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第四章 4



(まさか一人用の部屋に二人で泊まることになるなんて……狭いわけじゃないけど、ベッドは一つしかないし……)


 いや待て、とソフィアははっと目を見開いた。

 先ほど一瞬しか確認出来なかったが、部屋の端にソファがあった気がする。毛布もあるし、自分がそちらで寝れば何の問題もないのでは。


(そ、そうだわ! それに最悪、床で寝ることも出来るし!)


 思考が完全に騎士団の粗雑さに毒されつつあることは置いておいて、打開策を見出したソフィアはようやくほっと安堵の息を零した。手早く髪と体を拭くと、部屋着に着替えて外に出る。


「す、すみません、遅くなりました!」

「ああ。十分温まったか?」


 髪を拭いていたのだろう。ルイはタオルを頭にかぶったまま、一人用の椅子に腰かけていた。入れ替わるようにシャワー室に入ったのを見届けると、ソフィアは胸に手を当てて大きく息を吐き出す。


(お、落ち着いて……そうだ、まずは毛布を確保しなければ)


 前で結ぶだけの頼りない部屋着姿のまま、ソフィアはそそくさと毛布を取りに行く。ふわふわのそれは暖かく、ベッドがなくても十分に暖をとれそうだ。

 見れば先ほどの記憶通り、部屋の奥には立派なソファが置かれていた。ソフィアはまるで巣作りでもするようにいそいそとそこを陣取る。


(これで良し……ベッドは先輩に使ってもらおう)


 ややひじ掛けが高く、ソフィアは首の位置をああでもないこうでもないと調整する。結局乗せることは諦めて、すっぽりとはまり込むように体を丸めた。慣れれば意外と居心地がよく、ソフィアは毛布にくるまったままふうと息を吐き出す。


(だ、大丈夫……。二人のペースでって言ってくれたし……)


 でも、と惑いの針がソフィアの心臓をちょんと突いた。


(良いのかしら……先輩も、その、色々我慢、していたり、するのかも……)


 カリッサやアレーネならなんというだろうか。カリッサならもっと堂々とリードすることが出来るのか。アレーネなら、笑顔でやんわりお断りしたりするのだろうか。


(私は……どうしたいのかな……)


 もちろん興味がないわけではない。

 だが男性とお付き合いをすること自体初めてだし、男性とそうした関係になることすら想像がつかない。本で読んだ知識はあるが、実際にどうすればいいのかなんて、誰も教えてはくれないだろう。


(ルイ先輩……と、なら……)


 様々な思考が浮かんでは、泡沫(うたかた)のように消えていく。

 久しぶりのデート。雨に打たれたことによる疲れ。じんわりと暖かい体。まるでゴリラの腕から抱き締められているかのような安息感のなか、ソフィアの瞼はうつらうつらと赤い瞳を覆い隠していった。






「――ソフィア」

「……?」


 名前を呼ばれ、ソフィアはぱちと睫毛を離した。ぼんやりとした夢心地のまま、そうっと毛布から顔を上げる。そこには濡れた黒髪のルイがおり、ソフィアは一瞬にして覚醒した。


「す、すみません! わ、私、ね、ねね、寝てましたか⁉」

「ああ。気持ちよさそうに、すやすやと」

「うう、申し訳ないです……」


 寝顔を見られた恥ずかしさに、たまらず毛布を口元まで引き上げる。そんなソフィアにルイは微笑みかけると、ちょいと寝台の方を指さした。


「休むならベッドで寝たらいい。俺がソファで寝よう」

「い、いえいえ! ベッドは先輩が使ってください!」

「だめだ。君が使ってくれ」


 普段はソフィアの意見を尊重してくれるルイなのだが、こういう時ばかりは強情だ。しかしソフィアも負けじと反論する。


「実は私、ソファの方が寝やすいんです!」

「ディーレンタウンの寮には、ベッドがあった気がしたが?」

「こ、高級なソファの寝心地が知りたくて」

「それならベッドも同じブランドだ。確かめるならそちらの方がいいだろう」

「……ゴリラの神が、ソファで寝ろと」

「驚いた。君の神は神託まで与えてくれるのか」

「……」

「……」


 いよいよ打つ手がなくなったソフィアは、最後の望みとばかりにえへへ、とはにかんでみせた。だがルイは誤魔化されることなくにこっと微笑み返すと、毛布にくるまっていたソフィアの体をよいしょと抱き上げる。


「せ、せせ、先輩⁉」

「このままでは埒が明かないからな。実力行使だ」


 片腕ひとつでソフィアの体を毛布ごと抱きかかえたかと思うと、そのまますたすたとベッドの方へ歩いていく。やがてシーツの上に優しく下ろされたかと思うと、くしゃりと頭を撫でられた。


「いいから、今夜は君がここで寝ろ。いいな」

「で、でも」

「年上の言うことは聞くものだ」

「……す、すみません……」


 ルイはよし、と笑うと、再びソフィアの髪を軽く乱した。あわあわとソフィアが髪を整えているうちに、ソファに戻ったルイは手際よく寝る準備を始めている。


(か、勝てなかった……)


 やがてルイの声かけの後にガス灯が消され、室内は一気に薄暗がりと静寂に包まれた。どうやら豪雨は一時的なものだったらしく、今はうっすらと月が輝いている。


(……)


 青白い光に照らされた室内で、ソフィアは寝返りをうった。先ほど仮眠してしまったのがまずかったかも、と上掛けの中で眉を寄せる。


(どうしよう……眠れない……)


 おまけにベッドが思っていた以上に広く、ソフィアは落ち着かない様子で何度も身を捩った。そのうちソファで寝ているルイの姿が視界の端に留まり、思わずこっそりと見つめてしまう。


(同じ部屋に先輩もいるし……うう、でも早く寝ないと……)


 明日、万一バスが直らなければ、馬車で王都に戻らなければならない。その行程を考えれば、今は少しでも体を休めるべきだ。ソフィアはなんとかして眠気を呼び起こそうと、ベッドの中でむんと気合を入れる。

だがそこである事に気づいてしまった。


(ル、ルイ先輩、ソファからはみ出してる!)


 ソフィアは丸まって寝ていたから気づかなかったが、長身のルイにあのソファは小さすぎたらしく、横たわった彼の足はひじ掛けを完全に越えていた。おまけに毛布も丈足らずなのか、お腹の一部にしかかかっていない。


(ど、どうしよう……あんな体勢で……。それに寒いから風邪をひくかも……)


 騎士団で鍛えているから大丈夫なのだろうか、でも、とソフィアはぐるぐると悩み抜いた。だがいよいよ心を決めると、恐る恐るルイへ声をかける。


「あ、あの、先輩」

「うん? どうした」

「そ、その、やっぱり私、ソファと変わります」

「……ありがとう。だが気を遣わなくていい」

「でも……」


 このままではまた、さっきと同じ応酬の繰り返しになってしまう。ソフィアはずっと温めていた言葉を心の中で何度か繰り返すと、ようやく意を決して口にした。


「じゃ、じゃあ、せめて……ベッドで、一緒に寝ませんか?」



 

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