを手に、わなわなと震えていた。
(どうして……どうしてですの⁉)
会場に入ってすぐは、物珍しさもあってか男性たちがわらわらと話しかけてきた。
だがカリッサのお眼鏡にかなう相手がおらず、「ふんっ」と冷たくあしらい続けていたところ、いつの間にか誰もいなくなってしまったのだ。
(しかも、あの二人ばかりっ……!)
ぎりっと歯噛みしながらアレーネの方を見る。
普段からおとなしく、控えめな恰好が多いため目立たない彼女であるが、実際のところそれなりに――いや、かなり可愛らしい顔をしていた。
そのうえ――。
「どうしてかな、君の元からなんだか離れがたくて。僕が蝶の加護者だからかな?」
「それを言ったらわたしだって。アレーネ、君には一度捕えられたら逃げ出せない、不思議な魅力があるようだ」
「本当に。君の作った罠なら喜んでかかりたいよ」
「えっ、あの……すみません……」
(蜘蛛の加護者って、そんなにモテるものですの⁉)
先ほどカリッサが「地味ですわね」と追い払った男たちがアレーネの周りをぐるりと取り囲んでおり、夢中になって彼女を口説いている。どうやら彼女に与えられた加護は強靭な糸を作り出すだけではなく、虫系の加護者たちにも効果があるようだ。
そのまま視線をソフィアの方に向ける。
こちらもまた男性たちに質問攻めされていたが、アレーネの方とはちょっと様子が違うようだ。
「ゴリラの加護ってほんと⁉ うわー初めて見た‼ ちょっと本気でぎゅーって握手してもらっていい⁉」
「か、確実に粉砕してしまうので、やめておいた方が……」
「カッコいいよなぁ、ゴリラ。戦闘系最強なんだろ? 俺も選ばれたかったなー」
「すげー! その年でもう騎士団に所属してるのか。なあ、アーシェントさん会ったことある? 俺ちょー憧れてんだよね」
「普段の鍛錬ってどんなことしてんの? オレ、スカウト来たんだけどきつそうで試験受けるの迷ってんだよなあ」
(こちらもモテ……いえ、どちらかというとゴリラの人気ですわね)
カリッサが「暑苦しい」と敬遠したむくつけき男性たちに囲まれ、ソフィアはひとりあわあわとうろたえていた。そもそも「本当に! 出会いとか! いらないので!」と再三抵抗するソフィアをカリッサがなかば無理やりに連行したので、単純にこういった場が苦手なのかもしれない。
しかし以前はゴリラの加護者であることをひた隠しにしていたのに、ここ最近は自然とその力を明らかにすることが増えてきた。やはり騎士団に所属して、加護の使い方に慣れてきたせいだろうか。
(わたくしもゴリラの加護をいただいていたら、スカーレル様やアイザック様、エディ様と親しくなれたのかしら……)
筋骨隆々になった自身の姿を想像し――カリッサはいやいやと首を振った。
(落ち着くのよカリッサ。大丈夫。モグラの加護でも好きになってくださる殿方はきっとおられるはず――)
ふうと息を吐き出し、グラスに残っていた飲み物をくいっと飲み干す。すると背後から「すみません」と声をかけられた。
「失礼。良かったら、少しお話させていただいても?」
「え、ええ」
(あら……ちょっとイイ感じの方じゃございませんこと?)
そこにいたのは濡れたような黒髪に黒い瞳をした好青年だった。彼は「ふふっ」と穏やかにはにかみながらカリッサの前に立つ。
「嬉しいな。実はずっと気になっていたんだけど、なかなか近づく勇気がなくて」
「まあ! そうだったんですの?」
「うん。ああでも頑張って良かった。キラキラしてて本当に素敵だね」
(ふふっ、見る目がある方もいるものですわね!)
一気に嬉しくなり、カリッサは満足げに微笑む。すると青年は「良かったら」と会場の奥にある建物を指差した。
「僕、このパーティーの主催者と知り合いでね。ここは日差しが強いから、部屋の中でゆっくり過ごさないかい?」
「えっ? でも……」
「ここには出していない、特別なワインがあるんだ。一緒にどうかな?」
ばち、といたずらっぽくウインクされ、カリッサは思わずぽっと頬を染める。さりげなく口元を隠しつつ、少しもったいぶるように答えた。
「ま、まあ、どうしてもというなら、行って差し上げてもよろしいですけど?」
「やった。ほら、こっちだよ」
(せ、積極的な方ですわね……!)
いきなりぐいっと手を引かれ、カリッサはいよいよ真っ赤になる。だがどこかわくわくする気持ちとともに、青年のあとをついていくのだった。
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ぱち、と目を覚ましたカリッサはしばらく呆然としていた。
(ここは……どこですの?)
座り込んだ体勢のまま辺りを見回す。劣化した木の壁に無造作に置かれた荷箱。窓は高い位置に小さいものが一つあるだけで、どう考えても倉庫か廃屋といった内観だ。
すぐに立ち上がろうしたが、両手足を縛られていて身動きが取れない。
(たしかガーデンパーティーに参加していて、あの方から誘われてお邸に――)
そこで特別だというワインを貰い、呑んだところで――ぷっつりと記憶が途切れている。どうやらあの時、睡眠薬を盛られて誘拐されてしまったのだろう。
「わたくしを騙しましたわねぇ~!」
激昂のまま叫ぶと、どこかでガタンと扉の開く音がした。
現れたのは先ほどの青年――だがスーツは着崩され、艶々としていた黒髪も今は無造作に掻き上げられている。
「ようやく起きたか。うるせえなぁ」
「あなた! どうしてこんなことなさいますの⁉」
「そりゃ、あんなギラッギラした宝石ぶら下げてたら、狙ってくれーって言ってるのと同じだろうが」
「宝石……?」
カリッサは慌てて視線を落とす。案の定、気合を入れて着けてきたネックレスとブレスレットがものの見事に無くなっていた。耳朶にかかる重さもないことから、おそらくイヤリングも外されている。
「ちょっと! 返しなさい! あれはおじい様がくださった大切なもので」
「返すわけねえだろ、ばぁか。ほいほいついてくるのが悪いんだよ」
「あっ、あなたねえ、失礼にもほどが――」
するとギャンギャンと吠えたてるカリッサの前に、青年がすっとしゃがみ込んだ。次の瞬間、喉元にひやりとした冷たさを感じる。これは――ナイフだろうか。
「……っ!」
「お、ようやく黙った。いいか。逃げられると思うなよ」
「わ、わたくしをどうするつもりなのです」
「まずは実家に連絡して身代金だな。取れるだけ絞り取ったら、奴隷を買ってくれる国の商船にでも乗せてやるよ」
「……!」
「じゃあな。妙な気起こすんじゃねーぞ」
そう言うと青年は、さっさと部屋を出て行ってしまった。怒りで恐怖を忘れていたカリッサだったが、ようやくガタガタと体が震え始める。
(ど、どうしましょう……わたくし、売られて……?)
どうにかして逃げ出したい。
だが拘束を解く方法もないし、脱走したところでまた捕まればいよいよ危険だろう。誰かがこの状況に気づいてくれればいいが、あれだけ多くの参加者がいたパーティーで、カリッサひとり消えたことを誰が気づくだろうか。
また仮に気づいたとしても、この場所を探し出すことはできないだろう。
「た、助けて……誰か……」
いよいよ堪え切れなくなり、カリッサはぼろぼろと涙を零す。
するとその直後、男が消えた方から「ドゴォ!」とけたたましい音がした。その後もドン、ドガッと荒々しい振動が壁伝いに伝わってきたかと思うと、バァンと勢いよく扉が蹴破られる。
現れたのは、足を高々と上げたソフィア・リーラーだった。
「良かった、無事だった……!」
「ソフィア……?」
彼女はカリッサを見つけると、ほっと安堵の表情を浮かべた。すぐさま駆け寄ると、カリッサの手首を縛っていた縄をいとも簡単に引きちぎる。ゴリラおそるべし。
「ど、どうしてここが分かったんですの……?」
「なんだか怪しい人だったからアレーネが心配して、こっそり蜘蛛の糸を付けておいてくれたの。それを辿ってここに」
「アレーネが……」
あらためて手を持ち上げると、光にかざしてわずかに認識できる程度の極細の糸がくっついていた。キラキラと優しく輝くそれと、足首に結ばれた縄をぶつりと手でちぎっているソフィアを見て、カリッサはなぜか無性に胸が苦しくなる。
「一緒に来たがっていたけど、危ないから邸で待ってもらってるわ。……っとこれでよし。どこか痛むところはある? 念のため、お医者さまに見てもらうつもりだけど――カ、カリッサ?」
「うう~……」
「も、もう悪い人は全員倒したから! 泣かないで、ね……!」
引っ込んだはずの涙が、安心したせいか次から次へと溢れてくる。結局カリッサはソフィアにおんぶされて、ようやく自宅へと帰ったのだった。
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誘拐事件から数日後。
教室にいたソフィアとアレーネのもとに、いつもの取り巻き二人を引き連れてカリッサがやってきた。
「ごきげんよう。二人とも」
「カリッサ。この前の件は大丈夫だった?」
「ええ。おじい様がそれはそれはお怒りで。とぉーぜん、わたくしの宝石もすべて取り戻しましたわ!」
「良かった。騎士団でも今後注意していこうって」
どうやら貴族たちのパーティーに紛れ込み、金目の物を盗んだり脅迫をしたりという常習犯だったらしい。ふふん、といつもの様子で腕を組むカリッサだったが、つんとよそを向いたままおそるおそる口を開いた。
「そ、それで、その……あなたたち、週末の予定はありますの?」
カリッサの問いに、二人は揃ってぎくりと顔を強張らせる。
「予定、はないけど……」
「やっぱりああした場は、ちょっと苦手で……」
しどろもどろと返ってきた言葉を聞き、カリッサは恥ずかしそうに続けた。
「かっ、勘違いしないでくださいませ! 今度はそう……み、みんなでお茶でもしようと思ったのです‼」
「お茶?」
「ま、前に約束したのを忘れたんですの⁉」
そう言えば、とソフィアが目をしばたたかせ、アレーネもまたぽかんとした様子で見上げてくる。いよいよ恥ずかしさが限界を迎えたカリッサは「もう!」と早々に結論をまとめ上げた。
「つべこべ言わずに、週末は王都にあるわたくしの邸に集合よ! 特別に、わたくしの衣装室を見せて差し上げますわ! あなたたちに似合うドレスを見立ててあげましてよ!」
おーほっほっほ、と高笑いしながらふんぞり返る。
しばらく恋人はいいかな、と思うカリッサであった。
(了)
コミックス5巻発売お礼ssでした!
カリッサちゃん、書くのがすごく楽しくて良かったです。












