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第四章 4



 モグラの神の加護、というものは非常に有能だった。


「この下が二年の教室ですわ」

「よし、降りるから二人はここにいて」


 互いの顔さえ見えないような真の暗闇においても、カリッサは明確に自分たちの位置を把握していた。

 物音に対しても敏感で、教室内に犯人らしき人物がいた場合、事前に教えてくれるほどだ。


 ソフィアは天井の板を外し、すたりと最小の音で着地する。突然空から現れた人影に、教室内は度々騒然となっていた、だが救援だと分かった途端、皆一様に胸を撫で下ろしている。


「安全が確保されるまではここに。ですが緊急の際にはロープを使用して、順番に窓から避難してください。大声を立てず、静かに」


 ソフィアが次々と縄をちぎる間、扉をアレーネが堅牢に塞ぐ。中には先だっての男子生徒たちのように「反撃に打って出るべきでは」と指摘する声もあったが、ソフィアの従騎士章を前にすると全員反論を呑み込んだ。

 そうして十を超える教室に処置を施した三人は、再び屋根裏を徘徊する。全校の生徒数を鑑みても、ほぼ全員の救助を終えたはず――とソフィアが数えていると、ある一か所でカリッサが首を傾げた。


「この下……見張りの数が多いですわ。人質は二人なのに」

「……ッ」


 人数を聞き、ソフィアはある仮定を浮かべた。


「ここは私だけで行くわ。人質もほぼ解放したし、二人は一旦どこかの教室に戻って、外が落ち着くのを待っていて」

「……分かりましたわ。無事に帰って来ないと許しませんわよ」

「ソフィアさん、これ、念のために持っていてください……」


 手渡されたのはアレーネお手製の蜘蛛糸で出来たロープだった。しっかりとした強度のそれを握りしめながら、ソフィアはありがとう、と潜めた声で呟く。

 二人が避難したのを確認した後、ソフィアはすうと息を吸い込んだ。


「――ッ!」


 勢いよく靴裏で天井板を蹴破る。バキ、という派手な音と共に滑り下りると、まずは着地点にいた男を二人ほど蹴り飛ばした。

 本来であれば女性の細い脛程度では、決して倒れないだろうという大男たちが、ゴリラの力によって豪快に吹き飛んでいく。


 何事だ、とざわめく犯人たちを横目に続けざまに一打、二打。男たちの顎に次々と掌底を叩きつけた。


(訓練、頑張っていて良かった……)


 従騎士の体術――習っている間は怖くて怖くて仕方がなかったはずなのに、こうして実践してみると、先輩たちの方が動きも威力も格段に強かったとソフィアは追憶する。

 やがて最後の一人を昏倒させた後、部屋の中央に縛り付けられていた二人に、ソフィアは急いで声をかけた。


「アイザック、エディ、大丈夫⁉」

「ああ、無事だ!」

「すげえ強……」


 案の定、見張りの多い部屋に捕らえられていたのは従騎士の二人だった。彼らのロープを引きちぎりながら、ソフィアは状況を説明する。


「今、人質の様子を確認して来たの。生徒はみんな無事みたい」

「全員をか⁉」

「うん。今は教室に待機してもらってる。犯人がどれだけいるか分からないし」


 犯人の数、武器の種別など、三人はすばやく意見を交わす。だがその合間でアイザックがは、と目を見開いた。


「そうだルイ先輩が!」

「ル、ルイ先輩がどうかしたの⁉」

「最初は俺たちと一緒に捕まっていたんだけど、少し前に連れて行かれて……」


 その言葉にソフィアは息を吞んだ。


「ど、どこに⁉」

「分からない……でも、『ボスから話がある』と言われていた」

「……!」


 一気に顔色を悪くしたソフィアの手首を、エディががしりと掴んだ。落ち着け、と言外に叱責されているのが分かり、ソフィアはごめんと小さく零す。


「ディーレンタウンの機構上、定期連絡がない時点で、王都の騎士団に連絡が入るはずだ。俺たちはそれまで犠牲者を出さないよう努める」

「……うん」

「このまま校舎内の敵を排除しつつ、ルイ・スカーレルを捜索する。それでいいか」


 こくりと頷いたソフィアを見て、アイザックとエディは少しだけ表情を緩めた。

 床にのびきっている男たちをこれでもかと縛り上げた後、三人は廊下に進み出る。慎重に足を進めながら、四階から一階まで犯人たちの動向を探った。途中遭遇した何人かの見張りを倒しながら、一階の渡り廊下に到達した――ところで、三人はそろって足を止める。


「これは……」

「進めないな」


 そこにあったのは巨大な岩だった。

 どうやって運んできたのかは分からないが、廊下を塞ぐようにぎっちりと挟まっている。

 おそらく万一生徒が逃げ出した場合でも、この先に入らせないようにしているか――もしくは、騎士団が攻めてくることを考えての防衛(バリケード)か。


「この先は……大ホールか。どうやらそこが奴らの拠点のようだ」

「うーん、おれでもさすがにこの岩は……」

「わ、私、割れるかやってみようか⁉」

「やめておけ。先に手の骨が砕ける」


 するとエディはすぐに次の作戦を提案した。


「――上から行こう」







「……」


 もはや言葉もない、という状態のアイザックを横目に、ソフィアたちは屋上へとたどり着いた。

 強い夜風が吹き付ける中、三人は大ホールの屋根を視認する。


「おそらく敵の本拠はあそこだ。天井から内部を探る」


 言うが早いかエディは素早い身のこなしで屋上の縁に立つと、校舎の屋根を伝うようにして走り始めた。ソフィアは心配そうに背後にいたアイザックを窺う。


「だ、大丈夫?」

「も、もちろん……この緊急時に、怖いなんて言っていられない!」


 心なしか下を見ないようにしながら、アイザックが続けて飛び出す。ソフィアがその後に続き、三人は細心の注意を払いながら少しずつ大ホールへと接近を試みた。

 だが突然ソフィアの背後で、何かがパァンと弾けた。思わず視線を落とすと、足元の石材が不自然に欠けている。

 さらに発砲音が続き、ソフィアは校舎の反対側にある寮に目を向けた。


「アイザック、エディ! 狙撃手がいる!」

「チッ、しっかりしているな!」


 苛立ったエディの声を聴きながら、ソフィアは慌ただしく体勢を立て直した。この暗闇であれば、隠れるより走り抜けた方が当たりにくいだろうと、姿勢を低くしたまま速度を上げる。

 だが狙撃手は一人ではないらしく、また別の方向から銃弾が飛んできて、ソフィアの髪の端をかすめた。


「ソフィア⁉」

「大丈夫! すぐ着く!」


 顔を上げると遮蔽物のある中間地点で、エディとアイザックが待機していた。双方向から狙われつつも、なんとかソフィアは逃げ込もうとする。

 だが最後の一射がソフィアの足場を打ち抜いた。ガロ、と年季の入った煉瓦が崩れ落ちる。


「――ッ!」

「ソフィア!」


 まずい、とソフィアは目を見開いた。巨大な黒い手によって地獄の底に引きずり込まれるかのような、急激な負荷が全身にかかる――だが、すぐにがくんと体が揺れ、ソフィアの足先は校舎の壁にぶつかった。



 

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