第五章 2(完)
ソフィアはゆっくりと微笑むと、そっとルイの手を取った。
「正直――自信は、まだありません」
「……」
「この力を使いこなせるかも、騎士の試験に受かることができるかも、全然。それでも私……この力を、誰かを助けるために使いたい」
「ソフィア……」
「私、頑張ります。そして……いつか必ず、先輩のいる王立騎士団に行きます」
途端に手を強く引かれ、ソフィアはルイの腕の中に抱きしめられていた。
突然のことに動揺するソフィアをよそに、ルイは肩口に自身の額を押し当てると「はあああ」と長い嘆息を漏らしている。
「よ、」
「よ?」
「良かった……断られたらどうしようかと……」
「そ、そこまでの覚悟で挑んでいたんですね……」
ぐったりと脱力するルイが面白く、ソフィアはからかうつもりで両腕を彼の背に回してみた。
軽くぎゅうと力を込めると、ぴくりとルイが反応する。
「あっ、すみません、痛かったですか⁉」
「いや……俺は構わないが、こんなところを周りに見られて大丈夫なのかと」
「――はッ⁉」
ソフィアは慌てて腕を振りほどき、振り返って右左にと顔を巡らせた。幸い皆校舎や正門の方に移動してしまったらしく、中庭には残っている人影はほとんどない。
ほうと胸を撫で下ろしたソフィアだったが、今度はルイの方から背中越しにソフィアを抱きしめてくる。
「冗談だ。ちゃんと気をつけている」
「お、脅かさないでください……」
はは、と耳元で爽やかに笑うルイに、ソフィアは怒るに怒れないと口を尖らせた。やがてそう言えば、と背後にいるルイを見る。
「あの、エディが言っていた――『ゴリラの加護者は、歴代の騎士団長だった』っていうのは本当なんですか?」
「ああ、本当だ。俺の曽祖父がそうだったからな」
「せ、先輩の、ひいおじいさまが、ゴリラの加護者⁉」
「君の力にあまり抵抗がないのは、それもあるんだろう」
「あ、あわわわ……」
ルイ先輩のひいおじいさまがゴリラ。
ものすごく強そう……と筋肉隆々で厳めしいご老体の妄想を膨らませていたソフィアだったが、そこで再びはっと目を見開いた。
(ゴリラの加護者が必ず騎士団長になる……ということは、私が万一騎士団に入って、運よく出世していったりしたら、もしかして、……いや、まさか……)
先ほどエディから『ライバル』と揶揄されていたが、そうなった場合――騎士団長の席をルイと奪い合うこともあるのだろうか。
(な、ないから! そもそも私まだ騎士認定もされていないし、入れるかも分からないのに!)
邪念を振り払うようにぶんぶんと首を振るソフィアを、ルイはどこか不思議そうに見つめていた。だがソフィアの体に回していた腕に力を込めると、しっかりと自身の胸に引き寄せる。
「改めて礼を言う。俺の身勝手な願いを聞き届けてくれて――ありがとう」
「そ、それをいうなら……」
ソフィアはくるりと体の向きを変えると、ルイの顔を下から覗き込んだ。
「こんな私の傍に……いつもいてくれて、ありがとうございます」
街中で。
学校で。
パーティーのパートナーとして。
時にはリスの姿になって。
ルイはいつもソフィアの隣にいてくれた。孤独だったソフィアにとって、それがどれほど嬉しかったことか。
ソフィアは次に発する言葉の恥ずかしさに、目の前にあったルイの服を軽く握りしめた。だが絞り出すような小声で、おすおずと口にする。
「これからも……一緒にいて、いいですか?」
ソフィアの頭上で、ルイがごくりと喉を下す音が聞こえた。自然と鼓動が早まり、次第に赤味を帯びていくソフィアの耳に、ルイの低い声が落ちる。
「――もちろんだ。これからもずっと、俺の傍にいてほしい」
「……ッ」
本気で言っているのだと分かる、熱を孕んだ言葉を前に、ソフィアはルイの腕の中で、こくりと頷くことしか出来なかった。
やがて許しを得たとばかりに、ルイは改めてソフィアを強く抱擁する。
しっかりとしたルイの胸板に押し込められ、酸欠になりかけたソフィアがたまらずぷはあと顔を上げた。
ルイが楽しそうに目元に皺を作る。
どちらともなく視線を交わした後、互いに顔を傾けた。
聴こえてくるのは葉を揺らす初春の風だけで、二人はそのまま静かに唇を重ね合わせる。
「――」
長い長い口づけの後、名残を惜しむようにソフィアはそろそろと顎を引いた。
真っ赤になっているであろう顔を見られたくない、と俯いていると、ルイがソフィアの髪を撫でながら、穏やかに言葉を続ける。
「そういえば、挨拶はいつにしようか?」
「挨拶、ですか?」
「俺の両親と兄弟に」
「……はい?」
言われている意味が分からず、ソフィアははてと首を傾けた。
するとルイもまた揃ったように首を倒し、当たり前のように口にする。
「結婚するにあたって、必要なことだろう」
「へ?」
「ああいや待て、こういう時は俺が先にソフィアの家に行くべきなのか?」
「いやあの、先がどうとかの前に、ええと、け、結婚?」
「ああ」
「だ、誰が……」
「俺たち以外にいないだろう」
「はあ⁉」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまい、ソフィアは慌てて自身の口を塞いだ。ありがたいことに周りに人はおらず、ソフィアはあわあわと震える手を下ろす。
「た、たしかに、一緒にいたいとは言いましたが、まさか、結婚⁉」
「? 俺は君に告白した時点で決めていたが」
(それはちょっと早すぎない⁉)
つい先ほど『プロポーズみたい』と微笑ましく聞いていたものが、まさか本物のプロポーズだったとは。
あまりの急展開に思考が追い付かなくなる前に、ソフィアは待ってください、と両手のひらをルイに向ける。
「せ、先輩は、『目標を叶える自信がつくまで、結婚など考えられない』って……」
「ああ。だからこうして君が騎士団を目指してくれると分かって、本当に嬉しいんだ」
嬉しそうに目を眇めるルイの顔は美しく、ソフィアはもはや言葉を失った。
「君が傍で見ていてくれるなら、俺は必ずやりとげてみせる。だからこれからも――ずっと俺の隣にいてほしい」
「――っ」
降参だ――とソフィアは返事をする代わりに、ルイの体を強く抱きしめた。
それに気づいたルイもまた、幸せそうに眼を閉じる。
暖かい陽光の下、二人は身を寄せ合い、やがて静かに微笑みを交わした。
数年後、王立騎士団に初めての女性騎士が誕生する。
見目麗しい女性でありながら、他の男性を圧倒する戦闘力を持ち、並み居る犯罪者たちを次から次へと縛り上げた。
一方謙虚で真面目な人柄から、王都の女性たちから恐ろしいほど熱い支持を受けたという。
やがてその功績が称えられ、騎士団の中でも最も格式の高い『王族護衛隊』へと配属。のち、同じ護衛隊に所属する男性と結婚した。
優秀な二人はその後も華麗な活躍を見せ、片や騎士団長、そしてそれを補佐する副騎士団長として名を馳せることとなった。
いつしか二人は――王都の中で『最強の夫婦』と呼ばれるようになる。
それは、あまり遠くない未来のお話。
(了)
以上で完結です。最後までお読み下さりありがとうございましたー!
よろしければ評価や感想などいただけると、大変大変嬉しいです。
今度は猫に転生してしまったお嬢様の物語を始めました。
もしよければまたお付き合いいただけると幸いです!












