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第一章 初めての共同作業は――王子様の護衛!?



 木々に茂る葉が青々と艶めく頃、ソフィアたちは二年生に進級した。


「――ソフィア・リーラー! あなた、本当にルイ先輩を見ていませんのね⁉」

「は、はい……従騎士と正騎士は、基本的に同じ仕事をしないので……」


 それを聞いた三年生とその取り巻きは、はああと嘆息を漏らしながら肩を落とした。その光景を前にソフィアはぎこちなく笑みを浮かべる。


「……ああ……もう学校でお会いすることが出来ないだなんて……」


 スカーレル先輩……とレースのハンカチを目に当てたまま、女子生徒たちがソフィアの前から散っていく。その背中を見送りながら、ソフィアはううと心を痛めた。


(そうなんです……私も最近、先輩に会えないんです……)


 ルイ・スカーレル。

 第百五十三期従騎士団所属だった彼は、今年の春晴れて正式な騎士の身分を得た。史上最年少で騎士となったルイは、ここディーレンタウンを卒業した後、王都に引っ越して一人暮らし。今は正騎士一年目として研鑽を積み始めたばかりだ。

 かくして学園の最たる人気者であった彼の卒業は、女子生徒たちに深い心の傷を負わせた。

 ルイがいなくなった新学期、三年の先輩や二年の同級生たちは、まるで魂が抜け出てしまったかのような状態で、漫然と日々を過ごしている。


 先ほど詰め寄られていたのも、従騎士であるソフィア経由で少しでもルイの現況を聞き出せないか、という切なる願いによるものだろう。

 しかし悲しいかな、正騎士と従騎士では仕事の内容がそもそも異なるため、顔を合わせる機会はほぼない。

 おまけに従騎士ではなく――ルイの恋人であっても、同じ状況であった。




「お、来た来た! おーい! ソフィアー!」


 その日の放課後。

 ソフィアはいつものように騎士団領に到着した。真っ赤な髪を高い位置で一つに縛り、同期であるアイザックとエディの元に向かう。


「ごめん遅くなった。今日はどのあたり?」

「エレクトラ通りだな。行くぞ」


 短くそう告げると、エディはさっさと足を進めた。アイザックがにっこりと微笑みかけ、ソフィアもそれに続く。


 まもなく従騎士二年目を迎えるソフィアにも、少しだけ変化があった。

 今まで体力増強や射撃訓練といった鍛錬ばかりだった日々に、新たに『市街地巡回』という任務が加わったのだ。言われてみれば、ルイもこの仕事をしていたと聞いた覚えがある。

 従騎士団を複数の班に分け、王都を走る八本の通りそれぞれを警邏する。通りにはそれぞれアステラ、メロペーといった曜日の名前がついており、王宮へ続く最も幅広の通りだけが神話における父の名から『アトラス通り』と呼ばれていた。

 ようやく到着したエレクトラ通りを見て、ソフィアはあ、と目をしばたたかせる。


(ここ、昔ルイ先輩と歩いたところだ……)


 ソフィアが従騎士になったばかりの頃、やむにやまれぬ事情で王都を訪れたことがあった。目当ての店が見つからず右往左往していたところ、巡回中のルイに助けてもらったのだ。

 通りの様子は以前と変わりなく、二人で入ったケーキ屋もそのままの場所で営業していた。ショーケースに並ぶケーキをこっそり見つつ、ソフィアは周囲を巡視する。幸い午後の落ち着いた時間帯ということもあり、目立った問題はなさそうだ。


「とりあえず通りの端まで行って、そこからは三手に別れよう」

「りょーかい!」

「りょ、了解!」


 エディの慣れた指示のもと、三人はより細い路地へと散らばった。遊んでいる子どもたちや井戸端会議をしているご婦人方に頭を下げつつ、怪しげな人物がいないかソフィアは目を光らせる。

 すると区画の先で、何やら大きな罵声が響いた。どうやら昼過ぎから開けている酒場かららしく、ソフィアは慌ててそちらに駆け寄る。すると中から店員らしき女性が飛び出してきて、ソフィアはおっとと彼女を引き留めた。


「だ、大丈夫ですか、何かありましたか⁉」

「あの、飲んでいたお客さんが絡んで来て、……そしたらあの人が止めてくれたんですけど、そこで喧嘩になっちゃって……」


 女性を庇いつつ、ソフィアは店内に目を向ける。するとそこには恐怖に顔を引きつらせている店長と足元のおぼつかない酔客、そして一人の青年がこちらに背を向けて立っていた。

 足元には割れた皿や酒瓶が散乱しており、今も剣呑な空気を漂わせている。


(うう、怖い……け、けど行かなきゃ!)


 ソフィアは店員の女性に騎士団の人間を呼ぶようお願いすると、怯えを振り払うようにぎゅっと拳を握りしめた。名乗りながら大きく一歩を踏み出す。


「し、失礼します! 第百五十六期従騎士団所属、ソフィア・リーラーです!」

「ああん⁉ なんだ、女ァ?」


 最初に反応したのは酔客だった。

 相当呑んでいるのか、顔から禿頭まで真っ赤になっており動きも緩慢だ。一方従騎士という名乗りに、店長らしき男性は一瞬顔を輝かせた。だがソフィアが女性であると分かると、一転不安の色を滲ませる。


「き、器物損壊、威力業務妨害とお見受けします。き、騎士団でお話を聞かせていただけますか?」

「騎士団って……お前がかぁ?」

「は、はい」

「嘘つけ、女が騎士団に入れるわけねえだろうが!」

(私もそう思っていた時期がありました……)


 ソフィアが騎士団に所属しているのは、あくまでも戦闘系最強のひとつと言われる『ゴリラの神』の加護のおかげであり、入団した当初はソフィア自身「ここにいていいのだろうか」と何度も自問自答したものだ。

 だが仲間と共に戦い、ルイという最高の理解者を得たことで、ソフィアの心境は少しずつ変わっていった。今はルイと同じ正騎士を目指すべく、よりいっそうの努力に励んでいるところである。

 ソフィアははあと気合を入れ直すと、しっかりと顔を上げた。


「こちらが身分証です。お話は騎士団でゆっくりと――」

「うるせえ!」


 だが酔った男は問答無用にいきり立つと、脇にあったテーブルを鷲掴み、ソフィアの方めがけて放り投げた。しかしその射線上には店員を庇ったとされる青年がおり、ソフィアは反射的に飛び出す。


(危ない!)


 驚いた青年が一歩後ずさったところで、ソフィアはテーブルと彼の間に割り込んだ。迫りくるその勢いに負けじと、とっさに拳を叩きつける。ばきりとおぞましい音がして、ソフィアの背後で青年が息を吞んだのが分かった。


「――すごいな」

「あっ⁉」


 次の瞬間、分厚い木の天板が真っ二つに割れた。

 ソフィアを挟んで右と左に落ちていき、ソフィアはその中央で大きく目を見開く。まずい。そんなに力を込めたつもりはなかったのに。


(こ、これって、私も器物損壊に⁉)


 動揺するソフィアをよそに、テーブルを投げた当の酔客も、まるで夢でも見ているかのように愕然としていた。だがドガシャンと派手な音を立てて落下した残骸を前に、ようやく現実を理解する。


「お、お前……いま、何を……」

「す、すみません! 壊すつもりはなかったんです! でもあのほんと、来ていただかないと、お店の方のご迷惑になるので……!」


 やや涙目のソフィアと、床に散らばったテーブルだったものの欠片を交互に眺めたかと思うと、酔客はややきまり悪そうに頭を掻いた。


「……わ、わかったよ! 行けばいいんだろ!」

「は、はい‼ ありがとうございます!」


 良かった、説得に応じてくれたとソフィアはほっと胸を撫で下ろした。店主にテーブルの破壊について平謝りし、残されていた青年にも頭を下げる。


「あの、ありがとうございます。聞けば、あなたが最初に助けて下さったと」

「いえ。女性が困っているのを助けるのは、男として当然ですよ」


 ようやく青年の顔を見たソフィアは、少しだけ目を奪われた。

 艶のある灰色の髪。その瞳は黒曜石のような黒色で、鮮やかな虹彩が多いこの国では逆に珍しい。垂れた眦の一方には泣きぼくろがあり、端正だが柔和な印象が強い容姿だ。

 青年はぽかんとするソフィアを見つめると、にっこりと目を細めた。


「それにしても、君はとても強いんだね」

「い、いえ! その、私ではなく、加護のおかげなんです」

「そうなの? どちらでもいいよ。格好良かったから」


 なおもにこにことしている青年を前に、ソフィアはええとと内心冷や汗をかく。

 やがて逃げた店員が呼んでくれたのか、アイザックとエディが姿を見せた。その背後にもう一人、知らない男性が立っている。背が高く、濃く短い金髪によく焼けた肌だ。


「ソ、ソフィア‼ 大丈夫か、怪我は?」

「大丈夫。アイザックはあの人を騎士団に、エディは現場の確認を――」


 ソフィアたちが役割分担している間、金髪の男はすっと店内に入ると、先ほどの灰色の髪の青年の傍に立った。そのまま小さな声で何ごとかを囁く。


「クライヴ様、あまり勝手な行動は……」

「悪い悪い、ちょっと困っている感じだったからさ」

(……? 知り合いなのかしら)


 どうやら男は青年の連れらしく、その後もしばらく会話を続けていた。やがて灰色の髪の青年が、にこやかな様子でソフィアに近づいて来る。


「すみません。ちょっと別の用事があるので、わたしたちはこれで失礼しても?」

「あ、はい! すみません、お引き止めしてしまい」

「いや、思わぬ収穫があったよ」

(収穫?)


 はてと首を傾げるソフィアに向かって、青年は再び嬉しそうに口角を上げた。くるりと背を向けると、わずかにこちらを振り返りひらひらと手を振る。


「またね――()()()()?」

「……?」


 颯爽と去っていく青年の後に先ほどの男性が続く。あっという間のやり取りにソフィアが呆然としていると、背後にいたアイザックとエディが声をかけた。


「ソフィア?」

「どうした。知り合いか?」

「う、ううん。何でもない……」


 どうしてわざわざ名前を確かめるように呼んだのか……その疑問だけが心に引っかかっていたが、ソフィアは仕事に戻らねばと慌てて二人の方に向き直った。



 

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