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第一章 5



 そして翌日。

 ソフィアは王都の中央広場にある、噴水の前に立っていた。


(服って……こんなのしかなかったけれど、いいのかしら……)


 基本的にディーレンタウンから出ないことに加え、昨年はひたすら従騎士としての鍛錬を積んでいたため、ソフィアは一年の大半をどちらかの制服で過ごしていた。

 そのためクローゼットには私服がほとんどなく、ややサイズの大きい黒のニットに動きやすさだけで選んだ白のパンツ、という出で立ちだ。

 帯剣出来ないのがやや不安だが、あまり物々しい格好で行くのもまずかろう。


「ソフィア! ごめんね、待ったかい」

「い、いえ……」


 声をかけられ顔を上げると、そこにはクライヴとアシュヴィン、そしてルイの姿があった。久しぶりに見る私服姿のルイに、ソフィアは一瞬だけ仕事ということを忘れそうになる。

 だがそれより先に、クライヴがソフィアの手を握りしめた。ひいと緊張が腕を伝って肩まで走る。


「それじゃ、行こうか」

「ど、どのような場所をご案内しましょう」

「そうだねえ……」


 するとクライヴは、隣に立つソフィアを上から下まで値踏みするように見つめた。どうしたのだろうと首を傾げていると、やがてにっこりと微笑む。


「まずは、洋服屋かな」





 そうして連れてこられたのは、何故か男物の服屋ではなく女性用――しかも、かなり高級な部類のお店だった。ガラス張りのショーウインドーや艶々した黒大理石の床に怯えるソフィアをよそに、クライヴはどんどん店員に注文を付ける。


「そっちのスカートとこれ、あと靴は赤を」

「で、殿下、一体何を」

「クライヴだと言っただろ? いや、どうせならもっとデートっぽい恰好をしてもらおうと思ってね」

「いえ、あの、私は護衛なので、目立つ格好では意味が……」

「いいからいいから」


 なかば強引に試着室へと押し込まれ、ソフィアは置かれていた洋服を前にううと頭を抱えた。たしかに王太子候補の隣を歩くには、少々みすぼらしい格好かもしれない。

 だが値札にはソフィアの従騎士としての給与二か月分が記載されており、とてもではないが自腹で買えるものではない。


(着るだけでいいのかしら……というか、ルイ先輩もいるのに……)


 服を握りしめたまま悶々としていると、外から急かすようなクライヴの声が聞こえてくる。ソフィアはええいままよとばかりに今着ている洋服を脱ぎ始めた。




 恐る恐るといった風に、カーテンの隙間が開く。


「ど、……どうでしょうか」


 最初に準備されていたのは真っ白なワンピースだった。

 襟元が四角く空いており、袖には編み上げのリボンがついたまさに女の子といった感じの洋服である。今まで一度も着たことがない傾向の衣装に困惑するソフィアに対し、クライヴは大変満足げだ。


「いいね。とっても可愛い」

「は、はあ」

「でも少し甘すぎるかな。どう思う、アシュヴィン」

「首回りの防護が不十分かと」

「お前は……そんなだからモテないんじゃないか?」

「別にモテたいわけではありませんので」


 彼なりの冗談なのだろうか。相変わらず無表情のアシュヴィンに、クライヴがからかうように笑いかける。その姿を見ていたソフィアは、初めて見る二人の間柄に少しだけ意外な印象を抱いていた。


(なんだか主人と護衛というより、普通の友達みたいな感じ……)


 奔放なクライヴを、冷静なアシュヴィンがフォローするといったところか。などと考えていると、クライヴはルイにまで感想を求め始めた。


「ルイ、お前はどうだ?」

「わたしですか?」

「ああ。この格好をどう思う?」


 その言葉に呼応するように、ルイはじっとソフィアを見つめた。突然のことにソフィアは思わず視線を明後日の方向に逸らす。


(うう、恥ずかしい……)


 おかしい。今日は仕事のはずなのに、これではまるで――本当にデートに来ているみたいではないか。

 するとルイはいつものようにさらりと答えた。


「とても可愛い服だと思います」

(ひゃー!)

「お、趣味が合うな」

「ですが着ている本人の希望を聞くのが、一番なのではないでしょうか?」


 もっともなルイの言葉に、クライヴはむうと頬を膨らませた。


「確かにそうだな。ソフィア、どうだ?」

「あ、ええと、可愛い服だとは思うのですが、私には少々似合わないかと……」

「そんなことはないぞ? だがそうだな……」


 もう着替えていいだろうか、とソフィアはおずおずとカーテンの奥に身を引く。しかしクライヴは名案を閃いたとばかりに、指を鳴らした。


「よし、ならば次だ!」

(まだやるのー⁉)


 次にソフィアが着せられたのはどこかの民族衣装をモチーフにした服だった。光沢のある深紅の生地に、銀糸で大輪の牡丹が描かれている。ぴたりと体に添ったラインのドレスで、足首の近くまで丈が続いていた。

 だが太ももの辺りから大きなスリットが入っており、ソフィアはカーテンを開けるのをぎりぎりまでためらってしまう。


「ほう、珍しい衣装だな」

「足に備えた武器が取り出しやすそうでいいですね」

「お前な……」

(早く着替えたい……)


 髪をわざわざ左右でお団子状に結ばれた上、初めて着るタイプの衣装にソフィアは羞恥を隠せなかった。クライヴとアシュヴィンがああだこうだと論じていたかと思うと、またもルイに話が及ぶ。


「ルイ、感想を」

「えっ、その……」

(何も、何も言わなくていいです先輩!)


 斬新なデザインに、さすがのルイも少し驚いていたのだろう。わずかに反応が遅れたものの、静かにソフィアの方を眺める。やがて少し苦笑しながら答えた。


「素敵……とは思いますが、さすがにこの格好は街中で目立つのではないかと」

「ううむ……まあ、そうだな」


 ありがとうございます! と心の中だけでルイに感謝をするソフィアに向けて、クライヴがまたも指示を出す。


「よし、次はあれにしよう!」

「ま、まだやるんですか?」

「当然だ。今日は一日、わたしとデートしてもらうのだからな」

(観光と護衛って話でしたよね⁉)


 抵抗も虚しく、店員たちの手によってソフィアは再び試着室の奥へと連れ込まれた。

 だが三着目を身に纏ったソフィアは、あれと鏡の前で瞬いた。すぐにクライヴから呼び出され、慌ただしくカーテンを開ける。


「ふむ、また違った装いだな」

「は、はい……」


 七分丈の濃紺のブラウス。膝丈のスカートは厚手の白だが、一部はレース生地で出来ており、腰のあたりに紺色のリボンが結ばれている。結んでいた髪は解かれ、今度はハーフアップにされていた。今までとは少し違った大人びた雰囲気に、ソフィアは少しだけ心を浮き立たせる。


(あんまり気にしたことなかったけど……これはたしかに可愛いかも……)


 クライヴは相変わらず称賛を口にしており、対するアシュヴィンは「返り血が目立たなさそうでいいですね」と頷いていた。本気か冗談か分からなくて怖い。


「お前はどうだ? ルイ」

(や、やっぱり聞くんだ……)


 案の定、今回もコメントを求められたルイだったが――何故か今回は、言われるより先にソフィアの方を見ていた。それに気づいたソフィアが視線を向けると、はっと驚いた顔をした後わずかに頬を赤くする。


(も、もしかして……)

「ええと、その……可愛いと、思います」


 するとルイはいよいよばつがわるそうに、口元を手で覆い隠しながら答えた。その反応を見たソフィアは天啓を得たような気分になる。


(ルイ先輩、こういうのが好きなんだ……!)


 仕事中! とソフィアはにやけそうになる口元を必死に引き結んだ。

 それぞれの反応を見ていたクライヴはなるほどなるほどと呟き、ソフィアに向かってびしりと指を突き付ける。


「よく分かった。ではソフィア――最初の服を着てくるように!」

「え? こ、この服ではなく?」

「やはり最初の服が一番よく似合っていた。わたしの目に間違いはない」

(なんでー⁉)


 ここまでのやり取りは一体何だったのだ、とソフィアは王太子候補の奔放さにそろそろ限界を迎えそうだった。



 

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