第三章 11
「で、ですが、強さで言うならば、エヴァン殿の方が」
「確かに俺は強いが、自らの力量は把握しているつもりだ。ロバートも素晴らしい能力を持っていた。お前も間違いなく強くなるだろう」
「し、しかし、わたしの力は、制御が出来なくなる、恐れが……」
「ならば制御できるようになればいい。加護の力は使えば使うだけ体に馴染む。逆に使わなければそれだけ、力を持てあますようになるものだ。大方、いたちの神だと嘯いて生きていくつもりだったのかもしれないが……俺に見つかった以上、そうはさせん! 強い加護を得た者の戦い方を、一から十まで叩きこんでやる‼」
「ひえ……」
最後にか細く上がった悲鳴は、クライヴとソフィア二人分のものだった。どうやらエヴァンは本気で『強い者こそが王になるべきだ』と信じているようだ。
クライヴは少しだけ逡巡した後、改めて口を開く。
「……ありがとうございます、エヴァン殿。ですがやはり……戦いに強いだけでは、ダメだと思うのです。やはりエヴァン殿の方が王にはふさわしいかと」
するとエヴァンは腕を組み、ふん、と鼻から息を吐きだした。
「もちろん俺とて、戦うしか能のない王はいらん。実際ジルは強かったが、あれが玉座に就くくらいならば、俺がなった方がマシだと思っていた。だから俺は、なりたくもない王太子候補とやらに残っていたんだ」
「なりたく、ない?」
「当たり前だ。大体俺が王太子になったら、騎士団の後継はどうする。ただでさえ忙しいというのに、これ以上自ら仕事を増やす気になれん」
「で、ですが、ヒースフェンの家は」
「実家も了承済みだ。もとより、我が家は己の武芸を極めることには関心があるが、政治的な一切には興味の欠片もないからな。五爵としての責務だけで、候補選に参加しているにすぎん」
それに、とエヴァンは指先で眼鏡を押し上げる。
「ロバートからも頼まれているからな」
「兄上から?」
「ああ。以前一度だけ手合わせしてもらった――まあ俺は負けたんだが、その時に奴は『弟は自分より強いぞ』と言っていた。だけど少々優しすぎるから、万一の時には助けてやって欲しいと。だからどれほどの男か期待していたんだが……お前と来たら、街で遊ぶばかりでプラプラと……」
「も、申し訳ございません……」
「まあいい。そうやってお前がふらついていた界隈で、後日孤児院や修道院に匿名の寄付がなされたという噂もよく聞くが、それもまあいい」
「……言われると恥ずかしいんですが」
やがてエヴァンは、にやりと口角の片方を上げて笑った。
「もう逃がさんぞ。王になるのはお前だ、クライヴ」
「ですが……わたしの加護は、本当に恐ろしい、だけで……」
ソフィアやルイからの視線を受けながら、クライヴはなおも言葉を呑み込む。すると少し遠くで話を聞いていたエディが「失礼します」と割り込んだ。その隣にはアイザックの姿もある。
「部外者が突然口を挟むことにお許しいただきたい。……『ラーテルの加護』はその狂暴性こそ問題視されていますが、能力的にはゴリラや豹の加護に劣らない、希少で素晴らしい加護であると言われています」
「それは、そうみたい、だけど……」
「何より特徴的なのが『毒が効かない体』。このおかげで、ラーテルの加護を持つ王は他の王に比べ、暗殺される確率が非常に低かったそうです」
「暗殺……そうか、食事の毒か」
「それだけではありません。毒で亡くなる心配がないため、毒見役の必要もなくなる。つまり王の身代わりとなって死ぬ臣下が激減した、ということです。……このことから、ラーテルの加護のことを『良き王の加護』と呼ぶこともあると」
――良き王の加護。
ロバートがその逸話を知っていたかは定かでない。
だが今のクライヴには、ロバートが言った言葉のように感じられた。
「加護の力が強力であればあるだけ、最初は制御が難しいかもしれません。ですがエヴァン殿下のおっしゃる通り、訓練次第で抑えることが出来ます。そこにいるソフィアも、最初はひどいものでした」
「う、す、すみません……」
「ですが彼女は、己の加護を恐れず受け入れることで、少しずつ自らの力に変えている。もちろん本意でないものを無理にとは言いませんが……まずはご自身の加護と、今一度向き合う時間が必要なのではないでしょうか」
相変わらずの博識を披露するエディの言葉に、クライヴはしばし沈黙していた。そんなクライヴの手を、ソフィアはぎゅっと握りしめる。
「エディの言う通り、私もこの力を完全に使いこなせているわけではありません。……自分でもいまだに、恐ろしく感じる時があります」
「ソフィア……」
「ですがそれ以上に『誰かを助けられる力』だと、そう信じています。……クライヴ殿下の加護も、きっと同じではないでしょうか」
クライヴは唇を引き結ぶと、ソフィアの手を軽く握り返した。そのまま手を解くと、ゆっくりと立ち上がり、エヴァンに向かって姿勢を正す。
「エヴァン殿。……どうかわたしに、稽古をつけていただけますか」
「当然だ。お前の許可など知ったことか」
「も、もしかしたら、危険な目に遭わせることもあるかも、知れないのですが……」
「その時は騎士団総勢で止めてやる。俺の部下たちを甘く見るな」
ふん、と傲慢に笑ったエヴァンに、クライヴは目を丸くした。だがすぐに顔をほころばせると笑いを零す。
「ありがとう……ございます」
その光景を眺めていたソフィアは、静かに立ち上がった。隣に立つルイを見ると、彼もまた嬉しそうに目を細めており――ソフィアは胸元で守り抜いたロバートの遺志を、大切そうに指先でなぞった。












