表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
64/94

第二章 8



 持っていたゴミ箱を奪われたソフィアは、あれよあれよという間にクライヴの部屋へと連れてこられた。執事頭がドアを閉める音を背中で聞きながら、ソフィアはあわわわと滝のような汗を流す。目の前にはクライヴがおり、ゆっくりと椅子から立ち上がった。


「ソフィア、急に呼び出して悪かったね。ルイから聞いたよ。この会議のために、使用人に紛れて仕事をしていたと。全然気づかなかったな」

「い、いえ……あの、すみませんでした……」


 使用人として潜入していた気まずさももちろんだが、他の王太子候補に啖呵を切ってしまい、クライヴへの印象を悪くしてしまった。はたしてどれを咎められるのか――とソフィアは一人戦慄する。

 だが怯えるソフィアをよそにクライヴはふ、と目を細めた。


「どうして謝るんだい?」

「そ、その、色々と、ご迷惑をおかけしてしまったので……」

「まさか。……嬉しかったよ」


 え、と驚きに目を見張るソフィアのもとに、クライヴは歩み寄った。泣きぼくろのある目元に皺を寄せたかと思うと、どこか満足げに微笑む。


「ありがとう。わたしを庇ってくれて」

「か、庇うなんてそんな……私はただ、思ったことを言った、だけで」

「それでもわたしは、君の言葉にこれ以上ないほど救われたから」


 そう続けるクライヴの声色は、普段のものよりずっと落ち着いていて、ソフィアはどこか不思議な気持ちで聞き入っていた。


「実はね、二人目なんだ。こう言ってくれたのは」

「二人目、ですか?」

「うん。わたしの兄が……事切れる前に手紙を残してくれた。そこにも……今日の君のような言葉が書かれていたよ」


 熱にうなされ、最終的には言葉を発することも叶わなくなった兄ロバート。感染してはいけないからと、クライヴは最期の時を過ごすことが出来なかった。

 だが後日、兄の部屋からクライヴ宛に一通の手紙が出てきた。そこには病に負けじと必死に綴った兄の筆跡で『お前は、この国の王にふさわしい』と書かれていたらしい。


「お兄様、が……」

「わたしが王にふさわしいなんて……そんなわけ、ないのにね。でもその手紙がどうしても忘れられなくて、手放せなくて……ずっと意味を考えていた。だから君が言ってくれたあの言葉が……どうしようもなく、嬉しかったんだ」


 まるで、兄が励ましてくれているのかと思った。

 そう思った瞬間、クライヴは顔を上げており――そこでようやく兄ではなく、ソフィアが叫んだのだと気づいた。


「リーンハルトでは、授かっている加護の強さが絶対だ。でも兄上は……獅子の加護者だというのに、わたしのことをとても大切にしてくれた。……ソフィア、君もね」

「え?」

「ゴリラの神なんて素晴らしい加護なのに、君はわたしと対等に接してくれた。初めて会った時からずっと」

「そ、そんなの……何の加護とか、関係ないですよ!」

「そうだね……。……うん、そうだったんだな……」


 何かを確かめるように目を瞑るクライヴを見て、ソフィアは何故か胸が締め付けられる思いがした。言葉が途切れたのを察し、静かにクライヴに問いかける。


「あの、……殿下は本当に、王太子にはならないのですか?」

「どうして?」


 ソフィアのその言葉に、クライヴは静かに目を開いた。それを見たソフィアはすぐさま謝罪する。


「すす、すみません! でもその、ジル殿下も、クライヴ殿下のことを褒めておられました。本当に優しい方だと……」

「ジル兄上が?」

「は、はい。それに……あの時、とても悲しい顔をしておられた気が、して……」

「……」

「も、申し訳ございません! わ、私の、勘違いで」

「――君は本当に、よく見ているね」


 ふふ、と笑みを零したクライヴを、ソフィアはぽかんとした表情で見上げた。


「そうだね。……まったくなりたくないかというと、そうじゃない。尊敬するロバート兄上が目指していた道だ。どんなものか興味はある」

「そ、それでは」

「でもね。わたしはやはり王太子には、ジル兄上が相応しいと思っているんだ」


 ロバートの親友だったというジル。病に倒れた兄を、毎日のように励ましに来てくれた優しいもう一人の兄。


「わたしはあのお二人であれば、どちらが王になってもいいと考えていた。だから……わたしはこのまま、ジル兄上が王になることを望むよ」

「殿下……」

「せっかく君が応援してくれたのに、……ごめんね」


 困ったように微笑むクライヴを見て、ソフィアはぶんぶんと首を振った。やがてクライヴは懐から、深藍の小さな箱を取り出す。


「今日君を呼んだのは、昼間のお礼がひとつ。もう一つはこれだよ」

「これは?」

「開けてみて」


 見た目以上にずしりとした箱を、ソフィアは言われるままに受け取り蓋を押し開いた。中には布張りの台座に収まった大きな宝石が輝いている。色は目が覚めるような青色で、暑い夏の空を切り取って押し固めたかのようだ。


「殿下、これは一体……」

「前に約束しただろう? 君の髪に似合う装飾品を作らせると」

「はい⁉」

「でも君は騎士見習いだというから、指輪は邪魔になるかと思ってね。とりあえず石だけ手配したんだが……どんな加工がいいかな? ネックレス? ブレスレット? ティアラというのもいいね」


 ソフィアはようやく引いて来た汗が、再びどっと噴き出したのを感じた。はたしてこの宝石だけでいくらなのか。いやもう値段なんて付けられないのではないか。

 考えるのも恐ろしいとぶるぶると手を震わせながら、ソフィアは恐る恐るクライヴの前に差し戻した。


「も、申し訳ございません、い、いただけません……」

「どうして? 気に入らなかった?」

「ち、違います! こ、こんなものを、おいそれといただくわけには……」

「わたしは君に渡したいんだけどな」


 む、無理です……と消え入りそうな声で怯えるソフィアを見て、クライヴは苦笑いを浮かべた。ソフィアの手の上で震えていた箱を取り返すと、うーんと唇を尖らせる。


「そうか。やっぱり色がお気に召さなかったか」

「殿下⁉ そういう意味ではなくてですね⁉」

「嘘嘘、ちゃんと分かってるよ。じゃあまた今度、何か用意しておくね」

「いえもう本当に結構ですので……」


 にっこりと目を細めるクライヴを見て、ソフィアはううと心の中だけで頭を抱えた。たしかに以前装飾品の話はしたが、あのレベルの宝石、下手をすると国宝クラスの代物だ。


(なんというかやっぱり、世界が違う……)


 だが宝石の入った箱を不満げに傾けているクライヴには、昼間に落ちていたような陰りはなく――ソフィアはそのことに少しだけ胸を撫で下ろすのだった。




 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
\アニメ化決定しました!/
9nqtk0cua42iekf3jdwoeaa4kfs0_g7p_xc_ir_555b.jpg
\コミックス1-5巻発売中です!/
eo3hm8bhcqcpjbcwhwcb7fzv8xox_d57_9s_dw_8d5v.png
gq98934z38q4356sfnn1aqk5hujt_uhd_9s_e0_21vu.jpg
gq98934z38q4356sfnn1aqk5hujt_uhd_9s_e0_21vu.jpg
4277ds1bcdyajzjrftxmkpzejy0e_pq6_9s_dx_1z0q.jpg
ゴリラ神
\comicwalker・ニコニコ漫画にて連載中!/
ゴリラ神

ゴリラ神告知
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ