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第一章 9



「秘密?」

「は、はい……従騎士のことも、ゴリラのことも……」


 鮮烈な転校生デビューを果たした二人は、授業が終わるやいなやソフィアのもとに(主にはアイザックが)駆け寄った。

 その瞬間、クラス中の女子の猛禽類のような視線を察知したソフィアは、大急ぎで以前の裏庭へと二人を連行する。


「や、やっぱり、ゴリラの神はあまり知っている方もいませんし、強すぎる力で周りを怖がらせてしまうのは嫌なので……」

「それは僕も同感だ。加護の種類などおいそれと口にするものじゃない」

「わ、分かった! でも従騎士も言っちゃいけないのはどうして?」

「そ、それは……」


 ソフィアはう、と言葉に詰まった。

 もちろん目立ちたくないというのが一番で、校長に口止めしたのもそれが理由だ。だが今はまた別の事情が絡んでくる。


(こんなモテそうな二人と、何の知り合いかって……正直に言えるわけがない……)


 わずか数分の自己紹介だったが、アイザックとエディの印象はクラスメイトたちに十分すぎるほど染み渡った。

 アイザックは男女ともに仲良くなれそうな好青年だし、エディは少し近寄りがたいところはあるが、視線だけで女子生徒を惚れさせてしまいそうな魅力にあふれている。

 間違いなくクラスの人気者になるであろう二人と、ソフィアが関わりあるとなれば、それは安穏な学生生活の崩壊に他ならない。


「と、とにかくお願いします。私のことは、遥か昔に一度出会ったくらいの感じで! あとあんまり親しくない感じで!」

「う、うん? よくわかんないけど分かった!」

「好きにしろ。僕は従騎士の任務に影響なければどうでもいい」


 なんとか二人の賛同を得たことで、ソフィアはほっと胸を撫で下ろした。危機感が薄れたこともあり、改めて二人に向けてお祝いの言葉を送る。


「でも、本当におめでとうございます。従騎士試験、合格ですね」

「ほんと良かったー! おれ絶対二番目の試験で落ちたと思ったもん」

「従騎士試験は全体的な能力も見るが、各個人の長所も加味してくれる。お前の場合、その足に助けられたんだろう」

「そっか! でもソフィアもおめでとー! 絶対大丈夫とは思ってたけど、おれのせいで不合格になったらどうしようって心配してたんだよー」

「え⁉ ぜ、絶対大丈夫? だったんですか私?」

「当たり前だ。非公式とはいえ、国の最速記録(トップレコード)を抜いたんだ。おまけに大の男一人抱えたまま腕一本で移動した。これで落ちたら、僕たちの方こそ全員不合格だろうが」


 ふん、と息をつくエディを前に、ソフィアは心臓がばくばくと早まるのを、今頃になって感じていた。

 入団式楽しみだなーと明るく声を上げるアイザックを後ろに、ソフィアは教室に戻るべく渡り廊下を歩く。すると正面の校舎の出入り口付近で、きゃあきゃあと黄色い歓声が上がっているのを発見した。


「なんだろー?」

「なんですかね……?」


 見ればそれぞれネクタイの色が違う――全学年の女子生徒が集っており、中にはソフィアにいつも絡んでくるカリッサたちの姿もあった。

 皆校舎の奥から現れる人を待っているらしく、恋する乙女のポーズでしきりに廊下をのぞき込んだり、前髪を整えたりしている。

 やがて校舎の奥から現れた人物に、ソフィアは絶句した。


「な、なんで……」


 きゃあーと語尾にハートマークがついたような歓声がそこかしこから上がり、一人の青年がソフィアたちのいる渡り廊下に向かってゆっくりと歩いてきた。

 すらりとした長身に、さらさらとした黒髪。

 取り囲む女生徒たちの様子に、今は少し困ったような微笑を浮かべている。


 渦中の人物は――従騎士・ルイであり、彼は正面に現れたソフィアたちの姿を見つけた途端、嬉しそうに顔をほころばせた。


「ソフィア・リーラーじゃないか! 隣にいるのはアイザックとエディか。君たちもこの学校に?」

「はいっ! これからよろしくお願いします、ルイ先輩!」

「ま、待ってください……どうしてルイさんが、こんなところに⁉」


 その言葉にルイは、ああと照れ臭そうに笑った。


「俺は従騎士団の仕事を特別に優先させてもらっていてな。普段あまり学校にはいないんだ」

「ゆ、優先とかは良いんですけど! でなくて、え、ルイさん……?」


 完全に混乱状態のソフィアを案じたのか、ルイはくすりと笑みを刻むと『改めまして』と手を自身の胸元に寄せる。


「ルイ・スカーレル。十八歳――君とは、どちらの意味でも先輩だな」


 よろしく頼む、と伸ばされた手と麗しい美貌を前に、ソフィアは再度、安寧な学園生活の終焉を感じ取ったのだった。



 

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